ドラゴン召喚
学科試験は割とよく出来たと思う。
試験の後、僕は校舎の外に出て、一人で弁当を食べた。軍用の携帯食料だ。
他の受験生は、普通の弁当を教室で食べた人が多かったようだ。
僕は三分ほどで食べ終え、学校の裏門側に向かった。
実技試験の前に軽く素振りするつもりだ。
そこには先客がいた。僕と同じ受験生らしき少女が木剣を振っている。
王都リエンで主流の流派の型を演じていて、なかなかの腕前に見える。
思わず見とれていると、少女が僕の視線に気付き、
「なにか?」と、一言。
「ちょっと、そこの君、俺の下僕になりなさい!」
動揺して、馬鹿なことを言ってしまった。
異世界転生ものの小説では、「高飛車な美少女から主人公が勝負を挑まれ、主人公が勝負に勝つ」のが典型的なパターンの一つとなっている。
その勝負の結果、大抵、主人公は美少女を下僕や配下にすることになる。
僕の側から勝負を挑んだということは、僕が下僕になることも考えられる。でも、必ずしも僕が負けるとは限らない。
そんなことを考えながら、少女の反応を待つ。
「あんた、ばかぁ?」
そう来たか。こんなとき、ヱヴァンゲリヲンのシンジくんは何と言っていたっけ?
思い出せないので、少女の頭をなでてあげた。セクハラだな。
一瞬、少女が憤怒の表情になり、次に笑い出した。
「この私、ジャンヌ・パフュームを怒らせるとは、さすがね。いいわ、勝負しましょう!」
少女は木剣を上段に構えた。
ジャンヌは、カルナーの有力貴族であるパフューム公爵の血縁かもしれない。
この勝負、負けるわけにはいかないが、勝ってしまうのもまずそうだ。
僕の自業自得とはいえ、困った。
中国の武侠小説では、こんなときの対処として、自分の強さを印象付けた後で双方の剣を破壊し、引き分けに持ち込むというようなことがよく行われる。よし、これで行こう!
僕は木剣を下段に構えた。スウから教えてもらったジャルト流の構えだ。
「ふっ、ジャルト流か。相手にとって不足なし」
一瞬の静寂。その後、少女の猛攻は始まった。
僕の思っていた以上の強敵で、彼女の攻めを受けきれそうにない。
本気で戦えば勝てるけど、大怪我させてしまいそうだ。
ジャンピング土下座(飛び込み前転からの土下座)して下僕になろうかな。
でも、何もせずに負けるのは嫌だ。
少年漫画によくある手だけど、ここで共通の敵を出して一緒に戦う展開に持ち込もう。
僕は脳内で幻獣召喚の呪文を詠唱した。
「まて、あれを見ろ!」
体高が五メートルほどのドラゴンを見て、少女は仰天する。恐怖でふるえているように見える。
「勝負は引き分けだ。君は先生を呼んできてくれ」
「あなたはどうするの?」
「俺は戦う」
「一緒に戦うわ」
「それでは二人とも無駄死にだ。それよりも先生を呼んできてくれ。早く!」
「わかった。無理しないでね」
少女は校舎の方に駆けていく。
さて、どうしようか。ドラゴンを召喚したものの、元の場所に帰す魔法はまだ習得していない。
こちらの勝手な都合で呼び出したのだから、退治するのは可哀そうだ。
まあ、戦うしかないなら仕方がないが、とりあえず、ドラゴンを手なずけてみることに決め、僕はジャンピング土下座した。
「プライドというものはないのか?」
僕の心の中にドラゴンの思念が流れ込んでくる。あきれている感情も伝わってくる。
「俺の勝手な都合で呼び出して、元の場所に帰してあげることも出来ないから、謝るしかないよ」
「謝罪は受け入れよう。だが、ただで済むとは思うなよ」
ドラゴンは声を出して言った。
次の瞬間、ドラゴンの姿は消え、僕と同年代の姿の少女が出現した。
「おまえ、ドラゴンか?」
「ああ、あの姿では目立つから人化した」
初対面でも、相手がドラゴンだと思うと緊張しない。
「一か月間、三食、ケーキを各一個。これで許してくれるか?」
「駄目。二個ずつ」
「了解した」
「よろしく、ご主人様」
「で、なんて呼べばいい?」
「ご主人様が名付けるんだよ」
「ドラゴンでいいか?」
「最低!」
「ドラミ」
「猫型ロボットじゃないもん」
「クッコロ」
「ご主人様のエッチ!」
結局、ドラゴンの名前はアスカに決まった。
ジャンヌ・パフュームが先生達を連れて戻ってきた。
「パフュームさん、片付いたよ」
「まさか、やっつけたの?」
「いや、手なずけた」