羞恥心
※この章の内容はR15になります。
暑い時期は終わったが、まだまだ残暑の残る季節。あなたたちはバースデイ島を後にした。
予定より大幅に滞在した。当初あなたたちは数日で島を去るつもりだったが、ドラゴンとの思わぬ交戦によってあなたが足の骨を折り、結局一月半も島に居続けてしまった。
これよりあなたたちは機関車を見た町、カンガス・デオニズに戻る。カンガス・デオニズは、ミネルバに最も近いザイオニアの町で、機関車が停留する「駅」という施設が存在する。
駅という施設では、乗客の乗り降りの他、物資の積載と荷卸が行われている。野菜、家畜、鉱物に燃料など、実に様々な物資が降ろされては積み込まれ、隣国のミネルバに輸出入、またはザイオニア内に輸送する。
カンガス・デオニズは物資の集積所として発展した町で知られ、あなたたちはこの、ザイオニアを巡るための始発となる町へ、これから機関車に乗る為に向かっている。
「師匠! どうだよ、磨き終わったぜ!」
興兎の時を過ぎた朝。地べたに尻をつけて胡坐を掻くテオが、あなたの剣を掲げながらニカッとした笑顔を浮かべた。
松葉杖を突くあなたが、磨かれた己の剣を受け取る。それから掲げて剣身を見れば、刃が朝日を受け輝いている。
目を凝らしてみるが、磨き残しによる曇りは見当たらない。良いだろう。そのような旨をあなたがテオに告げ、剣を鞘に収める。
そしてあなたが次に盾を手渡す。
「うへ。師匠、剣の他にもあんのかよ」
愚痴をこぼしたテオだが、その言葉とは裏腹に嬉しそうな顔を浮かべており、そんな彼にあなたが、そのうち鎧も兜も靴も磨いてもらうから覚悟しておけ、といった旨を伝える。
このテオという少年、半ば押し掛ける形であなたたちに付いて来た。弟子入りを申し込んだので、ひとまずあなたは武具の手入れなど雑用を彼に命じていた。
焚き火を囲むテオとあなた。カンガス・デオニズはおよそ四日の距離で、今はその二日目の早朝にあたる。
テオがワックスを布に付け、あなたの盾を磨きながら、
「なあ師匠、ちょっとテントの中のぞきてえんだけど、いいかな?」
後ろに立つテントに顔を向けながら言った。
――パチっ、と焚き火が爆ぜる。後ろを向くテオにあなたが、いまテントの中を見たら確実に埋められるぞ、といった旨を伝える。
テントの中ではワラビとジュリアが仲良く寝ている。あなたたちは野宿のとき、あなたが先に休み、その後に二人が休むようにしている。これは瓶詰の件があってのローテーションだったが、今やもうこれが型として定着しており、このローテーションが変わることはないだろう。
今はあなたがテオと組み、先に休んでいた。あなたの言を聞いてテオが、
「ハハッ、埋めるなんてそんな。……いや、待て。ワラビさんとジュリアさん、怒らせると怖えしな、埋められると言うのもあながち間違ってねえ。でもよ、一度くらいはあの二人の隣で寝てみてえな。寝顔すっげえ可愛いだろうし、それに、寝惚けてオレを抱き締めたりしてよ。……くー、ワラビさんにジュリアさん、嗅いだらどんな匂いすんだろう。もしニオイ嗅げたら、それだけで三回は……へへ」
目を閉じ、鼻を膨らませた。砂泥での戦いでは男を見せたが、平時の彼はやはりヘラヘラしていた。
さて、これはワラビもそうなのだが、テオはあなたが入院している一ヶ月の間で、見違えるほどに肌を焼いた。
彼はバースデイ島の漁師と共に遠洋に出かけた、と言っていた。まとまった金が欲しくて、とも言っていたが、何故金が要るのか、あなたが目の前の肌を焼いた少年に尋ねると、
