young viberation
汽笛が鳴った。宙をつんざくけたたましい音が、これからの始動を告げた。
そして、蒸気が吹き上がる音と共に、じわじわと進む感覚。この前に押されるような感覚を、あなたは今か今かと待っていた。
窓から外を望めば確かに進んでいる。――ガタン、と車内が揺れた。
速度の上昇に併せて胸が高鳴る。あなたは、初めて機関車に乗った。
「アンタ、興奮しすぎじゃねえ?」
「子供みたいだよね」
向かい合って座るジュリアがあなたを窘め、その隣に座るワラビが肩をすくめた。
四人一間の客室に座るあなたたち。昨日あなたたちはカンガス・デオニズの町に着き、一泊した今日の朝に機関車に乗り込んだ。
予定としては今日の夜、「レ・アダムズ」という名の町に着く。そこを経由した後の明日の昼、ハレーシャンに到着する。
「ジュリア機関車乗ったことあるんだっけ?」
「ちっちゃい頃な。乗り初めこそ」
ジュリアが、あなたに目配せしてから。
「このヒトみたいにわくわくするんだけどさ、そのうち飽きてくるんだわ、これが。窓から外を眺めるくらいしかやることなくて、もう二度と乗るまいと思ったぜ」
「馬車なら退屈もしのげるのにね。私、走るおウマさんのおしり眺めてるの好きなんだよね」
「分かる分かる。動物は見てて飽きないもんなー」
「たまーに“ぷりぷり”ってウンチ出したりしてね。ふふっ」
「ははっ、おまえはウンチ好きだなぁ」
盛り上がる二人を後目に、あなたは車窓を眺めていた。
窓から長閑な田園地帯を望む。暑い時期は過ぎたが、まだまだ青々とした風景が広がっている。
夫婦だろうか、イモを植え付けている年老いた男女があなたの目に止まった。今の時期に植え付ければ、寒くなった頃にさぞかし甘いポテトが獲れるだろう。
ジュリアは「そのうち飽きる」と言った。が、あなたはそんなわけないだろう、などと思っている。色とりどりの自然や文明が築き上げた街を、有りのままに映す車窓は飽きる訳がなく、夜になり窓が何も映さなくなったとしても、車内を探検すればよいからだ。
好奇心があなたの中で膨らむ。駅員が二十二輌編成と言っていたこの長大なる列車には、「食堂車」なる車輌や、新聞や雑誌を片手に寛げる「ラウンジ車」なる車輌があると聞いている。
また、あなたと二人が座る座席の上には、簡易的なベッドが備え付けられている。機関車は、今までの馬車やラクダの背に比べて快適な旅を約束し、これが退屈なんてある訳ないだろう、などとあなたは機関車を贔屓している。
「なあ、テオ戻ってこなくね?」
発車時に「何か見繕ってくるよ」と、買い物に出かけたテオが、未だあなたたちの元に戻って来ていなかった。
確かに遅い。列車内の売店はここから三輌離れた所に存在し、また彼もジュリアと同じく機関車に乗ったことがあると言っていた。迷う心配は要らないだろう。
廊下側に座るワラビが「ちょっと見てくるよ」と、立って扉を開け、客室間の通路を見回すが、
「あいつ。女のヒトひっかけてる」
直ぐに悪態を吐いて席に戻った。
「見境ねーな、あんにゃろう」
ヘラヘラだけに止まらずふらふらもして。落ち着きのないテオに二人がイライラとする。
しかし彼だが、そう顔は悪くない。サルみたいな笑顔の彼だが、故にどこか愛嬌を感じさせる顔付きをしており、言うなれば母性本能をくすぐる容姿をしている。
「アンタ、この場にテオいないから訊くけど、あいつのどこが気に入ったんだよ?」
「そうだよキミ。あいつカッコばっかだし、中身なさすぎじゃない? アンコウと戦ったときにキミがアイツに助けられて、恩かんじてるのは分かってるけどさー」
「弱いし、チャラいしよ。あと今だってオンナ口説いてるし」
「私たち、もうアイツがちんちん握ってるの見たくないんだけど」
ジュリアとワラビが、ここぞとばかりにテオの悪口を吐き連ねた。
二人が嫌うのも仕方がない。先日の件を始め、彼はともかくデリカシーに欠けている。
しかしあなたは彼に対してそう悪い感情を抱いていない。彼はあなたを「師匠」と呼んで慕い、また、あなたが武具の手入れを命じると、彼はボヤきながらも嫌な顔せずに磨いた。
