必殺
不味い朝食を済ませたあなたたちは、カンガス・デオニズに向かって再び歩き出した。
土をならしただけの道があなたたちの前に続く。右手には草木が生い茂り、左手には雑木林が、青々とした葉を繁衍している。
この街道はバースデイ島とを繋ぐ、トイノーン山の東の裾を沿う道である。あなたたちは一月ほど前にもこの道を、バースデイ島へ行く為に雇ったガイドのおじさんと歩いており、一月前は南下だったが帰る此度は北上している。
しばらく歩くと、重い荷を積んだ車が通ったか道に轍が残されていた。これを見た松葉杖を突くあなたが、たまに大雨が降ると道がぬかるんでしまって大変だ、とガイドのおじさんが言っていたことを思い出す。
素朴な道を歩く。天下のザイオニアと言えども、この辺は割と辺鄙である。
「なあ、ジュリアさん」
「…………」
「ワラビさん」
「…………」
雲の多い空の下、テオが二人に話しかけたが、二人は一言も口を利かなかった。
徹底した無視であり、些か可哀想である。だが、
「ま、当然と言えば当然か。でもワラビさんとジュリアさんに見られたなんて、オレにとっちゃご褒美だハハッ」
彼はあまり気にしていない。またヘラヘラと笑い、あなたの擁護も必要としなかった。
元々二人はテオを好いていない。初対面時の印象が強いらしく、二人にとってテオは「チャラ男」以外の何者でもない。そこへ、朝食時の騒動である。
二人のテオに対する印象は、いま最悪を迎えていた。しかし、このままでは雰囲気が良くない。まだまだ旅は長く、如何にして二人とテオの間を取り持つか、あなたが悩んでいると、
「……あれ?」
見つけたワラビが言った。右手の茂みから土がボコッと噴き上がり、そこからあなたがイゾルド山で倒したミミズ、グラウンドワームが姿を現した。
首を出す大型のミミズ。しかし、あなたたちに寄ることはなく、程なくして茂みに身を隠す。
「ミミズだね。ほっとく?」
「そうだなー。下手に手を出して怪我したくないし、襲って来ないんだから先いこうぜ」
松葉杖を突くあなたは戦う選択肢を持っていない。あなたが二人に委ね、二人は放置を決めた。
以前あなたは岩の下に眠っていたミミズを起こした為に襲われたが、グラウンドワームという生き物、本来は好戦的な気性をしていない。放っておけば無害である。
戦う必要なんてないだろう。そう二人が決め、先に行こうとするが、
「みんな、しばらく、暫く。せっかくのご馳走じゃねえか、倒せばミミズのステーキだぜ? オレがちょっと行ってさくっと倒してくるからさ、みんなはここで待っててくれよ」
テオが耳を疑うようなことを言い出し、威勢よく名剣を抜いた。
「待ちなステーキ! 大人しくオレに食われな!」
駆けるテオが、ミミズが潜んでいると思われる茂みへ剣を振った。
しかし彼は、姿を捉えて剣を振った訳でなく、ミミズがテオの後ろ辺りから首をにょきっと現した。
そのままミミズが、胴体を柳枝のように仰け反らし、
「うおっ!?」
テオの背をしなやかに、且つ強く打つ。
「くっ! やるじゃねえか!」
打たれて振り返ったテオだが、既にミミズは胴体を反らしていた。
ミミズは反撃の間を与えなかった。胴体を鞭のようにしならせ、テオの腕や脚や体をひたすら打つ。
堪えながらもテオが、ミミズの胴体を斬り付けた。だが、腕だけで振って体勢も不十分なテオの素人斬撃では、いくら剣が名剣といえどもミミズの太い胴体を断ち切るには至らない。
斬られて怒ったミミズが、
「あべっ! ……ぶっ!」
テオの横っ面を引っぱたき、袋叩きにする。
「……はあ。君ってさ、ホントにカッコだけだよね」
見かねたワラビが長刀でミミズを断ち切ったことにより、戦闘は終了した。
「わ、ワラビさーん。好きだ、愛してるぜぇ」
「やめてよ気持ち悪い。ねえキミ、こいつ本当に連れてレヴァルツィアまで行くの? わたし寒い所イヤなんだけど」