「ああ師匠、バースデイ島にメイサさんっていただろ? ほら、あの指輪を失くしたセルマのお母さんの」
もちろん知っている。テオの確認にあなたが頷く。
メイサとは既に述べているが、バースデイ島で出会った塰の女性である。ニライカナイと言う名のバーベキュー屋を営み、セルマという可愛らしい娘がいる。
ワラビとジュリアは、このメイサに可愛がられ、あなたが入院しているあいだ漁に連れて行ってもらっている。
「知ってるなら話が早い。それでそのメイサさんさ、もうやっべえくらい美人じゃん? ……何と言うか、こりゃデスティニーだ、って感じたんだ」
デスティニーなどと言い始めた彼。言い換えれば宿命、いや運命か。
どうやら彼は、メイサに女を感じたようである。確かに彼女は美人だが、歳が一回り違う。
しかも子持ちだ。無理だろう、などとあなたが考えるが、そんなあなたに構わず彼は話を続ける。
彼の話は、あなたが予想できない方へ進もうとしていた。
「でも相手はママさんだ、普通に考えればオレみたいなガキなんか相手にしてくれるわけがねえ。でもよ、師匠たちがドラゴンと戦った日の夜、一人で砂浜ぶらぶらしていたらさ、……なんとよ師匠、オレ、泣いてるメイサさんと逢っちまったんだ」
身を乗り出した彼が、鼻息を荒くしてその時を語った。
そして彼が空を抱き締め、デレデレとした顔で話を続ける。少年大興奮である。
「その時のメイサさん、もうすっげえいじらしくてさ。その姿にオレは一発でやられちまったわけよ。でさ、なんで泣いてるか聞いたら、指輪を失くしたことが亡くなった主人に申し訳なくて、なんつってよ。……へへっ、これで奮わない男はいねえ、デスティニーを感じない男はいないだろ、師匠?」
あなたたちは一月前、メイサの娘セルマが指輪を失くし、その指輪探しに付き合っている。
その指輪はメイサの物で、亡き夫が贈った結婚指輪だった、と聞いている。あなたは指輪探しの過程で右脚を折る重傷を負った。
それから一息吐いたテオが、
「だからオレはメイサさんに誓ったんだ、“あんたのために新しい指輪をプレゼントするよ”ってな。次の日、さっそくオレは漁師のおっちゃんらに掛け合って船に乗せてもらい、遠い海へと旅立ったんだ」
遠い目をして語った。メイサを喜ばすために、遠洋へ出かけた訳をあなたに話した。
「いやークラゲに刺されるわサメに齧られかけるわ、そりゃー大変だったぜ。まあそんなこんなを乗り越え、海から帰ったオレはソッコーでメイサさんの元まで走った。漁で稼いだ金を全てつぎ込んだ指輪を捧げてさ」
まとまった金とやらは、メイサを口説くための物だった。
しかも全てつぎ込んだ、と彼は語った。つまり、彼の手元にもう金はない。あなたたちは一月前に、ニライカナイにて彼の飲食代を奢っている。その代金に対してあなたはどうこう言うつもりはないが、もしこれをワラビとジュリアが聞いたらどう思うだろうか。きっと無事では済まさないだろう。
ワラビ以上の向こう見ずな大物が現れた、などとあなたが恐れを抱く。そんな彼が、ここからは肩を落として顛末を語る。
「いけると思ったんだ、指輪見せたらメイサさん明らかに喜んでたし、“ダメ、でも、どうしよう”なんつって、あとちょっとでキスできそうだったしさ。……でもさ、そこでセルマが現れたんだ。セルマ見てメイサさん、我に返ったようにママに戻っちゃってよ」
テオがズボンのポケットから小さな箱を取り出し、その正方形の箱をパカッと開けた。
箱の中にあったのは、とても綺麗で値が張りそうな銀色の指輪。つまり、そういうことだろう。
