世にも奇妙な物語風 地震症候群(アースクエイク・シンドローム)
その日は秋晴れの一日でスーツで歩くには汗ばむような陽気だった
午後からの面接を済ませた安心感からか、ビルを出ると疲労感と共に空腹も感じた
ランチは面接の緊張からか食べないで過ごしてしまったので夕方からの街では
食べる場所を探すのも苦労するだろう
東京の大学に進学をしてみたがで東京への憧れは風船が凋むよりも早かった
ただ騒がしい友人、勉強以外の事に力を入れる学校、そして実りの無い恋…
就職をするなら地元にしようと考え、過ごしてきたがそれももう終る
就職活動も終盤を迎え、公務員か地元に工場のある大企業かを選ばなければいけないが
猶予のあるものは最後まで悩むのも悪くない気がする
とりあえず地元に帰れる未来はそう遠くないように思えた
歩きながらふと眼を上げると繁華街にある、なにかが眼に入った
子供の頃に家族で通った古びたデパート…
その屋上には最近では珍しくなった観覧車がまだ設置してあった
思い出が脳内で再生されて、楽しかった思い出が甦る
そうだ!!確か屋上には小さいがうどんや焼きそばが食べられるコーナーがあったはず
家族みんなで食べた幼い頃の記憶が一気に押し寄せてくる
今は空腹よりもその場所に立ちたい気持ちで早足になりながらロビーを目指して歩いていく
夕暮れになりかけの屋上は閑散としているが風が心地良い
狭い屋上に考えられて置かれている遊具たち
観覧車の他にも列車や自転車、100円で動くパンダの乗り物等
週末はそこそこの人で賑わうのではないかと思う位の物が置かれていた
そして幼稚園くらいの子供を連れたママ、ベンチに座りスマホをいじるカップル
お年寄りの姿もチラホラと見える中でリクルートスーツの自分は少し場違いに見えた
屋上の反対側には覚えていた軽食コーナーもまだ営業しているようだった
子供の頃は大きく見えたそれも今はこじんまりとしたお店だった
「うどん、焼きそば ハンバーガーか…」
どれも冷凍食品だと今は解ってる
でも、ここで何かを食べたかった
結局はキツネうどんにアメリカンドックという意味のわからないものを頼んでしまったが
ベンチに座り周りを眺めながら食べるとそれは十分に美味しく感じられるモノだった
夕暮れにひとりデパートの屋上でうどんを啜る自分
決してインスタ映えしないがそれが良い
「
「最近はなにかとインスタ映え、インスタ映えとうるさいのだ」
と、そう呟きながらもスマホでSNSを確認してしまう自分は
十分に都会に侵されているのだろう
観覧車の営業時間終了が迫っているという放送を流し始めたところで
急ぎ足で観覧車へと向かう
1回200円
ペンキの剥がれかけた看板を見て小銭を取り出す
2の部分だけが色が濃いのをみると元々は100円だったのだろう
ノスタルジーだけでは食べていけないのだろう
遊園地もよくよく考えれば営利施設なのである
列には最後に乗ろうとしているお客が数人ほどの列を作っていた
先ほどの親子連れ、カップル、そして老夫婦に自分
「短い旅路ですがどうぞよろしくお願いいたします」
夕闇が迫ってきた街並みはオレンジに染まり
遠く見える山並みも綺麗に見える
ぼんやりと外を眺めていると忙しい日々が嘘のようだった
ただ、風が強くなったのか少し観覧車が揺れだした
街並みに目を落とすと下に見える看板も揺れているように見える
その時だった、明らかに風とは違う揺れが観覧車を襲った
捕まる所は碌に無い観覧車の中で身体が至る所にぶつかる
頭を必死に庇いながら外を見ようと首を伸ばす
そして、先ほどまで幸せな風景だった場所に恐ろしいものが見えた
デパートの屋上に無かったはずの大きな亀裂がこちらに向かって走ってくる
10分前まで座っていたベンチが大きな穴に飲み込まれた
そしてそれは観覧車の足元に向かって一直線に伸びてきた
揺れも収まる気配は無く亀裂も止まらない
あっという間だったろう
先ほどまで広がっていた風景は途切れ、轟音と暗闇が支配する世界に
