最大の脅威
もう一度述べるが、ドラゴンはこの世界における最大の脅威である。
ドラゴン現るとき、人々は力を合わせて難を凌いで来た。国家、人種、宗教、主義主張等、人々はあらゆる差を乗り越えてドラゴンに対抗した。
それ程までにドラゴンは強大なのだ、人々の争いなど些事と言わんばかりに。遥か昔、ドラゴンの力を利用しようと企てた国があったが、結局その国は強大な力を制御できずに滅んでいる。
しかし、ドラゴンが現れるからこそ、この世界では大きな戦争が起きずにいる、と主張する学者もいる。過去にある国家がザイオニアの支配に不満を抱き、戦争一歩手前の危機に陥った。だが折しもドラゴンが現れ、襲われたその国をザイオニアが積極的に援助したため、戦争を免れたという話もある。
人々は長い歴史の中で、幾度となくドラゴンと戦ってきた。現在ではドラゴンが現れたとき、大抵の国は緊急警報を発令し、人々を避難させて軍隊を派遣する。
司直や戦士も駆り出される。戦える人々が総力を以てドラゴンの撃破にあたる。
つまり、いま目の前にいる青海の王は、あなたたちの手に負える相手ではなかった。
海から首を伸ばす王が、銀色に光る眼であなたたちを見下ろす。その姿はまさに塔のようで、いくつ階段を上ればあの高さに辿り着くのだろう。
「し、師匠。これ、ドラゴンだよな? ダメだ、早く逃げようぜ」
腰を抜かすテオがあなたに呼びかけた。
このテオに対してあなたは、セルマを連れて早く街のヒトを呼ぶよう言い渡した。そして、剣を抜いた。
あなたは眼前のドラゴン、どこか小さいと思っていた。目の前の王が真にリヴァイアサンなら、大きな船に巻きつける程の桁にならない巨躯を誇るはずで、そこまでの大きさではない。
また、鱗がなかった。剣も槍も受け付けぬ頑強な鱗をリヴァイアサンは持つはずだが、いま海から首を伸ばす王は、カエルやニュート等と同じく湿った皮膚を纏っていた。
これから考えられる事柄は一つだった。すなわち目の前の王、成体になったばかりで成長を終えていない。
叩くなら今がチャンスだ。それに放っておけば成長し、いずれ島が滅んでしまう。だからあなたが剣を向ける。青海の幼王に、あなたが果敢にも挑む。
「アンタ、戦うんだな。ならあたしも付き合うよ」
「同じく。ていうかジュリア、倒せば私たちもしかして“ドラゴンスレイヤー”?」
「ああ。しかもドラゴンを三人で倒したってのは前例がないんじゃないかな。……よし、燃えてきた。ワラビ、アンタ、やろうぜ。あたしたちなら絶対に勝てる。一足飛んでドラゴンスレイヤーの仲間入りだ」
ジュリアが弩を構え、ワラビも背の長刀を抜いた。
いま二人が言った「ドラゴンスレイヤー」。これはドラゴンを倒した者に贈られる称号である。
ドラゴンの撃破を戦士会の者が認めると、ドラゴンの首を模した分かり易い札が戦士会から配られる。これを持っているからといって何か特典があるわけではないが、代わりに戦士として最大級の名誉を貰え、同業者はおろか司直、果ては国家の主要人物からも見られる目が変わる。
ドラゴンを打倒した者として、誰からも凄腕の戦士と認められるのだ。それに、ドラゴンを倒すと莫大な報奨金が戦士会から得られる。その金は軽く見積もって十年は遊んで暮らせるほどだ。
とは言え、敵は幼くともドラゴン。今までを凌駕する厳しい戦いとなるのは間違いがない。
テオに早く行け、などとあなたが急き立てる。今回ばかりは彼とセルマに構っている余裕はない。万が一に備え、島の人々を呼んで来てもらった方が良いだろう。
「わ、分かった。みんな、オレがまた来るまで、絶対に無事でいてくれよ」
テオが真剣な顔をしてあなたたちに言った。
セルマを連れて走り去る彼。その姿をあなたが尻目に見て、もし生きて帰ったら弟子の件を考えるか、などと思案する。
「来たよ!」
戦いが始まった。最も前に立つあなたを喰らわんと、青海の幼王が首を伸ばして牙を剥く。
上下に生えた四つの牙は象牙のよう。盾など紙も同然だろう。だからあなたが横に跳んでこれをかわす。
