【ケイタとケイコ】あれは、偽りの反射光
隣に座るケイコを横目に平常心をどうにか取り繕う。既に浴びるほど酒を飲み、前の店では床にまでジョッキを並べた程だ。妙な気を利かせやがったのか、この店にたどり着いたのはケイコと自分だけだったわけで、正直なところその時点で気づいているだろうと思う。
だけれど、そのままケイコは席に着き、第二ラウンドが音もなく開始されたのだから、きっとこれはそういう事なのだろう。酒が脳に回っている為、良い方に解釈する事とする。
それにしたってこのペースはマズイ。ロクに喋りもせずに、このまま朝まで飲むのか。そもそも隣に座るケイコも何を考えているのか分からない。この女は何故ここにいて、酒を浴びるほど喰らっているのだろう。
ジョッキを握る手が滑り、ケイコの指と触れた。一瞬だけ動きが止まる。
だから、こういう間とか本当にヤメテ欲しいんだと、心の底から思うわけで、今更何事もなかったかのようにジョッキを口元に運んでいる場合ではない。
若しかして、今がここぞというタイミングだったのだろうか。いや、分からないが。
そもそも身体を使ってのコミュニケーションしか知らないのだ。こんな、言葉でのやり取りなど知らない。
だって俺もお前ももう知った身体じゃねぇか
それなのにどうしても心だけが分からない。
「…何か喋りなよ」
「…おう」
同じ会社で働き、部署こそ違えど、頻繁に顔は合わせる。関係を持つ事は間違いだとは思わない。只、厄介なだけで、とても面倒なだけだ(多少のスリルは味わったが)
だけれど焦がれた。体だけでは物足りなくなった。いや、もっと俗物的だ。他の男に身体を弄られては堪らないと思った。だから。
「これからどうするの」
「あ?んー…どうする?」
「あたしが聞いてるんだけど」
「俺ァ、何してもいいが」
「寝るの?寝ないの?」
いや、そんなもんは寝るの一択に違いねぇが、今はそういう事じゃなくて。
やる事は同じだとしても経緯が違う。返答に窮するケイタを、ケイコは怪訝そうな眼差しで見つめている。
そんな目で見るなよケイコ。俺は。
「…何?てっきりそういう事かと思ってたんだけど」
「いや、まぁ」
「あたしの勘違いだったらごめんなさいね」
「いや、違くて」
今日は帰さないぜ、だなんてクサい台詞を吐いても、きっと彼女は文字通り受け取るのだろうし、もう離さないと言っても結果は同じだ。
軽薄な己が生み出した自業自得な結果だと知ってはいるが、この誤解は早めに解いておかなければならない。
次の言葉を吐き出せないケイタは、とりあえずケイコの手を握った。言葉足らずの二人は、こうして知った身体で相手を誘う事しか出来ない只の臆病者で、又今日もアルコールが本音とやらをかき乱していく。