この島の片隅に
「やっぱないね。可哀想だけど、あの子には怒られてもらおう」
ワラビが汗を拭ってあなたに言った。あなたたちは干潟を探してみたが、やはり指輪の発見は叶わなかった。
朝から探しても見つからなかった。そもそも移動してしまった小さな物を見つけること自体が難しい話である。
あなたは元々セルマに諦めさせる気で捜索に応じた。それでも叶うものなら見つけてやりたかったが、ここら辺が潮時か、などとあなたが諦める。
したがってテオを呼ぶべく、あなたが干潟を見回した。
直ぐに見つかった。しかもタイミング良くテオとセルマは離れており、あなたがセルマに気付かれないようテオをこっそり手招きする。
しかしテオが来るまでの間、あなたがセルマを眺めると、彼女の白いワンピースは泥に塗れていた。彼女には母親の事があるため、干潟に踏み入れる前に諦めさせるべきだった、などとあなたが反省する。
そしてテオが来てあなたが、もう指輪はないから諦めろ、といった旨をセルマに伝えるよう頼んだ。
「オレがかい? ちょっと言いにくいなぁ……」
「私やジュリアじゃあの子、言っても聞かないじゃん? テオ君、お願い」
「そうか。オレしか出来ねえんだな。師匠とワラビさんの頼みとあればやらねえわけにはいかねえな。分かった、任せてくれ」
テオがセルマの元へ向かった。砂泥を走る姿は張り切っており、ワラビの「お願い」が効いているようだ。
単純な少年である。間もなくしてテオがセルマを説得し始め、その様子をあなたとワラビは遠くから眺めていた。
ちょうどそのとき、あなたとは別の所を探していたジュリアが、
「おーい。ちょっと来てくれー」
何かを見つけたようだ。
「また洞窟だ。どうするアンタ、この中も一応探してみるか?」
洞窟には続きがあった。先に入った洞窟より、やや入口が高くて狭い。
あなたが率先して松明に火を点け、洞窟に侵入する。これにジュリアとワラビが続き、遅れてテオとセルマも付いて来る。
足元が水に満たされている。あなたは期待していた。この洞窟こそが海底へと至る道か、などと。それにまだ日は高いが、セルマが遅くなっては母親が心配する。これがラストチャンスとなるだろう。
ところが、そんなあなたの期待に反し、足に浸かっていた水は進むうちに上がってしまった。
海抜は下がるどころか上がっていた。壁のフジツボももう見当たらず、あなたは落胆した。
気を取り直し、あなたたちが一応指輪を探しながら、ぐねぐねと曲がる洞窟内を進むと、
「また出口だ」
ジュリアが言った。先に光が望め、洞窟の出口に辿り着いた。
「今度は入り江か。やっぱ海が綺麗だなー」
潮風があなたたちの髪や頬を撫でる。U字型に切れ込んだ浦地にあなたたちは到着した。
舟を泊めるに向いていそうな場所の、黄褐色の岩に挟まれた碧い海を前にし、
「水着持ってくればよかったな。もうどろんこだし」
ワラビが泥に塗れた自身を顧みてぼやいた。確かに先の戦闘が元で、皆セルマに負けず劣らずぐちゃぐちゃである。服に染み付いた汚れ落ちるだろうか、などとあなたが心配する。
「いやっほぅー! 海だぜー!」
「キャー! テ、テオさん!」
しかしそこへお気楽な男が現れた。テオが着ている物をバッと脱ぎ、海へと走り出した。
茶色い髪の頭からダイブするテオ。さすがに下着は履いていたが、セルマが手で目を塞ぎ、あなたたちは呆れている。しかし、
「し、師匠! この海、なんかいるぞ!」
直ぐにテオが海から這い上がり、あなたたちの元へ慌てた様子で戻って来た。
「この海なんかやべえって! 思ったより深いしさ、それに海の中でギラッ、って光ったんだ!」
海の中で光った。焦った顔のテオがまくしたてる。
