椿花の怨念
不夜の街・ハレーシャン。歓楽街として名を馳せる大きな都市である。
ザイオニアで第一の繁栄を誇るのは商都・エイダラートだが、ハレーシャンは第二であり、その盛況ぶりは第一の都に勝るとも劣らない。
ハレーシャンは賭博が許可された町である。大きな規模なら競馬にカジノ、小さな規模なら闘犬や闘鶏、宝くじに大小、ポーカー等々、ヒトの射幸心を煽る催しが至る所で開かれている。
故に、枚挙に暇がない金が一晩で躍った。淡い夢と抗えぬ欲に塗れた眠ることを知らない街であり、そんな街に列車から降りたあなたたちが今しがた到着した。
「ねえ見てみて、ピエロがいる。わぁ、すっごーい!」
あなたたちが駅から出ると、ワラビがさっそく道化師を見つけ、その珍しさに感激した。
三つの炎がくるくると宙で踊っている。道化師は松明をジャグリングしており、このような路上での芸もこの街では自由である。
ハレーシャンは司直管理の下、娯楽を追求した行政区画だ。いま道化師が行っている曲芸の他、演劇や歌劇、漫才に舞踏会など、ありとあらゆる娯楽がこの町にはおもちゃ箱のように詰まっている。
あなたたちが道化師を見物した後、目抜き通りを少し歩くと、
「へえ。本当に“すりばち”みたいだ」
柵から見下ろす、一風変わった光景にジュリアが驚いた。
今あなたたちは、大路が延々と左回りに回る、巨大な螺旋のような光景を柵越しに眺めている。
「なんでこんな形してるんだろう」
「ワラビ知らないのか? 昔あのすりばちの底にギロチンがあったんだってさ。結構こわい街なんだぜ、ここ」
この街は独特な構造をしていた。街全体がすり鉢のような形をしており、中央に行くにつれ段々と下がるのだ。
これは昔、魔王の軍勢がこの町を占領したことに端を発する。四百年前に魔王軍は、大勢を以てこの町を攻め落とし、ここを西方攻略の拠点とした。
人々はもちろん抵抗した。そこで魔王軍は、魔王に逆らうことの恐ろしさを民衆に知らしめる必要があると考え、最も分かりやすい形として処刑台を敷設した。
その処刑台があった場所が、今あなたたちが眺めているすり鉢の底となる。処刑の様子が、民衆の目に留まるように、と。
すり鉢の底では、当時の要人が次々と首を刎ねられたらしい。また、魔王軍は街を僅かな期間ですり鉢状にするべく、降伏した民衆にとても過酷な労役を課したそうだ。
人々からしてみればやりきれない。労役の末に掘ったすり鉢の底では、同胞が首を刎ねられるのだから。そんなすり鉢の底も、今では大きな慰霊碑が立つだけのモニュメントとなっている。
「師匠、“ヴァン将軍”って知ってるかい? 昔ザイオニアの軍を指揮してたお爺ちゃんなんだけどさ」
テオの問いかけにあなたが頷く。
ヴァン将軍。四百年前にザイオニアの軍勢を指揮した人物にあたり、ザイオニアで知らぬヒトはモグリと呼ばれるくらい有名な老将だ。その知名度はザイオニアに限れば勇者や剣士に勝るとも劣らない。
この老将がザイオニアで有名なのは訳があった。ハレーシャンが魔王の手に落ちた、俗に言う「ハレーシャンの敗戦」。その指揮を執っていたのが彼となる。
いわゆる敗軍の将なのだが、この翁は戦では負けなかった。巧みな用兵と老獪な駆け引きで、数で勝る魔王の軍勢を一歩もハレーシャンに寄せ付けなかった。そんな戦上手な彼が負けた理由は、内通者が現れたからである。
「知ってるなら話が早い。そのヴァン将軍さ、裏切り者の所為で捕らえられて、あそこで首ちょんぱにされたじゃん? でも首だけになったのにしばらく生きててさ、しかも“貴様ら呪ってやる、永劫に覚えていろ”とまで吐いたんだってよ」
「うぇ……聞かなきゃよかった。寝るとき思い出しそう」
「おいテオ! 怖いこと言うなら言うって、前もって言いやがれ!」
テオが知らなかった二人に怒られ、おどけるように舌を出した。
