関所
翌朝。船上で一泊したあなたたちは、クレッセント海東岸の港町・トリウィアに到着した。
あなたは方々から迷宮都市と揶揄されるカタリナに半年滞在していた。したがって始め、真っ直ぐ続いた大通りを素直に歩き続けて良いものか迷った。
トリウィアの街を散策してあなたは、綺麗な街並みに感心した。宿屋、酒場、食堂、雑貨屋。様々な店が軒を連ねる街の区画は歪みなく整理されており、また、景観を著しく損なう建物なども見当たらない。
街として確かな秩序をあなたは感じた。綿密な計画を基に開発を推し進めたのだろう。町全体としてとても分かりやすい構造をしており、ごちゃごちゃとした街並みのカタリナとは大違いだった。
街の中心部には環状道路があった。その沿線には銀行に劇場、博物館など、毛並みの違う公共性の高い建物が建ち並んでいる。
そして街の活気もカタリナと遜色ない。港町と言ったが、この規模と繁栄は港湾都市と言った方が相応しい。
「ジュリアには悪いけど、こっちの方が首都っぽいよね」
「ああ。あたしもそう思うよ」
ワラビから実家のある町が首都らしくないと言われ、自覚しているジュリアが苦笑した。
ミネルバという国、昔から共和制という訳ではない。魔王が世に現れるまでは王が統治しており、この街に王城が存在した。つまり昔はトリウィアが首都だった。
しかし四百年前、魔王の軍勢に攻め込まれて城は陥落、この街は略奪の憂き目に遭い、壊滅的に荒らされた。そして魔王軍は、魔王に逆らうことの恐ろしさを知らしめるため、見せしめとして当時の王とその血族、また貴族など有力者をことごとく処刑した。
環状道路内の円、これが城跡となる。ミネルバという国は一度滅んでいるのである。
だが、民草の力によってミネルバは復活を果たす。トリウィア陥落の報を聞いてカタリナの人々は静かに決起した。加えてトリウィアから逃げ出した人々も集まり、カタリナは瞬く間に戦うための街、すなわち要塞へと変化した。
そして蜂起、魔王の軍勢とミネルバの民との戦が始まった。戦になるとトリウィアを荒らしたのは失策で、魔王軍は補給に手間取ったと聞く。
合戦は膠着し、三年ほど続いた。痺れを切らした魔王軍は後方を脅かすべく一手をステップへと差し向ける。しかしステップはあなたたちも知るとおり、アリとオアシスの戦士たち、そして勇者に阻まれた。
勇者は獅子奮迅の活躍を見せたと伝わる。魔王の兵はもちろんのこと、あなたたちが戦ったケルベロスや、ワシとライオンを掛け合わせたような神話の怪物「グリフォン」を倒したと聞く。
その勇者、及び剣士と魔道士がカタリナの防衛に加わり、そこから戦局はミネルバに傾いた。そしてミネルバの民は長きに亘る戦を制し、遂に魔王の軍勢を退けた。
新たに王を立てる話もあったのだが、確かな血筋を持つ者はみな処刑されてしまった。
こうして、王制はやむなく共和制へと移り、ミネルバの首都も叛逆の拠点となったカタリナに移行した。
時代は進んでトリウィアの復興が始まる。この時に街の区画を整理し直したのだろう。
昔の面影を残す物は環状道路のみ。また、この町を南に行くとレムレー川がある。クレッセント海に流入するレムレー川は、更に南のゴゴット川と運河で繋がれており、この町は首都のカタリナよりも、外洋や南の共和国フォーセリンに近かった。
ザイオニアにも近いことは言うまでもない。片や平和な今でも市壁に囲まれた旧い都市。片や海上交通の要衝で区画も整理された、平和な世に相応しい新興都市。どちらが発展するだろうか。
首都と見紛うのも無理がない理由がこの街には幾つもあった。あなたたちはそんなトリウィアに数日滞在した。戦士会が店を営業していたため、登録を済ませた後に依頼を幾つか受けた。