「指輪も無駄になっちまったしな。さすがのオレも、船に乗って漁師のおっちゃんらに小突かれまくった一ヶ月間は、一体なんだったんだとへこんだぜ」
彼は、歳の差や子持ちという障害も乗り越えられる千載一遇のチャンスを得たようだが、その想いはセルマによって儚くも潰え、一ヵ月で得たものは逞しくなった体だけであった。
漁は大変である。常に不安定な船上での作業を強いられ、天候によっては高波に襲われ、命が危険に晒される。
彼が言ったように毒クラゲやサメの危険もある。その漁に耐えたにも係わらず本懐を遂げられなかったテオに、あなたが同情を覚えて励ますが、
「ま、生きてりゃこんなこともあるか。思い通りにならねえってのが人生ってなっ、師匠。でもよ、セルマだけどさ、あと数年すれば絶対イイ女になると思わねえ? ……へへっ、メイサさんだって次は多少意識してくれるだろうしな。あの親子、次会ったときがすげえ楽しみだ」
テオが箱を閉じ、ズボンのポケットに突っ込む。彼はめげていなかった。
***
一刻が経過した盛龍の時。ワラビとジュリアが起床した。
二人は朝食の副食を探しに近くの茂みに行っていた。テオも小便をしに行ったか、この場にはいなかった。
テオは炊飯器具を持っていない。それどころか金もなければ何もなく、まさに手ぶらで旅をしていたようである。だから、ぐつぐつと焚き火の上で煮える三つの飯盒を、あなたが松葉杖を膝の上に置きながら見ていると、
「キャー!」
「わあぁぁぁ!」
二人の悲鳴が聞こえた。モンスターだろうか。あなたが松葉杖を突いて立ち上がる。
ところが、あなたの元に駆け戻った二人が、武器を持つことなくあなたに訴える。モンスターではないようだ。
「アッ、アンタ! テオの野郎が……」
「キミ! テオ君がね、あの、その……」
テオに何かあったようだ。けれども、肝心なところで言い淀む二人。
要領を得ず、何が起きたのかあなたが二人に問うと、
「え、えっと、ち、”ちんちん”握って、なんか、してたの……」
顔を真っ赤にして言ったワラビに、あなたの左膝ががくっと折れた。
「変な声が聞こえたから近寄って見ればさ、すっげえ気持ち良さそうな顔してあいつが」
「やめてよジュリア、思い出しちゃうでしょ! ねえキミ、あいつ何やってるの!? 気持ち悪いよ!」
二人が戸惑いと嫌悪感を露わにする。どうやら分かっていないようである。
倒した獲物を解体する二人だ。二人も雄の生殖器は分かっている。しかし、テオの行為は、男のヒトだけが行う特有のものである。
テオの行為は、二人にとってとても刺激が強かったようだ。年頃の男の生理に、二人が理解を示せずにいる。
「師匠。でへへ、見られちまったよ」
そしてテオが現れた。うれしはずかし、むず痒い顔で照れていた。
テオの行為は、普通ヒトに見られたら穴に入りたくなるほど恥ずかしい行為だ。しかし気を落とすどころか、喜んでいる節が見受けられた。
彼は図太かった。こんなメンタルの持ち主中々いない、などとあなたが改めて恐れを抱く。
「うわぁぁぁっ! くんな、来んじゃねえ! このフケツ野郎!」
「もうヤダ! キミ、このチャラ男捨てようよ!」
阿鼻叫喚の巷と化した。飯盒が吹きこぼれているが、誰も気が付かなかった。
女性に月のものがあるように、男性にもある。そのような旨を伝え、あなたがなんとか二人を宥めた。
そしてテオ。島では本懐を遂げれず、今は同世代の女の子二人と行動を共にし、色々と我慢しているのは分かる。しかし見る側は堪ったものではなく、せめて絶対に見つからない所でやれ、などとあなたが叱った。