観覧車は飲み込まれていった…
真っ暗な中で声が聞こえる
泣き声、叫び声、助けを求める声
ふと、眼を醒ました時には夢かと思った
なにも見えない中で必死に握りしめていたバッグからスマホを取り出し
ほのかな明かりの中で見えたものはひしゃげた観覧車の残骸だった
座席を支えていた大きな鉄骨が支えになり潰されずに済んだのだろう
偶然だが十分なスペースがあり、横にもなれる場所もある
ただ、ほかの観覧車はどこにも見えない
遠くで声が聞こええるだけだ
「助けてー」
「おーい 怪我人がいます」
こんな声がどこからともなく聞こえてはくる
ただ、場所は解らない
おそらくは一緒に乗り込んでいた人達だろう
まさか、デパートが崩落するなんて夢にも思わなかった
自分が子供の頃には十分に古い建物だった
あれから20年以上は経過しているのだから老朽化も当然だ
と、その時に大きな揺れを感じた
余震がやってくると鉄骨は歪み、悲鳴の様な音を鳴らす
その度に息を飲み揺れが収まるのを待つ
小さな隙間で生き残ってはいるが誰か気が付いているのだろうか…
夕方のデパートには多くの人が居ただろう
デパ地下にも買い物客が押し寄せていたはずだ
ただ、地下にいた人間は誰も生きてはいないだろう
数万トンのコンクリートと鉄骨が押し潰してしまったに違いない
TVで災害現場を中継しているのは見たことがある
大きな重機を使いひとつ、ひとつの残骸を片付けていくのだろうが
この余震が続く中ではいつになるかわからない
バッグの中にはお茶のペットボトルが一つにアメとチョコレートが少し…
食事は済ませたばかりなのが良かった
ただ、問題が無いわけでは無かった…
陽子は観覧車の座席の端まで這って行くと割れた窓から下を覗き込んだ
スマホ程度の光源では下までは決して見えない
地震が起こり気を失い眼が覚めてからの最大の悲劇はここで用を足した事だろう
「お~い、誰も居ませんよね~」
そう、声をかけてから身体を捻り下着だけを下した
辛うじて体育座りは出来るので穴に落ちないように気をつけて放尿する
最初の一回は放尿したい気持ちと道徳の葛藤でなかなか出来なかったが
二回目以降は一種の娯楽にまでなっていた
恐怖感は確かにある
ただ、時間と共にそれは確実に麻痺してくるものである
大きな声で助けを求めても、この重量物を突き抜けるとは思えない
パニックの終わった後にやって着たのは圧倒的な弛緩であった
空腹も感じない、喉も渇かないで生きているのか死んでいるのかさえ分からない
時にやってくる余震の恐怖を感じることで生きているというのを思い出すのであった
それからどれ位の時間が経ったのだろうか
何度目かの余震をやり過ごした後に叫び声が聞こえた
余震で何かが動きバランスが崩れたのだろう
金切声の叫びが聞こえたかと思うと、子供の叫び声も加わった
鉄骨の唸る音とは明らかに違う金属が圧縮されていく音が遠くから聞こえた
余震が収まりしばらくして静寂がやってきた
声はもう聞こえない…
久しぶりに大きな余震だったと思う
自分の観覧車もいずれは潰れてしまうのだろうか…
そんな事をぼんやりと考えていると涙が溢れてきて
暗闇の中で声をあげて泣いた
「助けてー!!」
地震が起こってから何度目かの助けを呼ぶ叫び声
まるで自分の声では無いかと思う位に狂気染みている声…
恐怖心が心から弾かれるまで叫び、泣いた後にはまた静寂と弛緩がやってくる
結局はこの繰り返しなのだ
神の掌に委ねられた自分の生命
脆く儚いと気がついた自分の生命
それからどれ位の時間が経っただろう
余震も数えきれない位あった
あの親子を潰してしまった音も何度か聞こえてきた
この場所は思っているよりも不安定なのかもしれない
あの親子と同じ様に潰れてしまった人も居るだろう
怪我が元で死んでしまった人もいるだろう
自分だけが生きているのかもしれない
カップルは??老夫婦は??
そしてなによりも救援隊は??
