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高所恐怖症なのに竜騎士になりました  作者: 矢島 零士
第二章:軍学校編
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炎の指輪

 休日の午後、父と僕はパフューム公爵の招きで王都にある公爵の別邸を訪問した。

 今回の招待の目的は、僕を見て人物を確認するためだろう。

 公爵は娘のジャンヌに甘いようだが、息子の男友達にまで甘いかどうかは分からない。


 公爵は大物だ。

 十年ほど前に政界を引退するまでは、何年もの間、カルナーの大臣を歴任していて、現在でも政治的影響力は大きい。

 ジャンヌから聞いたことだが、公爵は引退後、自分の領地に隠棲していたのだけれど、ジャンヌが軍学校に進学してからは別邸に長期滞在している。


 応対に出た執事に父が用向きを伝えると、そのまま応接室に案内された。

 応接室にいたのは、公爵とジャンヌの二人。私服のジャンヌを見るのは軍学校の入学試験のとき以来だ。


 定型的な挨拶と当り障りのない雑談の後、公爵が僕とジャンヌが親しくなった事情について質問してきた。


 既にジャンヌから事情を聞いているだろうから、嘘をつくのは危険だ。

 正直に、入学試験の日に校舎裏でジャンヌと戦ったことや、その後、ドラゴンが出現し、ジャンヌが先生を呼ぶ間に僕がドラゴンを手なずけたこと、その後、僕がジャンヌに求愛したことを話した。

 ジャンピング土下座のことは話さなかったが、そのことはジャンヌから公爵に伝わっっているかもしれない。


 次に将来のことを聞かれ、軍に入って国に貢献し、一人前になったらジャンヌと結婚したいという意味のことを言っておいた。

 まあ、無難な対応だろう。ジャンヌは満足そうだ。


 その後、いくつか公爵は質問し、僕は優等生的に答えることが出来たと思う。


 父に仕事上の急ぎの連絡が入り、父と僕が辞去しようとしたところ、公爵が僕に残るように言った。

 

「アレク君、話しておきたいことがある。男同士の話だから、ジャンヌは下がりなさい」


 ジャンヌは心配そうな表情を浮かべ、部屋から出ていった。


「アレク君、話すのは今日が初めてだが、わしは君を見たことがあるんじゃ」


 僕は黙って、公爵の話を聞いた。


「アルダランのリリー姫がカルナーに来てから半年くらいたった頃、わしは姫君にお会いした。カルナーに着いたばかりの姫は、張り詰めた糸のようじゃったが、その頃は随分と明るくなられて、わしは一安心したものじゃ。そのとき、庭で剣術の稽古をしているアレク君を見たんじゃよ」


 突然、公爵が黙った。

 公爵は誰もいない方に視線を向け、一言。


「人ならざる気配。どこのお方かな?」


 何の反応もない。僕も魔法で探知を試みたけれど、何も引っかからない。


「出てくる気はないようじゃな。敵意はなさそうだが。もしかしたら、アレク君に関わりある者かもしれんな」


「僕が呼び掛けてみましょう。誰かいるのか?」


 アスカが姿を現した。


「おっさん、スゴイね。ボクの気配を感じるなんて」


「僕の使用人です。しつけが行き届かず、申し訳ありません。よく叱っておきますので、お許しください」


「謝る必要はない。その者、竜であろう」


「はい、その通りです」


「竜は自由本位なものじゃ。ドラゴンのお嬢さん、わしはアレク君と二人で話したいのじゃ。遠慮してくれるかな?」


「主人の命令なら従うよ」


「じゃあ、寮に戻っていてくれ」


 アスカは瞬間移動で去った。


「竜を従え、闇から光を生み出す賢者の眼をアレク君が持っていると、姫は言っておった。自慢の生徒だとも」


 スウのことを思い出し、僕は涙がでそうだ。


「アレク君は、風の剣をもっているね?」


「はい」


「君に渡すものがある」


 公爵は、部屋の隅にあった小さな机の引き出しから何かを出し、僕に渡した。


「炎の指輪。風の剣と対になるものじゃよ」


「これはジャンヌさんが受け継ぐものでは?」


「ジャンヌでは扱いきれんよ。ジャンヌは、剣はまあまあじゃが、魔法の方はイマイチでな。それに、この指輪は、もともとはリリー姫の母上が持っていたもので、昔、わしが戦地に向かう際、おまもりとしてプレゼントしてもらったんじゃ。もう、わしが使うことはあるまいし、姫の教えを受けたアレク君が持つ方がよいじゃろう」


「では、遠慮なくいただきます」


「ジャンヌは、わしが年をとってから出来た一人娘で、つい甘やかしてしまったから世間知らずでな。でも、アレク君を選ぶとは、人を見る目はあったようで安心したわい」


 公爵は豪快に笑った。


「風の剣を持ってきていたら、見せてくれるかね」


「どうぞ」短剣を差し出す。


 公爵は短剣を手に取り、懐かしそうに眺めていた。


 ふと、若い頃のパフューム公爵がスウの母親を愛していたのではないかという気がした。

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