杖の呪い
ユイが気を失ったのを見て、僕はすかさず、ユイに回復魔法をかけた。少し効き目が薄い気がするが、命に別状はなさそうだし、調べている余裕はない。
回復魔法の後、覚醒魔法をかけるとユイが意識を取り戻した。
そろそろ、軍の魔物退治部隊がこちらに来る頃だ。
軍学校の学生には、不要な外出を控えるよう、指示が出されている。
軍に見つかるわけにはいかない。
「ユイ、撤収するぞ」
「ああ。僕の荷物を頼む」
「まかせろ」
アスカがユイの自転車を引いてきた。
僕はユイをお姫様抱っこした。
「おい、やめろ。歩ける!」
「恥ずかしがることないぞ。俺は、しょっちゅう、アスカに同じことされてる」
それでもユイが嫌がるので、仕方なく、僕はユイを降ろし、隣に立たせた。
隠形の術を使い、ユイと僕の姿を隠した。アスカも同じようにした。
さて、どうするか。
「ユイ、訊きたいことがある。寮で話そう」
「分かった。もう、話さないわけにはいかないな」
「アスカ、寮まで頼む」
アスカがユイと僕を連れて瞬間移動した。移動先はアスカの部屋だ。
瞬間移動したことによって、隠形の術は解けてしまっている。姿を隠したまま瞬間移動できれば便利なのだけど、術式が複雑になり、アスカでも出来ない。
到着後、すぐにユイの制服を魔法で綺麗にした。
「ありがとう」
「気にするなよ。俺が勝手にやったことだ」
「アレクは優しいな。惚れてしまいそうだ」ユイは笑った。
まずい。僕は、この笑顔に弱いんだ。
ユイのペースに巻き込まれる前に本題に入ろう。
「ユイ、事情を訊きたい」
「他言無用で頼む」
「了解した。ゲイルの名に懸けて誓う。ジャンヌ達も同席していいか?」
「婚約者と将来の側室たちだな。秘密を守ると誓ってくれるなら、構わない」
「アスカ、ジャンヌとジェシカを呼んできてくれ」
ジャンヌ、ジェシカ、アスカがそれぞれ、家名に懸けて秘密厳守を誓った。
ユイが話し始めた。
「これから話すことが真実であることを、ダヴェンポートの名に懸けて誓う。アレク、『英雄の介添人』について話したこと、覚えてるか?」
「ああ」
「僕が使っている『闇の杖』は、ダヴェンポート家の始祖が『風のラファエル』から授かり、魔王との戦いで使ったものとされている」
その後、ユイが語ったことの要旨は、次のようなことだ。
魔王との戦いの後、ダヴェンポート家の当主は代々、カルナーの王家に仕えている。
ダヴェンポート家の表向きの役割は文官だが、裏の役割として魔物退治を行っていた。
ただ、時代が下るにつれて、杖の力を使えない者が増え、何代か前から裏の役割を果たしていない。
ふとした偶然から、ユイは『闇の杖』の力を使えることを自覚し、密かに魔物退治を行っていた。
そこまで話したところで、ユイはため息をついた。そして、
「アレク、僕に回復魔法を使ったとき、何か気付かなかった?」
「効き目が薄い気がした」
「『闇の杖』の呪いだよ」
「呪い?」
「最近、父から聞いたんだけど、英雄に無許可で『闇の杖』を使うと呪われるそうだ」
「どういう呪いなんだ?」
「体力や魔力が回復する際に心身が痛むんだ。心と体の両方が削られる感じ、といったら想像できるかな」
「そこまで分かっていて、なぜ、魔物退治を続けてるんだ?」
「分からない。戦いたいわけではないんだ。もしかしたら、英雄の介添人としての義務感かもな。呪いといっても、命まで取られるようなものではないようだし、僕は続けるつもりだ」
「わかった。俺はとめない。でも、手伝うからな」
「命がけだぞ。いいのか?」
「ユイとは別の理由だが、俺は魔物と戦うことにしている。魔王と戦う覚悟もできてるつもりだ」
ユイは一瞬、あっけにとられた表情をして、次に笑顔になった。
「アレクが仲間なら心強いよ。よろしく!」
ユイが僕の肩をたたき、軽くハグした。
「ボクも戦うよ」
「私も手伝うわ」
「兄貴、ついていきます」
手伝ってくれる気持ちはありがたいが、ドラゴンのアスカはともかく、ジャンヌとジェシカは戦力にならない。
「ジャンヌ、ジェシカ、魔物退治は危険だ。君たちはやめた方がいい」
「ええ。今の私たちでは足手まといなのは分かってる。でも、今まで以上に頑張って強くなります」
「兄貴、ジャンヌ様と一緒に強くなります。だから手伝わせてください」
前世で剣だけが友達だったことを思うと、今は恵まれている。
思わず、涙ぐみそうになる。
「アレク、なに泣いてんだよ。かわいいな」
ユイが素早く僕の唇にキスした。
ジャンヌの目が怒っているが、これは不可抗力というものだ。
「じゃあ、また明日」
ユイが自転車を引いて出ていこうとする。
「自転車、入り口まで俺が持つよ」
「流星号だ」
「ユイ、お前、自転車に名前つけてるのか?」
「そうだよ」
ユイの顔が赤くなった。
それにしても、『流星号』か。この名前で僕が思い出すのは、二十世紀の日本のSFアニメ『スーパージェッター』だ。主人公が使っているエアカー型のタイムマシンがこの名前だったはずだ。
僕は思わず吹き出してしまい、ユイに睨まれた。