「そうだよアンタ。わざわざコイツの為にノースウォール越えることもねえって。コイツ放って、さっさとエイダラートに行こうぜ」
ワラビとジュリアが王都レヴァルツィア行きを反対した。
あなたたちは初め、カンガス・デオニズより北東へ川を二つ越えた先の町ハレーシャンに寄り、それから東へ向かって世界最大の商都エイダラートへ行く予定でいた。しかしテオがあなたたちに、自分をレヴァルツィアまで連れて行ってくれ、と頼み込み、これをあなたが少し思う所あって聞き入れる。
王都レヴァルツィアはハレーシャンの遥か北、北壁を越えた先にあり、今までも述べワラビも述べているが極寒の地に位置する。それに、ハレーシャンとレヴァルツィアを繋ぐ、ノースウォールの隙間を縫うように走る隘路・スネークロードは難所なのだ。
蛇道は、名が示すとおり曲がりくねった山間の道で、古来より交通の難所として人々に知られている。
ノースウォールは、今まであなたたちが望んできたニウーチェ山脈と、東の「オーリン山脈」によって構成されている。その間を抜ける蛇道は、常に猛烈な寒風が吹く過酷な道なのである。
以前説明した颪という現象、これが季節に応じて多少の強弱こそあるが、蛇道には一年を通して吹き荒れる。西のニウーチェだけでなく東のオーリンからも吹き下ろし、この二方より襲う寒波が人々の心と体を芯まで苛める。
しかし、ノースウォールを越える道はこれしかなく、人々は古くより北の山々が吹き下ろす風を耐え忍び、王都まで参じていた。
「ま、待ってくれよ。お礼はちゃんとするからさ、二人とも冷たいこと言わないでオレを連れてってくれよ」
不潔で軽薄な男のために遥か北まで赴く必要などない。そう突き放す二人に、テオが縋った時だった。
「……なあ。山の方から、何か音しないか?」
ジュリアがワラビとあなたに告げ、
「えっ、山の方から?」
「……獣の足音だ。アンタ、テオ、下がってろ。たぶん来るぞ」
気配を察知したジュリアが、弩に矢を番えながらあなたとテオに言い渡す。
それから雑木林に向かって弩を構え、ワラビも背から長刀を抜く。あなたとテオは後ろに下がる。
暫しの静寂。小鳥の囀りが聞こえ、
「来たっ! くらえっ!」
草木の擦れる音に併せて飛び出した獣に、ジュリアが引金を引いた。
「……えぇっ!?」
しかしジュリアが驚く。知ってはいるが、初めて間近にした獣の姿を前に。
飛び出した四足獣は矢を走りつつも避け、その速さに任せてジュリアに迫る。
ジュリアは矢を避けられたことよりも、駆ける獣のオレンジ色に未だ戸惑っている。そんなジュリアに走る獣が、湾曲した爪を露わに飛び掛かり、
「やべぇっ!」
これをジュリアが横に跳んで逃れようとするが、かわしきれずに獣の左前足がジュリアの体に引っ掛かる。
弾かれたように転んだジュリア。
「ジュリア! このぉっ!」
すかさずワラビが長刀を振り下ろした。
側面から獣の首を狙った。切り裂けば一撃で終わる。だが、
「えっ、よけられた!?」
獣が見透かしていたように首を引っ込め、斬撃は空を切った。そして獣が、ワラビに振り向いて襲い掛かるが、
「させるかよ!」
これはジュリアが止めた。鎖の錘を獣の体に当て、獣を下がらせる。
「な、なあ師匠。やべーだろあれ。二人だけで、倒せるのか……」
思わぬ強敵の出現に、あなたとテオが汗を滲ませた。
オオカミよりも一際大きな体を覆う、オレンジと黒の体毛。その縞模様に警鐘を鳴らさぬ者はいないだろう。
『ドリフトティガー』。トラである。長い髭が特徴的なトラで、あなたたちが今まで遭遇したモンスターの中でも、群を抜く強さと危なさを誇った。
あなたが目を疑う。トラという生き物、本来ならここよりずっと東に生息するはずで、この西方で遭遇することはまずありえない。