そして馬車に乗り込み、あなたたちはいよいよ世界一の権勢を誇る東の警察国家、ザイオニアへ出発した。
「わあ。おっきな関所だね」
「久しぶりだな、ここに来るのは」
馬車を降りたあなたたちを待ち受けていたのは、見上げんばかりのとても大きな四角い門だった。
ここは国境、トリウィアの東。ミネルバとザイオニアを隔てる、ニウーチェ山脈に連なる尾根の山「トイノーン山」の麓である。そして、この山間の谷間を塞ぐように建てられた石造りの関所は、ミネルバとザイオニアを繋ぐ関所で「バジャーファット関」と言われていた。
関所には左右二つのアーチ型ゲートがあり、左側のゲートには「進入禁止」との看板がある。一方通行のようだ。
あなたたちはこれより、右側のゲートを通ってザイオニアに入国する。だが、その前にやっておかねばいけないことがあった。それは、審査と両替である。
まず審査。これは防犯や防疫などの観点から、その人物が入国して問題ないか調査官が調べる。また、物を運び入れるなら輸入品に問題がないか確かめ、問題なければ関税を徴収する。
ただの観光客なら尋ねられる内容は、専ら目的や向かう場所、滞在期間などであり、これをあなたは淀みなく調査官に答え、すんなりと入国許可が下りた。しかし、
「ねえ、聞いて聞いて! わたし“親御さんを連れてきなさい”って言われた!」
幼い見た目のワラビは審査で少しつまずき、あなたとジュリアの元に帰ってくるなり不満をぶちまけた。
調査官が不安を抱くのも仕方ない。人目も憚らず腰に手を当て、口を「へ」の字にぷんすかと曲げるワラビはむくれた子供のようだ。どうやら大人の女性として見られたかったようだが、どう見ても子供な彼女にあなたは笑いを堪え、ジュリアは、
「こうなるんじゃねえかと思ったよ」
と包み隠さず笑っていた。
ワラビは戦士会の札を見せて何とか審査を通過した。こんな時に戦士会の札は役に立つ。全国に支部を持つ戦士会の審査の下、配布される札は身分証明となり、あれこれ弄せずともヒトから戦士として見られる。
「うっ、こんなに減ったのかよ。さすが“リリィ”、たっけえなあ」
「大丈夫かなぁ」
ミネルバで流通している通貨・アイリスを、ザイオニアで流通している通貨・リリィに両替し、その減りように二人が不安を洩らした。
ザイオニアは、世界で最も権威あり、世界を主導する立場にある国だ。それは軍事のみならず経済においても同様で、国際的な金融機関が集まる都市を有す、ザイオニアの通貨リリィは世界で最も高かった。
両替である。減ろうが増えようが価値は変わらない。だが、十七歳の少女二人がそんな経済に対する通念など持ち合わせているはずもなく、明らかに減った札束や硬貨を見て二人がしょんぼりとした。
もっとも、両替には手数料が掛かるため、ほんの僅かは確かに減ってはいるのだが。
さて、あなたたちはこれからザイオニアに入国する。
ザイオニアの王都、つまり首都は「レヴァルツィア」と言い、ノースウォールを越えた先の極寒の地に位置する。
しかし、あなたたちはそこへ行く気はなかった。あなたたちがこれから向かう先は、この関所を南へ下った所に浮かぶ島、「バースデイ島」と言う。
バースデイ島は、岩礁に囲まれた小さな島で、暑い時期は南からの乾いた空気により晴天に恵まれる。逆に寒い時期は北東からの湿潤な風により雨が続く。
島には砂浜があり、今の時期なら海水浴に興じれた。また、魚介類が天然で豊富に獲れ、それを活かしての養殖も盛んである。
保養地として有名な島であった。以前ジュリアがワラビに言っていた島がこれになる。
だからあなたたちは一路ザイオニアを目指さず、トリウィアで依頼を受けた。遊ぶ金を得るため。
あなたたちはひとまず旅の目的を忘れ、バースデイ島にて遊ぶことにした。