このヴァン将軍、テオが言ったとおり敗戦の後に首を刎ねられるのだが、首だけになってもしばらく生きていたらしい。
忸怩たる思いだったのだろう。内通という卑怯な手に負け、更に愛する祖国が蹂躙されるのだから。落ちた首の形相はまさに鬼面としか例えようがなく、極めつけの呪いを吐いて処刑台にいた者はみな慄いたそうだ。
幾人かは失禁までしたらしい。だが、その死に様がザイオニアの民の心を打ち、だからこの老将は後世まで名の知られる英雄となった。
魔王軍はハレーシャンを落とした後、次はミネルバを攻めた。だが、そこからはあなたたちも知るとおり、ミネルバの民の奮闘、そして勇者と剣士と魔道士の活躍によって魔王軍の侵攻は阻まれた。
***
「もうしばらくは松葉杖だな。あと少しで治るから我慢しなさい」
柔和そうな雰囲気の医者があなたが告げた。
あなたがバースデイ島にて足を折った事は前述している。その足を治療した医者から紹介された病院にあなたたちは赴き、あなたは右足を診てもらった。
松葉杖は不便である。トラとの遭遇も二人に任せるしかなかった。だからあなたは、足の完治を心から願っていた。けれども診察結果を聞き、落胆したあなたが自分の右足を恨めしく思った。
「うわっ、霧だ」
「すっげえ濃いな。全然見えねえ」
病院から出ると、辺りが霧に包まれていた。
ハレーシャンは、よく濃霧が発生する町としても知られている。この辺りは標高が高い所為か、雲が街を頻繁に覆ってしまうのだ。
効かない視界の中、あなたたちがすれ違う人々に気を付けながら、目抜き通りに戻ろうとすると、
「あれ? テオ君は?」
気が付くワラビ。テオがあなたたちの元からいつの間にかいなくなっていた。
「あいつ、またふらふらと。どこ行きやがった」
「あっ、いた」
直ぐに見つかった。後ろを振り返れば、テオは妙齢の女性と楽しそうに話していた。
お得意のひっかけか、などとあなたが思うが、その女性は紅色のヒラヒラとしたドレスを身に纏い、どことなく艶やかさを感じた。
そして、胸が豊満だ。シンシアよりも女将よりもエムブラよりも、それは大きいかもしれない。この通りは目抜き通りとは逸れた、いわゆる裏通りであり、
「アンタ、今すぐアイツ連れてくるよ」
二人がテオを連れに走る。
ハレーシャンは歓楽街だ。殊に夜においては他の街の追随を許さない。
胸が豊満な女性の後ろに建つ二階建ての館。一見普通のホテルのようだが、大人には分かる異質さを漂わせていた。
今は昼間だからあまり目立たないが、夜になれば妖しい光が灯るのだろう。つまり、女性は娼婦で、後ろに建つ建物は娼館である。テオが女性を口説いているのではない、女性がテオを誘惑しているのだ。
この街は賭博の他、売春も許可されていた。
「こらテオてめえ! カネ持ってねえだろうがおまえは!」
「いてえっ! しばらく、暫く! このお姉さんがさ、“ぱふぱふ”させてくれるっていうから」
「なによぱふぱふって!」
「ぱふぱふって、そりゃーあれだよ、おっぱいの間に顔つっ込んで、それからお姉さんにおっぱい寄せてもらって」
「……何がいいのそれ?」
「そりゃワラビさんは女だから理解できねえかもしれねえが、こりゃ男にとっちゃ至福でありロマンよ、でへへ」
「アタマおかしいんじゃないの君!?」
「うぐぇっ!」
ジュリアに鎖でしばかれれば、ワラビに腹を打ち抜かれ。何度目になろうか、テオがまた二人に絞られた。
稼ぎがあるならともかく、彼は稼ぎがなければ手持ちもない。あのような店の料金は総じて高く、放っておいたらあなたたちにツケが回る。
あなたたちはこの街に娼館があることを知って警戒していた。そして予想通りと言うべきか、やはりテオは誘惑に勝てず、
「師匠たすけてくれえ! この二人オニだぁ、オレまだ死にたくねえよ!」
二人から容赦のない制裁を浴びていた。




