ユイ・ダヴェンポート
ユイは僕との試合で降参の意思表示をした後、主審を務めていたビルゲン大尉に何か言って、この場を立ち去ろうとしているようだった。
「ユイ・ダヴェンポート、話がある」
僕はユイの後ろから呼びかけた。
ユイは振り返った。
「アレク、言いたいことは分かる。相手してやれなくて悪かった」
そう言って、そのまま立ち去ろうとする。。
「待てよ! どういうことなんだ?」
「僕には僕の事情があるってことだ」
ユイはハンカチを取り出し、ハンカチを口に当てて咳き込んだ。
一瞬、赤いものが見えた気がした。血?
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫。でもないな。アレク、ちょっと肩を貸してくれ」
ユイが僕に「よりかかってきた。
身長百七十二センチの僕より、ユイは数センチ低い。
「医務室に行くか?」
「いや、少し休めば大丈夫だ。教室に戻るよ」
僕はユイに付き添って教室に戻ることにした。ビルゲン大尉にその旨を口頭で伝える。
「アレク、悪いな」
「気にするな。本当に医務室に行かなくていいんだな?」
「ああ」
その後、僕らは黙って歩いた。
不意にユイが声を出して笑った。
「アレクは優しいな。君のハーレムに入れてほしいくらいだ」
「なっ?」
ユイが笑顔から真顔になった。
「優しいのはいいけど、君は人が好過ぎる。僕からの忠告だ」
そう言って、ユイはハンカチを広げて見せた。ハンカチは白く、血の痕跡はない。
「……」
「もう大丈夫。アレク、ありがとう」
ユイはしっかりした足どりで去っていった。
その日の夜、僕はなかなか眠れなかった。
ジャンヌを起こさないよう、こっそりとベッドを抜け出し、窓から外を見ていた。
どれくらい、経ったのだろう。ジャンヌが起きて、僕に声をかけた。
「アレク、どうしたの?」
「昼間のことを考えていたんだ」
「ユイ・ダヴェンポートのことね?」
「ああ」
僕はジャンヌに、ユイとの試合の後の出来事を話した。
ただし、ハーレムについてのユイのセリフのことは言わなかった。
「あの人、本当に血を吐いたんじゃないかしら」
「そう思うか?」
「病気のことを同情されたくなかったんだと思う」
「俺も、その可能性が大きいと思う」
「でも、血を吐いてない可能性もあるわ。たとえば、アレクを混乱させて面白がってるとか」
「どっちにしても、素直じゃないな。悪い奴ではないと思うけど」
「あなた、彼のこと、随分と気になるようね」
「あいつの剣は美しいんだ。それに、なぜか分からないけど、一緒にいて落ち着く」
「仲間にしたいのね」
ユイを仲間にしたいと考えたことはなかった。
けれど、そう言われてみると、悪くない考えかもしれない。




