悪役令嬢の様に見えてスローライフをしているだけの女
「雑草風情が! 身の程を知りなさい」
公爵令嬢マリーは厳格で貴族としての礼節を強く重んじる。
その冷たい美貌は、彼女がひと睨みすれば全てが凍り付くとまで言われる程だ。
そんな彼女に決して会わせてはならないと、周りが神経を尖らせる人物が学園内に1人居る。
孤児院出身ながら高い魔力適正で学園への入学を許されたリタだ。
彼女は学園内で自由に振る舞う上級貴族の男子達に対し、孤児院のいたずら小僧を叱るみたいに接する。
建前上、生徒に身分の差は無いとはいえ、看過できない所業だ。
これを高潔なマリーが目撃したらどうなるか?
周囲は戦々恐々としていた。
しかし、その出会いは起こってしまっていた。
「雑草風情が! 身の程を知りなさい」
忌々しく吐き捨てるマリー。
刃物の光が一閃する。
「全く、嘆かわしい事ね」
マリーは鎌を振るいながら雑草を刈って呟く。
「畑の為に肥料を撒いたら雑草ばかり元気になるなんて」
ヘチマを育てて化粧水を作ろうとしているのに、これではせっかく出た芽が雑草に負けてしまう。
マリーは土に塗れながら丹念に雑草を刈る。
ヘチマの化粧水を教えてくれたのはリタだ。
それだけでは無い。
校舎の影で倒れているマリーを介抱してくれたのはリタだし、その原因が毒である事を突き止めたのもリタだ。
毎日の様に血を吐き、爪が変形し、皮膚が崩れ落ち始めたマリーを、リタは救ってくれた。
「マリーさん! 柚子を植え終わりましたよ」
リタが手を振りマリーの傍へと駆け寄る。
「あら、リタ、ごきげんよう」
マリーは優雅な所作で挨拶をする。
「あ、マリーさん、ごきげんよう」
まだぎこちない仕草でリタも淑女の礼をとった。
2人とも土で汚れていたが、それは野ばらの様な美しさがあった。
「それで、リタ。柚子を植えても実が生るのは10年先ではなくて?」
「ええ、そうですよ。ちょうど私たちに柚子の化粧水が必要になった時期に、しっかりと実ってくれるんです」
えへんと胸を張り、リタは得意顔になる。
「まあ、それは楽しみね」
マリーは花弁が風に舞うように笑った。
10年後も20年後も。
この先どんな運命が待ち受けるか分からないが、身分を超えた親友と年を重ねてゆければ、それは幸せな事だろうから。
そして未来は不確定ながら、確実に訪れる不幸は見て取れる。
「さあ、リタ。一緒に草刈に励みましょう。ヘチマが育たないと、しっとりお肌が逃げてしまうわ」
「そんな不幸な未来には私がさせませんよ、マリーさん」