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理想とのギャップ

――今すぐ逃げろ



俺の本能がそう告げていた。今すぐ逃げなければ命はないと。

だが、動かない。まるで金縛りにでもあったかのように俺の身体は硬直している。

腰が抜けてしまった俺は地面にへたり込み目の前のソレをただ見ているだけだった。



口。人間なら誰しもが持っているであろう、身体の一部だ。消化器系の開口部で、食物を取り入れる器官。人間では顔面の下部にあって、口唇・口蓋(こうがい)・口底に囲まれ、中に歯・舌などがある。発声にも関係する。



口に関して俺が知っている知識はこんな所か。口は顔面の下部にあり、基本的には一つしかない。こんなこと誰でも知っている常識だ。しかし俺の目の前に立つ男はどうだ?

本来なら一つしかない口が身体中いたるところについているのだ。

手に腕に足に首筋に‥‥そして左目に。服で隠れている部分は分からないが、恐らくあの服の下にも口が無数にあるに違いまい。



そして、先ほどから歯ぎしりを鳴らしていた、それらの口が開いた。

それはまるで俺をあざけ笑うような声だった。



『ギャハハハハ!!!』『腰を抜かしている』『女が自害した!』『こいつはどう殺そうかな~』『何か珍しい服を着ているな』『面白いなぁ』『今度は私がやるわぁぁ』『お前はどう死にたい?』『早く絶望の声を聞かせてぇぇ』『ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!』



無数の口が一斉に声を上げる。逃げたい。今すぐ逃げだしたい。なのに身体が動いてくれない。ふと、隣を見てみると女の死体がそこにある。綺麗な女性だ。俺が元居た世界でなら間違いなくミスコンで優勝できるだろう。

胸に自身が手にしていた剣が突き刺さっており、その顔は驚愕に染まったまま絶命していた。


――何でこんなことに?



一体何が行けなかったんだろうか?ここは異世界なのではないのか?異世界転生ものはこんな絶望展開とは無縁の世界ではなかったのか。俺Tueeeee!をしてハーレムを築くことが出来る世界ではなかったのか。



身体中に無数の口がついているその化け物は、俺を見下ろしている。口が付いていない方の右目で俺の事を真っ直ぐに見て来る。そして、反対側の左目部分の場所についている口が動いた。



『死ネ』



――瞬間、俺の意識は深い暗闇に包み込まれた。




***************




「どこだよ此処‥‥」



ポツリとそう呟く。見渡す限りに草原が広がり地平線まで見えている状態だ。

さっきまで部屋で寝ていましたよね?まるで意味が分からないんですけど。

もしや‥‥此処は俺の夢の中なのか?明晰夢なのだろうか。



いや此処までリアルな明晰夢は今まで見たことが無い。これは恐らく明晰夢ではないだろう。自分の頬をつねって見るが確かな痛みを感じる。

つまり考えられる可能性として最も高いのは‥‥



「――異世界だよな。」



オタクなら一度は夢見る異世界召喚もの。それを俺は体験してしまったらしい。

現在の俺の恰好はパジャマ姿だ。ついでに言うと裸足。つまり寝ていた時と同じ状態で召喚されたと見て間違いないだろう。



何にせよ、現在の俺は異世界召喚ものを経験しているのだ。気分もそりゃ高揚状態ですよ。取り敢えず暫くの間、草原地帯を歩いていたのだが‥‥行けども行けども草原が広がるだけだ。ところどころに木は生えている。あれに上って辺りを見渡せば何か分かるのだろうか?まあ、俺に木登りなんて無理だけど。



歩くとちゃんと疲れるし、やっぱり夢ではなく異世界なのだろう。

でも‥‥それならお約束の転生特典は何処よ?俺にそれらしき力は恐らくは無い。

‥‥マジ?という事はこれからチート能力なしで、戸籍無し、金なし、食糧無しの色々と無い状態で異世界を暮らすことになる。



ちょっ、勘弁してくださいよ!無理に決まってんだろ、そんな事!

最初の内は高揚していた気分も今じゃ下がりまくりですよ。

そう思っていると‥‥



「グルルルル‥‥」



何か木の影から見た事もないような猛獣が俺を見つめているんですけど。

姿は元の世界にいたトラに似ている。大きさも同じぐらいだろう。しかし、俺の知っているトラとは決定的に違うところがある。まず体の配色は薄い紫だあし、あちこちに太い棘が生えている。まさに、ファンタジー世界に出てきそうな猛獣だ。



そんな、猛獣が俺の事を涎を垂らしながら見てきている。

‥‥こっちに向かって走ってきたんですけど。




「グガァァァ!」



「ちょっ、待っ!」



ヤバイヤバイヤバイ!命の危険を感じた俺は急いで猛ダッシュする。

でも悲しいかな。今まで運動なんてあまりしてこなかった俺の足の速さなんてたかが知れている。見る見るうちに距離を縮められる。



そして、とうとうすぐ後ろまでその獣に接近された。後数秒後にはあの大きな口に咀嚼されているだろう。間違いなく死んだ。そう思った瞬間だった。



「アイラスシ―フォース!」



誰かがそう叫んだ。その刹那、まるでかまいたちのような風が獣の首を通過した。そして、俺に迫っていた猛獣はそのまま頭部と胴体を切り離されたのだ。ドサリと倒れこむ獣。

ふと後ろを見ると、そこには巨大なバッファローの身体にトカゲのような顔をした生き物に跨った女性が居た。



「大丈夫ですか?」



とても綺麗な声であり、その声は生まれて初めて命の危険を感じていた俺の耳に確かに響き渡っていた。


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