プロローグ
インドネシアには「ナゴヤ」という町がある。そこを訪れた時の話。
大学の春季休業。
大学生の私は、二週間ほどシンガポールを訪れている。
来てからもう一週間が経過した。
目的は旅行ではない。参加学生の教育が目的の海外研修だった。
なので、シンガポールに着いてからは、朝から晩まで大学から決められた活動を行ってきた。
最後の数日はやっと自由が与えられ、終日予定が無かった。
シンガポールからはもう十分満足感を得ていた私は、
この日にシンガポールを出て、別の島に行くことを画策していた。
どこへ行こうか。
グーグルマップを開き、マレー半島の先端付近を拡大する。
そのマップから、シンガポールの辺り一帯が、島嶼地帯である事がわかる。
無人島らしき島々も点在し、瀬戸内海と地形とよく似ている。
研修で企業オフィスを訪問した時に見た景色を思い出した。
そのオフィスは、シンガポール中心部に聳え立つ摩天楼の高層階に構えられており、
壁は一面ガラスだったので、はるか遠い海の先までを一望できた。
大海には、数えきれない程の大型タンカーが犇めき合って、島の間を行きかっていた。
タンカーの数の多さに驚嘆しながらも、ここが太平洋とインド洋を繋ぐ国際貿易の要所である事は知っていたので、その風景に納得できた。
はるか向こう側に、幾つか島が見え、地形的には確かに瀬戸内海に似ている気がした。
事実、私は生まれも育ちも北海道で、本当のところは分からないのだが。
瀬戸内海とシンガポール周辺の海域は、異なる点も勿論ある。
タンカーの多さもそうだし、他にも大きく異なるのは、国境の存在だ。
地図上でしか見えないが、シンガポールと周りの国々を区別するため海上に線が引かれている。
シンガポールから連絡船で小一時間ほどで行ける距離にある島々も、インドネシアやマレーシアに属する異国だ。
ネットで少し調べると、どの周辺の島々も、経済大国シンガポールの経済的な恩恵に預かっている、そんな様子だった。
例えばある島は、美しいビーチやゴルフ場を有し、週末に仕事での心労を抱えてやって来るシンガポール人を癒すことで島の経済を支えていた。
他には、母国に比べて高賃金のシンガポールに出稼ぎをする人々が暮らす島もあった。
私は、この出稼ぎ島に行くことを決めた。理由は私がリゾート地嫌いだからではない。
ネットの画像から、そのリゾート島がいかにも南国といった様子で、紺碧色の美しい海に囲まれている事を知った。
ただ日本人である私にとって、この出稼ぎの島には、それを超えた魅力があった。
その島にある町の名前がなんと「ナゴヤ」だったのだ。
ネットでの調べを進めてみると、どうやら偶然では無く、太平洋戦争が関係しているようだった。
戦時中、日本軍は、占領地の名前を日本風に変えるという事をやっていたらしい。
例えば、イギリス領だったシンガポールは、日本統治時代、昭南島と呼ばれた。
同様に、この島も進駐した際に改称され、街はナゴヤと呼ばれたそうだ。
それがどうやら現在まで残ってしまった様なのだ。
その島に行く決心をした後、調べを進めていると、島の事情が色々とわかってきた。
夜は、シンガポール人向けに売春業が営まれているらしかった。
シンガポールでは違法である売春の需要を、小船、数時間で行ける異国の島が満たしている。
そんな事情が裏にはあるようだった。
相手を求めた寂しいシンガポール人男性が買春をするためにやってくる街「ナゴヤ」。
本場名古屋の歓楽街栄町もビックリの悲しい事情を抱えた街「ナゴヤ」。
一体どんなところなのか。期待と不安が入り混じる。