試験開始前
自宅から軍学校までの距離は、二十キロあまり。
このくらいの距離だと、貴族の子女は馬車を使うのが普通らしいが、試験当日、僕は徒歩で軍学校に行った。正確にいえば、走った。
自宅から一時間あまりで到着。おおよそ時速二十キロで走ったことになる。
一時間で二十キロの距離を走ることが出来れば、転生前の世界では一流の陸上長距離走者に近いレベルだろう。でも、現在の世界では特別なことではない。まあ、十二歳の男子としては超一流かも。
試験会場を見渡すと、いろいろな人がいる。
親が貴族の受験者は、親や従者が同伴している場合が多い。
貴族と平民の割合は五分五分。どちらも、男子が八割、女子が二割という感じだ。
ちょっと見た限りでは、知り合いはいない。ほっとした。
実は、僕は人付き合いが苦手だ。特に初対面の若い女性に対しては、顔が赤くなって、緊張で何を話したらいいか分からなくなる。
スウと初対面のときに無難に会話できたのは、奇跡的な例外だ。
ようやく近頃になって、初対面でも定型的な会話はできるようになったけれど、顔が赤くなるのは相変わらずだ。
前世での僕は、武術の稽古を口実に人との付き合いを避け、剣が唯一の友だった。
今度の人生では、スウのかたきを探すためにも、人との付き合いを避けているわけにはいかない。
「ちょっと、そこの君、あたしの下僕になりなさい!」
と、どこかの美少女に呼び止められることもなく、僕は試験会場で自分の席についた。午前中は学科試験だ。