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高所恐怖症なのに竜騎士になりました  作者: 矢島 零士
第二章:軍学校編
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道場破り

 都内某所。

 前世での父方の祖父の道場。入口には「風間流心術」と大書された看板がかかっている。


 心術は、武術の基本的な身体操作の基本だ。

 風間流の奥義は一子相伝だけれど、基本の中の基本部分は公開している。


 看板の文字を見て、帰ってきたと実感する。

 僕は道場に入った。ジャンヌ達は僕の後ろをついてくる。


 風間流心術かざまりゅうしんじゅつの修行に休みはない。

 元日の午前だけれど、道場には何人かいるようだ。


 下駄箱の上にあった呼び鈴を鳴らすと、奥から中村さんが出てきた。

 中村さんは、前世の僕が中学に入る前に祖父に弟子入りした人で、まだ大学生だ。


 中村さんは風間流の練習着姿だ。風間流の練習着は、ほぼ柔道着だけれど、特注品で、暗器(小さな隠し武器)を収納できるポケットが付いている。


 祖父は古武術の世界で少しは名が知られていて、海外からの訪問者が多い。

 そのためか、休日は帰国子女で英語が得意な中村さんが来客に対応することが多い。


 中村さんを見て、僕は会釈した。中村さんも会釈する。

 多分、中村さんから、僕らは外国人の少年少女に見えているだろう。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


 中村さんは英語で言った。


「見学させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 僕の方は日本語だ。


 祖父の方針で、基本的に部外者の見学は許されている。

 中村さんは僕らを見て問題ないと判断したのだろう。すぐに道場まで案内してくれた。



 道場では何人かで乱取り(らんどり)をしていた。

 乱取りとは、自由に技を掛け合う稽古方法のことだ。


 風間流には武器を扱う技術もあるけれど、心術は素手での格闘術だ。投げ技や組技もあるけれど、打撃技が中心。


 稽古しているのは、祖父の古くからの弟子が四人、練習生(弟子ではない)が八人。皆、前世の僕の知っている人達だ。

 祖父は上座で皆の稽古する様子を監督している。


 僕には懐かしい風景だ。



 中村さんは稽古に戻った。

 その場にいる弟子は五人となり、祖父も乱取りに加わった。


 練習風景を眺めているうち、僕は奇妙な感覚にとらわれた。

 目の前で乱取りしている人達が次に何をやるのか分かるのだ。


 前世では、このようなことはなかった。

 ここ数年、相手の動きを予想して当たる確率が上がった実感はあるけれど、百発百中ではない。


 今は、予想を外す気がしない。

 皆のやろうとしていることが道筋として見える感じだ。


 この感覚を実戦で試したい。

 思わず、僕は中村さんに声をかけた。


「中村さん、立ち合いしてくれませんか?」


 時代劇ならば、「立ち合いを所望いたす」とか言うところか?

 道場破りの決まり文句だ。


 見学だけして帰るつもりだったんだけど、やってしまった。

 僕の自業自得だけど、頭を抱えたくなった。


 ジャンヌ達を見ると、ジャンヌとジェシカは心配そうな顔で、アスカとケインは喜んでいる様子だ。



 中村さんは乱取りを中断した。不思議そうな顔だ。

 ああ。中村さんは僕らに自己紹介していなかった。僕が名前を知っているはずはない。


 中村さんは僕の方を見て、それから師匠である僕の祖父を見た。

 祖父は、「やれ」と言いたそうな顔で、黙って中村さんにうなづいた。



 乱取りをしていた人たちは皆、道場の乱取りを中断し、壁の方に移動した。



 僕は風間流の練習着を貸してもらい、更衣室で着替えた。

 ケインが付いてきて、何か話しかけたけど、何を言われ、何と答えたか記憶にない。中村さんとの立ち合いに集中していたのだろう。


 その後、道場の中央で中村さんと向かい合った。


 中村さんは、風間流の経験は浅いけれど、柔道三段で空手四段。身長は二メートル近くあり、体格的には大相撲の力士にも負けていない。

 前世の僕とは、僕が奥義を使わなければ互角の勝負だった。


 礼をした後、僕たちはすぐには組み合わなかった。

 僕はすばやく距離を詰め、右正拳で中村さんの胸部を狙う。


 中村さんは打撃を受け流しながら、僕に組み付こうとする。

 今の僕ならば組み合っても戦えるけど、あえて相手の得意な形にすることはない。


 僕は後方に跳ぶ。

 本来の風間流ならばここで暗器を使うところだけれど、現代の日本で暗器を使うのはまずい。


 中村さんは正面から突っ込んでくる。

 僕はカウンター狙いで左前蹴りを出すが、それは中村さんも予想していて、足を取ろうとする。


 僕は蹴りの軌道を変化させ、中村さんの腕をはじく。

 中村さんが少しバランスを崩した。

 チャンス到来。僕は跳躍し、中村さんの頭上から、かかと落とし。


 中村さんは左腕で防いだけれど、ダメージを受けた様子だ。

 僕は追撃せず、様子を見る。


 中村さんは左足と左手を前にして構えた。



 そこで、祖父が声を上げた。


「そこまで!」



 中村さんは悔しそうな顔だったけれど、黙って道場の中央に戻る。

 僕も道場の中央に戻り、お互いに礼をして試合を終えた。



「おまえさん、まだ中学生くらいに見えるけど、強いなあ。次は、わしがやろう」

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