アルフォンソ
第2話
木造の講義室に空虚な教授の声が響く。
―えー、ゆえにダンテ・アリギエーリのこの神曲における主張は、皇帝派と教皇派において彼が皇帝派であったことの表れである。このページを見なさい、ここには・・・・・・。
もちろんほとんどの生徒が教授の講義を聞いていない。大抵はワインを持ち込んでそれを仲間と飲んでいたり、昼寝をしていたり、そもそも講義に来ていないものもいる。
アルフォンソも全く聞いていなかった。この大学には貴族や有力者の家系が多い。そういうものたちは講義さえ聞いていれば、卒業のための口頭弁論試験でも簡単に合格させてもらえる。大学に行くということは一種の資格確保の役目もあるのだ。大抵欧州出身の学生が望んで行うのは議論のときとトーナメント、それだけである。
講義が終わり、今まで沈黙に包まれていた講義室がにぎやかになる。アルフォンソは仲間からの酒やオペラ鑑賞の誘いを断り続け、まっすぐ運動場に向かった。だが、いたのは執事のセヴァスティアーノだけ。彼が思っていた人はいなかった。
「セヴァスティアーノ、アンナは?」
セヴァスティアーノはアルフォンソの祖父の代から家に仕えてきた男である。70歳はこえているが釘のようにまっすぐ地面に立つその姿と奥深い顔は、彼を20歳若く見えさせている。
「アンナ嬢は今日はお見えになっておりません。」
「何かあったのか?」
「いえ、特に伺っておりません。旦那様、よろしければシルヴィ家に行って伺ってまいりますが。」
ああ、そうしてくれ、そういおうとしたアルフォンソだったが思いとどまった。調べる必要が思い当たらなかったからだ。アンナは幼馴染とはいえ身分が違う、学生仲間でもない、恋人でもない・・・・・そう、恋人ではないのだ。
「いや、いい。それよりアドリアーノを出してくれ。遠乗りがしたい。」
アルフォンソは愛馬アドリアーノに乗り、遠乗りに出かけた。ピサの市街地を抜け、アルノ川を越え、なだらかな丘の頂上目指して愛馬アドリアーノに鞭を入れる。オリーヴと糸杉がまばらに生える美しいトスカーナの田園を、アルフォンソは駆けていった。