しかし、ドリフトとは漂流を指し、このトラは各地を放浪する癖が確認されている。よって、このトラには常識など通用しないのかもしれない、などとあなたが思い直す。
「ジュリア。このトラ、私が仕留める」
「ワラビ、“あれ”をやる気か?」
「うん。あんまりやりたくないけど、出し惜しみしてる場合じゃないもんね。援護お願い」
ワラビが長刀を収め、トラの前に進み出た。
手ぶらとは舐めているのか。そう言わんばかりに襲い掛かるトラ。右前足を振り上げて薙ごうとするが、ワラビが上体を反らせて紙一重の差でかわす。
すかさずトラが駆け、体当たりを仕掛けるが、これもワラビは横に跳ぶことでかわす。
「すげえ。さすがワラビさんだ」
見守るテオが感心した。トラの猛攻を、ワラビはひょいひょいとかわし続けていた。
追いかけても追いかけてもトラはワラビを捕まえられない。その身のこなしはサル、いや、イタチである。
トラを上回る反応の速さでワラビが回避する。此度は足元がしっかりしていて、砂泥の時のような心配も要らず、
「いよっ、……と」
ワラビが突進するトラを前に高く跳び、トラの頭を踏んづけた後に着地する余裕まで見せている。
「ワラビ、一旦退け! ほらトラ、こっちに来な!」
樹のそばに立つジュリアが矢を放ち、疲れ気味のトラの尻を刺した。
ワラビは矢が放たれることを分かっていたようにトラから大きく離れていた。この呼吸はさすがに親友である。
トラが狙いを変えてジュリアに駆けるが、そこへ、仕掛けられた鎖がトラの右前足をがっちりと絞める。
猟師カイチン直伝のトラップにトラが引っ掛かった。そして、今こそ仕留める時と長刀を抜いたワラビが、動けずに息を荒げるトラへと駆ける。
――原罪を背負いし哀れな稚児よ、嘆きの河原に――
長刀を諸手に走るワラビは言葉を呟いていた。
何を喋っているのだろう。あなたとテオが耳を傾ける。すると、ワラビが呟いている言葉は、あなたが幾度となく聞いた氷葬の呪文だった。
呪文を詠むワラビが、トラの腹に刃を突き立てる。そして、
「常しえに争うがいい! ――“氷葬”!」
その刺した刃に向けて氷葬を唱える。
途端にトラが力無く鳴き、ガクガクと震えだした。
引き攣ったように悶えるトラの、ワラビに刺された腹には霜が張っていた。今トラは、刃を通して凍るような冷気を体内に流し込まれていた。
急速に体温を失ったトラが弱々しく伏せる。追い討ちを掛けるようにワラビが、
「――“冰姿雪魄刹鬼剣”!」
霜の張り付いた刀を力強く引き抜く。
「おぉ……」
見ていたテオが感嘆の声を上げた。霜の張り付いた傷口が無理やり裂かれたことにより、トラが多大なる出血をして沈んだ。
今の攻撃は、氷結魔法を得意とするワラビが、ジュリアの家に滞在している内に編み出した必殺の技である。
技の概要を説明すると、敵を突き刺した状態で刃を冷やし、敵の体内に冷気を注入する。それと同時に刃と傷口を氷で癒着させ、そして癒着した傷口を無理やり引き抜くことで傷口をズタズタにする。
刺突、急冷、そして裂傷と、三つの攻撃を同時に行うこの技の威力は、まさに必殺というべきものである。この技を実現するにあたってワラビは、癒着した刃を引き抜く為に腕力と握力を鍛えた。
ただし、この技を仕掛ける時は、ここ一番の強敵が現れた時とワラビは決めている。その理由は刀が脆くなるからであり、鉄は熱するといずれ熔解しだすが、冷やすとある温度を境目に割れやすくなる。
「……ふう。刀がポキッと折れなくてよかった」
「おつかれ、ワラビ」
「さっすがワラビさん! カッコ良かったぜ! でも技の名前を言う必要なんてあったかい?」
「うっさい。私のセンスに文句あるの?」
こうしてあなたたちはトラに勝利した。
しかし、トラはともかくミミズも倒せないとは。あなたが改めてテオの戦士としての才のなさを実感した。