彼はあなたの忠実なるしもべ。そう呼んでもよいくらい彼は従順だった。また、気になることもあり、だからあなたが、レヴァルツィアまで我慢するよう二人に頼む。これに二人が「まあキミが」「アンタがそこまで言うなら」と、渋々了承する。
二人をあなたが宥めてから程なくして扉が開かれる。
「失礼します。お客様、お手数ですが切符を拝見させて頂けますか?」
つばの付いた帽子を被る、軍服に似た制服姿の青年が現れた。
車掌である。言われたままにあなたたちが乗車券を差し出し、それを受け取ると車掌が「パチン」と、ハサミのような器具で券に穴を空けた。
今の作業は「検札」と呼ばれる。この列車は全席指定席なのだが、乗客が間違った席に座っていないか、また、無賃乗車をしていないか、などを車掌が調べる作業となる。
あなたはこの検札という作業を知っていて、これが来るのを待っていた。文明の利器が織り成す、事務的で且つ必要不可欠な作業。
これぞ機関車の醍醐味、と感銘を受けるあなたに、二人は呆れていた。
***
淋狗の時を過ぎた夜。もう少し経ったら子供は寝る時間である。
ガタン、と車内が揺れ、少しづつ前へ進む。レ・アダムズに到着した機関車が、今しがた発車した。
「ふう。列車のトイレって慣れねえよな。便器の中から風がびゅうびゅう吹くしよ」
便所に行っていたテオが、すっきりとした表情で帰って来た。
便器の中から風が吹く。これは本当で、あなたも用を足しに行ったときに驚いた。機関車の便所は、走行中の車輛からそのまま汚物を垂れ流すのだ。
衛生上もちろんよろしくなかった。近年黄害といって問題になっているらしい。ちなみに、停車中は駅に汚物を垂れ流すことになるため、便所が使用不可となる。
「お二人はもう寝たかい? 寝顔を見てみてえところだが、もし起きたら窓から放り出されかねねえからなぁ。さあ師匠、オレ達も今日は寝るとしようぜ」
テオに促され、あなたが毛布を掛けて座席に横たわった。
ランプの灯を消し、あなたとテオが寝る。ワラビとジュリアは既に座席の上のベッドで寝ている。
ところでこの少年、なぜ付いて来るのだろう。彼はあなたたちと出会う前、一人で旅をしていたと言っていた。
ここ数日付き合って分かったが、彼はとても逞しい。ミミズだろうが何だろうが食べられれば口に入れ、そして精神的にタフである。戦士としての才こそないものの、旅人としての才なら二人より、あなたよりあるかもしれない。
また、プライドなんて言葉は皆無の、いつもヘラヘラしている彼だが、それは言い換えれば決して怒らないということだ。たとえ二人が昼間に吐いた悪口を聞いていたとしても、それを笑い飛ばしてしまいそうな度量の広さが彼には感じられた。
時と場所を選ばずに気兼ねなく接せられるヒトは貴重である。そんなところを感心しているあなたが、付いて来る訳を彼に尋ねると、
「ハハッ、そりゃー師匠、あんたたちに一発で惚れちまったからだよ。ヒトを好きになるのに理由なんか要らないだろ?」
と彼は返事し、惚れたのはワラビとジュリアにじゃないのか、といった旨をあなたが問うと、
「ちょ、しばらく暫く。そりゃあワラビさんにジュリアさん、どっちもいいよ。こんな子と付き合えたら毎日がすっげえ楽しいだろうな。でもよ師匠、オレはあんたにも惚れてるんだぜ」
と、どこまで本気なのか分からないセリフを告げ、それから、
「そうだな、師匠らはさしずめ、オレが一緒に旅してえ、って思い描いていた理想のパーティーなんだ。そんな師匠らの仲間に、入れて欲しいと願うことはそんなに変なことかい?」
独りで旅をしていた寂しさをあなたに吐露した。
「……今は役に立てねえが、そのうち必ず、みんなの為に役立ってみせる。だから師匠、頼む。オレを温かい目で見守ってくれ」
彼は己の至らなさを分かっていたようで、改めて自分のことをあなたに申し入れた。
列車に興味ない方はすみません。私もそんな興味ある方ではないのですが……。




