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ジョスト  作者: storia
4/8

許嫁

第4話

「なあ、聞いたか?3日前にフォワ伯とあの方が入城したそうだ。」

 大学中で学生たちが噂しているのは3日前のフォワ伯フィリップ・ド・グライーと一緒にピサ入城を果たした大司教ジュリオである。

 ジュリオ・チェザリーニはピサの女性たちや町民には尊敬すべき大司教であり、しかも美男ということで知られていたが、ピサ大学の一部の学生には彼は別の顔のほうで知られていた。

 ジュリオ・チェザリーニはチェザリーニ家という教皇まで出したローマ出身の大貴族の直系であり、伯父は時期教皇候補の一人、ランベルト・チェザリーニである。学術・武術ともに優秀で、イタリア最大の大学といわれるローマ大学を卒業している。また、馬上槍試合ジョストや剣術の面でも有名で、ローマ在学中に行われたジョストでは当時世界一といわれたドイツ人傭兵隊長フリードリヒ・ウィッテンを破っている。

 ピサ大学の軍事戦略学科ではもうジュリオのことで話が持ち切りだった。ピサ大学にはいくつか学科がある。人文学科、物理学科、神学科、そして軍事戦略学科である。どれも素晴らしい業績を誇っている。

 「この時期にピサに来たということは、あの素晴らしい突きをまた見せてくれるのかな?」

 「そんなわけないだろ。仮にも大司教だぞ。」

 「大学に来ることはあっても講義だけだろう」

 「残念だなぁ・・・」

そんな話をアルフォンソは愛馬アドリアーノを撫でながら運動場で聞いていた。アルフォンソは軍事戦略学科ではない。人文学科だ。ゆえに話に入ることはない。それに今アルフォンソの脳内はアンナのことでいっぱいだった。なぜアンナのことを思うのか、アルフォンソ自身もわからなかった。

 アルフォンソは10歳のころ、リドルフィ家本家の集まりでピサを4か月ほど空けることがあった。その時はアンナのことは全く考えにも及ばなかったのに、今は4日あっていないだけでアンナのあの純粋な笑顔が無性に恋しくなる。

 (俺何かアンナが怒るようなことしたのかな・・・)

 アルフォンソはふと考えてみた。だが全く思い当たらない。だがかえってそれがアルフォンソの疑心をかり立たせた。昔も、ちょっとしたことでアンナを傷つけてしまったことがあった。

 アルフォンソは8歳、アンナは6歳のころの話だ。

 当時アルフォンソの家では剣術を教えていた。アルフォンソの父ガレアッツォは傭兵隊長であり、ピサ大学の軍事学科の生徒がよく剣術と戦略を学びに出入りしていた。アンナはそのころから剣術にあこがれていたので、何かにつけて学校が終わるとアルフォンソと一緒に剣術に励む男たちを見ていた。アルフォンソも6歳から父ガレアッツォに特訓を受けていた。

 ある日、アルフォンソとアンナが戦うことになった。アルフォンソは最初から勝つつもりはなかった。女相手の時は手を緩める、これぞ騎士道とガレアッツォから教えられていたからだ。

 開始して3分、アルフォンソはわざと負けた。アルフォンソが初戦は臨場感を出すためそれらしく振舞ったのでアンナは息を切らしていたが本気を出していないアルフォンソは全く疲労していない。アンナはしばらく嬉しそうにしていたが、これを見たアルフォンソの態度がお粗末だった。アルフォンソはアンナが自分が本気で勝ったと思い込んでいるのに少し不満で、まるでわざと負けてやったんだぞ、といわんばかりの余裕な態度をとった。

 アンナはそれにすぐ気づき、無邪気な笑顔をすぐに涙で曇らせ、木刀をアルフォンソに投げつけて出ていってしまった。その後アンナは祖父フランチェスコから激しくしかられ、2人は一時絶交状態となったのだ。

 フランチェスコに家から引き出され、リドルフィ家に連れてこられたアンナの半分鳴き声の駄々をアルフォンソは今でも鮮明に覚えている。

「悪いのはアルだもん!あたし悪くないもん!」

 それ以来、アルフォンソはアンナと模擬試合するときは手加減なしでやっていた。

「どうしたの?手が止まってるわよアル。」

唐突な女性の声にアルフォンソは記憶の世界から突然引き戻された。もしやアンナか?そう思ったアルフォンソの期待はすぐに打ち砕かれた。そこにいたのは確かに女性ではあるがあんなではなかった。そこには金髪の髪をまるで編み物のように編み、その白い肌を日光から避けるため傘を差して立っている20代の女がいた。