撤去をしている音は全く聞こえない
ペットボトルのお茶も飴やチョコも残りは僅かになった
空腹は感じないが喉の渇きはそろそろ辛くなってきた
スーツからベルトを外してぼんやりと見つめる
スマホを取り出して電源を入れる
モバイルバッテリーも残りは僅か…
あと、数時間後には真の暗闇がやってくる
眼の先1cmも見ることが出来ない真の闇
明かりがあるうちに終わりを迎えるのも手かもしれない
数度の余震で観覧車は明らかに潰れていっていてる
前は無かったコンクリートの柱が手の届く場所に鉄筋をむき出して佇んでいる
頭の上にある割れた窓から手を伸ばし、その鉄筋にベルトを結んで片側を輪にする
試しに首を通して足元に広がる暗闇の穴を見る
最初のうちは排泄物を落としていた穴は
今もそこに広がっていた
ここから身体を滑り落とせば楽になれる
暗闇で過ごす時間はとても辛いものになるだろう
精神的に普通でいられる自信もない
最初は耐えられても最後は気が狂い、狂気の顔で死ぬのだろう
眼は見開らかれ、口角は大きく吊りあがり笑っているような死に顔…
誰かに見つけてもらった時にそんな死体で居たくない…
親や兄弟、友人に最後の顔を見せられないなんて…
それならばせめて美しいままで死ねば…
いままで生きてきた思い出が消えては甦り、消えては思い出す
これから自分の人生は始まるはずだった
社会に出て働き、いずれは子を産むだろうと漠然と考えていた
友人と飲み会で子供の名前をふざけながら考えたりした
だが、どれももうやってこないのだ…
そして、なによりも娘が帰ってくる事をとても喜んだ両親に申し訳ない
最初にそれを告げた時に両親はなんの反応も示さなかったが
就職活動を本格的に初めて私が本気だと解るとなんと家のリフォームまでしてしまった
顔には出さないがきっと喜んでいるのだろう事は傍目にも分った
しかし、それも無駄になってしまった
リフォームした家もどうなってしまったのだろうか
定年退職も考え始める年齢だ
残る借金はどれ位になるのだろう…
もう一度、家をリフォームする金など残されていないように感じる
娘を東京に住まわせて学費まで払っているのだ
これまでに親孝行したことなど無い娘にそれだけの金を使ってきたのに
その娘はここで死のうとしている
溢れ出る涙に視界がぼやけるが止まる気配は無い
どうせ一人なんだ、思うだけ泣こうと床に顔を擦りつけて泣く
しばらく泣いたら死ぬ気など無くなっていた
生きていればいつかは助けてもらえるだろう
暗闇でもきっと耐えて見せる
明りがあるうちに飴をポケットに移しておこう
そうやってバッグを取ろうと動いたときに首にベルトをかけたままなのを思い出した
一瞬、首が締まり驚いたが笑ってしまった
これでは死んでも苦悶の表情だろう
そんな死に顔は見せられない
ベルトに手を伸ばし緩めようとするがどこかに引っかかっているのか
首は締め付けられたままだった
身体を後ろにずらして余裕を持たせようとするが首にかかる負荷は大して変わらない
ふと、気がつくと先ほどまでは眼の前にあったコンクリートが動いているような気がする
手を伸ばせばそこにあり簡単に結び付けられた鉄筋も今は遠くにある
「ちょ、ちょっと、なんで??」
そう思っている間もコンクリートは動き続け首は着々と締まっていく
観覧車に捉まろうにも手は空を切り、気がつけば観覧車の外に引っ張られていた
上を見上げれば少しだけ明かりが見える
その明かりに向かって手を伸ばして何かを掴もうとするが…
身体はすでに宙に浮き、首が締まり眼はぼやけてきた
「お父さん、お母さん…」
そう、思ったが声に出ることは無かった
地震の発生から72時間以上が過ぎて現場の救急隊員達も疲労の色が濃くなってきていた
重機は唸り声をあげてコンクリートを撤去しているが見る限りのコンクリートと
相次ぐ余震に悩まされながらなので作業もあまり進展していない
「この大物を撤去出来たら交代だな」
そう、隊長が指示を出して眼を向けたのはこの一日かけて撤去の準備をした大物のコンクリート片だった
きっと梁だったであろうコンクリート片は重機にゆっくりと吊りあげられ
その全容を空に浮かぶ夕陽の中に収められようとしていた
「やっと浮いたか…」
そう声に出した後にコンクリート片の端に何かが一緒に吊り下がっているのを確認できた
事故を起こさないために数センチ単位で持ち上がってくるコンクリート片は
そのなにかが解るまでにそれなりの時間を要したが
今ははっきりとその全容を夕陽の中に照らしだしている
まるで西部劇で絞首刑に処された、ならず者のように首をも少し傾けて
手足をだらしなく垂らし、ユラユラと揺れるそれは確実に人であった