続いて幼王が胴体を仰け反らし、その大きな図体であなたたちを叩かんとする。
胴体が落ちるその姿は、巨大な柱が傾くが如し。だが、その大きさ故に動きが予測できるため、これもあなたたちが難なく避ける。
地面が揺れ、水辺では白き飛沫が高く舞うが、戦うと決めたあなたたちに恐れはない。
「なあ。あんなの食べようとか思わないよな?」
「なに言ってんのジュリア。倒せるかどうかも分かんないのに」
「それ聞いて安心した。アンタ、前に出れるか。少しの間だけ囮になってくれ」
ジュリアが右手に矢を握り、両腕を胸の前で交差した。
この魔法を唱えるときの動作を見たあなたが、ジュリアの企む奇策を察知する。よって幼王の目を引くべく、あなたが剣で盾を打ち鳴らしながら二人から離れる。
――“弱きこととは罪でしょうか。強きことが正しいのでしょうか”
“この破りし鉄鎖は胎より産まれし命。溢るる器が眸を暗くした”――
そして幼王に近付いたあなた。すかさず幼王が牙を剥く。
牙をかわし、あなたが剣で斬った。幼王の下顎に僅かな傷を与えた。
しかし幼王が、斬ったあなたに首を振る。これに盾を構えたあなただが、その巨大な質量には抗えず、あなたは薙ぎ倒されてしまった。
幼王が仰向けのあなたに再び牙を剥く。だが――。
――“御赦しを。私は心を喰らいます。腐れる半身、なれど祝福を見届ける為に”
“陰府に拠り宿木の子を隠しましょう。それが滅ぶ者に贈る”――
「私からの餞。――“聖母錯乱”」
魔法を唱えたジュリアが、右手に握る矢を弩に番え、
「腐りやがれっ!」
引金を幼王に向けて絞り、更に即座に装填、「おまけだ!」ともう一つ矢を放った。
計二発を幼王に撃ち込んだ。この二つの矢を受けた幼王が、途端に動きを鈍らせ始める。
「どうだ……?」
己の奇策を注視するジュリア。幼王が剥いた牙を収め、その隙にあなたが逃れる。
一発目の矢が刺さった箇所が黒く変色している。ジュリアが唱えた聖母錯乱とは、腐敗を促す毒を生成する魔法であり、その毒を込めた矢をジュリアは一発目に放った。
幼王が喉を鳴らすような低い唸り声を上げ、明らかに苦しんでいる。刺さった箇所は耳に似た鰓で、そこが急所だったのか効果の高さに、
「おおっ、まさかこんなに効くなんて」
ジュリアが手袋をはめた右の手を地面に擦り付けながら驚いた。
聖母錯乱には難点がある。唱えると、ハエが喜んで寄るほど臭うのだ。だからジュリアは手をこすっており、この魔法をワラビは「ウンチ」などと呼んでいる。
しかし、その不浄なる蔑称こそが、幼王に痛手を与えており、
「ジュリア! うんち効いてるよ!」
呼びかけるワラビにジュリアが頷き、次の矢を弩に番える。
堪らず幼王が首を退き、口を大きく開け始めた。
息を吸い込み始めた幼王。これを見てあなたが二人の元へ戻る。
そしてあなたが二人に、自分の後ろに隠れるよう言い渡し、ある魔法の呪文を唱え始める。
――敵に囲まれた主君を守る為に、たった一人で敵に立ち塞がり、往生した豪傑の伝説。
この話を元とした三句の呪文をあなたが唱えた。と同時に、「Leo」と呼ばれる星座の紋様、「独股印」と呼ばれる指の形を模した紋様、「Ω」と「人」を組み合わせたような字を思い描いた。
程なくして幼王が、大きく開けた口から炎を吐き始めた。
燃え盛る朱色があなたたちを襲う。これにあなたが天乃衛士を唱えて対抗し、廻る風が幼王の炎を散らした。
天乃衛士はあなたが船上での戦いを経て、まず覚えたいと思った魔法だった。これがあれば、盾では防げない敵の攻撃を防げるかもしれない、と思い。
魔法が使えるようになり、直ぐにあなたは天乃衛士の魔導書を図書館から借りて覚えた。そしてあなたが、その覚えた天乃衛士を以て幼王の炎を防ぎ切った。
現れた時に吐いた炎を見て防げる自信はあった。勝てる。そうあなたが更に自信を抱いた。
北欧神話にゲヘナはないだろ、なんて思うかもしれませんが、私はラグナロクとはキリスト教の侵攻なんじゃないかと勝手に思っております。異論のある方はすみません。
あと「Ω」と「人」とは、ホツマ文字を参考にしております。