まさか、指輪を見つけたのか。そう問うあなただったが、
「いや、違う! あれは絶対に指輪なんかじゃねえ。もっとなんか、すげえやべえ光だった!」
残念ながらきらめくような光ではないとのことだった。
では何かいるのだろうか。とりあえずテオに早く服を着るよう急かし、あなたたちが海に目を凝らす。
すると、この穏やかな浦に波が立ち始め、そして海中に、例えるなら刃物に似た怪しい銀色の光が浮かんだ。
「……えっ、なに!?」
「海が、沸騰している!?」
あり得ない光景にワラビとジュリアが仰天する。あなたたちの前では今、信じられないことが起きていた。
海が激しく煮えている。それに伴って凄まじい蒸気も立ち昇り、熱い潮風が、この浦に立ち込めていた。
海中で何が起きているのか。 あなたたちが身構える。すると、突如として海をひっくり返したような飛沫と共に、白き生物が海から飛び出した。
のたうつ生物。その姿は白ヘビのようである。だが、ヘビというにはあまりにも生易しく、暴れる長い胴体はとてつもなく巨大で、ワニのようでサメにも似た凶悪なる顎を持ち、ギラギラと光る銀色の眼を備えている。
「……うっ」
たじろぐあなたたち。その鋭く切れ込んだ眼があなたたちを認めた。
途端に動きを止め、まるで獲物を待ち伏せるヘビのように、生物があなたたちを見据える。
そして生物が、仰け反って空を望み、大きく口を開ける。間もなくして、
「キャアッ!」
「うわっ!」
セルマが驚き、テオが腰を抜かす。なんとヘビに似た白き生物が口から火を噴き出した。
再びあなたたちを見据える生物。鼻孔と、眼の後ろに付いた耳のような鰓から、黒い煙をくゆらせている。
あなたは勘違いしていた。先に倒したムルアヅルという生き物、あまり活発ではない。いま目の前にいる生物こそが、島に不況をもたらしている原因だろう。
とんでもない敵に遭遇してしまった。あなたが確信する、――ドラゴン、と。
――ドラゴンは、この世界における最大の脅威である。
一度現れれば、街を徹底的に破壊し、生ける者を容赦なく貪る。地震、津波、竜巻、噴火。これら自然災害と同様、否、それ以上の災いとして恐れられてきた。
そのドラゴン、一般に知られる姿は、巨大なトカゲに翼を生やしたような外見をしている。この姿から爬虫類と思うかもしれないが、それは間違いであり、ドラゴンは、カエルなどと同じ両棲類である。
ドラゴンは深海に棲み、基本幼体のまま成熟する生物だ。
海の奥深くに卵を産み、孵化した幼生は海底に留まる。そのサイズは小さなカエル程度で、他の生物から容易く捕食されるほど弱いらしい。
運良く生き延びた個体は変態し、四肢を持つ幼体に変化する。これも大してサイズは変わらず、大抵のドラゴンは、この幼体のまま暗い海の底で一生を終える。
幼体を見たことがある者によると、割と可愛らしい姿をしているそうだ。ただし、ごく稀に更に変態し、成体となってしまう者がいる。これがクジラに匹敵するほど大きくなり、そして最大の脅威となる。
限った姿に変態するわけではなかった。実に様々な姿にドラゴンは変身する。
先述したトカゲに翼が生えたような姿に変態すれば、腕自体が大きな翼となる「翼竜」などもおり、そして今、あなたたちの目の前にいるような、ヘビに似た姿に変わる者もいる。
そのヘビに似た未知なる白き生物を、あなたが聞いた話と照らし合わせる。
ギラギラと光る眼。火を吐き、鼻から煙を漂わせる。あなたが聞いた伝説というべきドラゴンの話と合致した。
数々の船を沈めた海の悪魔。されど波を起こし、果ては渦まで操る力は海神、あるいは海の王――。
今、あなたたちがいるバースデイ島の片隅に、青海の王『リヴァイアサン』が現れた。