 「なんだ、クラリーチェか。」

 クラリーチェ・デ・メディチ20歳。イタリアの名門中の名門メディチ家本家の生まれ。父はメディチ家当主ロレンツォ5世。アルフォンソの許嫁である。

 「なんだとは何よ、失礼ね。あたしたちあと数年で結婚するのよ?久しぶりに会う許嫁にはもっとほかの言い方があるでしょう?」

 「親同士が勝手に決めた結婚だ。それにめったにあわないだろ?」

 とある理由でこの気さくなメディチ女子と許嫁になったアルフォンソだが、何かにつけて自分を追いかけてくるクラリーチェがアルフォンソは苦手だった。

 「どうしてあたしがピサにいるのか知りたい?」

 クラリーチェはアルフォンソの反応を見て楽しんでいるようだ。スカートが泥につかないよう片手でまくりながらアルフォンソの周りを地球を回る月のように周回する。

 アルフォンソが答えようとするとクラリーチェは遮るように答えた。

 「兄さんに呼ばれてきたのよ。ピサのトーナメントは素晴らしいんだって。このドレスは兄さんが買ってくれたの。兄さんはあたしにとことん甘いから。あなたと会ういい機会だしね。美しい花嫁の顔を久しぶりに見てみたかったでしょう?」

 クラリーチェは回り続ける。速度を増すため泥が跳ねてきた。

 そんなさなか、太くも優雅な声がクラリーチェの動きを止めた。

 「やめなさい、クラリーチェ。スカートに泥がついてしまうよ。そのドレスは高いのだから。」

 クラリーチェは不満ながらもアルフォンソから離れ、声の主に傘を手渡し、腕にすがりついた。小太りの男で、クラリーチェよりも白い肌をしている。動物に例えるとすれば白い像といったところか。背は165センチほどだ。男の名はガストーネ・デ・メディチ。メディチ家当主ロレンツォの息子であり次期当主だ。

 「すまんね、アルフォンソ。妹が迷惑をかけた。ドレスを買ってやったのだ。いいだろう?」

 アルフォンソはクラリーチェの着ているドレスに目をやった。赤と白がメインとなっており、きつく締められた腰からスカートが広がっている。チューリップのようだ。ガストーネの服装も控えめの色にしてはいるが、かなり高価なものだろう。

 ガストーネはまるで財力を自慢するかのように続けた。

 「パリで今大流行しているローブ・モンタントだ。布地はフランドル産の羊毛を使ったモスリン生地、わざわざ現地のメディチ銀行支店長に羊毛を選別してもらい、フィレンツェで織った。生地からデザインまでなかなかの金がかかっているぞ。」

 アルフォンソにはまったくわからない単語だ。

 「男の服ならフィレンツェやミラノだろうが、やはり女性の服はパリだ。ヴェネツィアデザインは古い。髪型や装飾品はヴェネツィアから取り寄せているがね。」

 退廃した貴族そのもののように見えるが、ただの貴族とメディチの人間は違う。メディチ家は銀行業で貴族の位を買ったといわれるほど実力を持った貴族なのだ。メディチ銀行は昔ほどではないが今でもイタリアの中央銀行の役目を果たすほどの財閥である。一般庶民出身のメディチにはただの貴族教育ではなく、商人としての庶民的部分も教え込まれるのだ。アルフォンソが彼らを嫌いにならない理由はここにある。案の定、アルフォンソの思っていたことをガストーネは話し始めた。

 「・・・・・まあ、とにかく金をかけたのだ。そこでだ、せっかく金をかけたのだから皆の分も作ろうと思ってな、ほらアルフォンソ、お前の分もあるぞ。今度の舞踏会で着るといい。サイズは大体あっているだろう。」

 アルフォンソは笑いながらもそれを受け取った。メディチの人間と話すと金持ちに抱く嫌悪や嫉妬は消え、そのあまりに気前のいい財布に感心してしまうのだ。

 「ありがとうガストーネ。ありがたくもらっておくよ。うちの財政は火の車だからな。しかし一体何人にこれを配ってるんだ?」

 「そうだな・・・適当にすれ違って挨拶を交わしたものには無差別で配っているよ。イタリア団の皆には全員あげようと思っている。見たまえ、我が執事レオを。いくらでも服や生地はある」

 ガストーネの指の先には生地や服を山にして必死に抱えている執事レオの姿があった。バランスを取ろうと一生懸命だ。

 アルフォンソら3人は思わず笑い声をあげた。アルフォンソが笑い終わっても2人は笑い終わらない。二人は一方が笑い終わると笑い続ける一方の顔を見てまた笑い始めるのだ。アルフォンソもそんな2人を見てると笑えてきた。

 運動場で笑い続ける3人を、軍事戦略学科の学生が不思議そうに見ていた。


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