海上のロマンス
地平線に浮かぶ夕日。焼けた色の丸い光が、西の空に輝いている。
朱色の世界だった。かつてあなたたちが通ったステップ、それとカタリナの街。大地は熱く染まっていた。
今、あなたたちがいる場所は海上。クレッセント海湖上にて、あなたたちは西を眺めている。
「綺麗な夕焼けだねー」
「ああ。いつも見てるけど、でも海の上からだとやっぱり違うな」
ワラビとジュリアが、木製のビーチベッドに各々寝そべりながら言った。
くつろぐ二人。あなたたちは船旅としゃれ込んでいた。以前カタリナの北に港が併設されていることは説明したが、その港よりあなたたちは渡し船に乗っていた。
渡し船と言ってもボートのような舟ではない。フェリーと言っても差し支えない大型の船であり、そのデッキにてあなたたちは休んでいる。
「なあワラビ、この夕焼けを見ながらプロポーズされるのがあたしの夢なんだ」
「……ぷっ、なにそれ。どうしたの急に」
「笑うんじゃねーよ。いいかワラビ、想像してみろ。おまえが好きで好きでしょうがない男とここに二人でいるとするだろ。んで、この夕焼けを見ながら“結婚しよう”って言われたらおまえどうするよ?」
「そんなこと言われても分かんないよ。別にどこでプロポーズされたっていいんじゃないかな、私は」
「夢がねえ女だなおまえは」
「ジュリアこそ夢見がちなんじゃない? まあムードが大事なのは否定しないけど。さすがにトイレの前でプロポーズされたらやり直しさせるし」
「ははっ、トイレはないな。もしトイレだったら水に流して関係ごと清算だ」
「“ぼっとん”なら土に埋めちゃうしかないよね」
思春期真っ盛りの少女二人が、いつか訪れるであろう未来について語り合っているが、この喋りが二人から少し離れた所にいるあなたの耳に届くほど湖上は静かだった。
波の音一つ聞こえない。起伏なき湖面は鏡のように反射し、船の後に続く蹴波だけが波紋を引いている。
クレッセント海沿岸に限らず、大きな湖岸あるいは海岸という地形は、昼に水の方から風が吹き、逆に夜は陸から風が吹く。
理屈は風が基本冷たい方から暖かい方へ流れるからだ。昼は陽によって陸地が暖められ、その熱で風は陸地へ向かう。逆に夜は陸地の方が冷たくなるため、風は水の方へ向かう。
では、朝と夕はどうなるか。これは風が吹かなくなる。この時を「凪」と呼び、今、クレッセント海はちょうど凪の時間帯にあたった。
しかしこの湖、寒い時期はその限りでなく、クレッセント海は寒くなるとしばしば荒れる。
あなたが北の方角に首を向ける。北よりこの湖に水を注ぐルルムフェーリ川は、険しき谷底を流れる河川で、寒くなるとこの谷が、猛烈な風を湖に向けて吹くのだ。
理由は北の極寒の地よりニウーチェ山脈を越えた風が、ルルムフェーリの渓谷に集まるかららしい。「颪」と呼ばれる吹き下ろしの冷たき風がクレッセント海を荒らし、あなたは半年前、カタリナに訪れた当初は湖が見事に荒れていたため、今の静けさに軽く驚いていた。
「ねえ、“トリウィア”まだ見えないかな?」
「着くのは明日の朝だぞ。まだ見えないだろ」
「それでも見に行こうよ。女二人で」
夕日を見つめている若い男女をワラビが目で指し、
「夕焼け見ててもしょうがないじゃん」
ビーチベッドからひょいっと降り、船首の方へ向かう。これにジュリアとあなたも後に続く。
トリウィアとは、クレッセント海東岸にある港町であり、この船旅の終点でもある。
あなたたちが他の乗客と何度かすれ違い、そして船首の甲板に出ると、
「あっ」
ワラビが歩を止め、続くジュリアとあなたも歩を止める。
思わぬ者が居座っていた。あなたたちが以前戦った非常に危険な発電巨大ガエル、ジライヤが甲板にいた。
主にクレッセント海の北部沿岸を棲み処とするジライヤは、カエルなだけあって泳ぎが達者である。
遊泳距離も長く、一説によると、クレッセント海の端から端を休みなしで渡り切ると聞く。これはあなたたちが一日掛けて西岸から東岸へ渡る今の船旅に匹敵した。
以前あなたたちが戦ったとき見せたように、ジライヤは壁や天井に貼り付ける手足を持つ。この湖では、その貼り付ける手や足を使い、漁師の舟や旅客船の甲板にしばしば登って来てしまう。
前述したとおり、怒らせると非常に危険なカエルだ。しかし、殆どの乗客はジライヤに近付かないだけで平然としていた。僅かに地元でない者が怖がっている程度である。
あなたたちも、座るジライヤを遠くから見守り、
「跳んだ」
「帰ってったな」
ジライヤがその巨体を大きく跳ねさせ、飛沫を上げて湖に帰っていった。
害成す者には危険なジライヤだが、刺激しなければ大人しい。クレッセント海に住む者たちは、このように危険な生物とも共生できる習慣を身に着けていた。
そしてあなたたちが甲板から東を望むが、やはり岸は見えなかった。
今朝方に出港したこの船は、明日の朝に着く予定。ここはまだクレッセント海の真ん中で、目視するにはまだ厳しい。
しかしワラビが、右の親指と人差し指で丸を作り、目をつむってそらんじる。
――“不可能こそ困難、道無き道を復拓かん”
“小癪な若造め、不利も道理も認めよう。去れど後塵拝す気は無い”
“失くした左眼が宿命を視せた。残る右眼よ、事実を視せよ”――
「――“眇”」
ワラビが新しく覚えた魔法「眇」を唱えた。
そして指で作った丸を覗き込む。眇とは、指に簡易なレンズを張る魔法で、遠くを見ることができる他、物を拡大して見る事ができる。
レンズは石鹸を水で溶いた泡の膜に似ていて、指の丸を解くと消える。その丸をワラビが覗きながら、左へ右へとしばらく探し、
「あっ、見えた。あっちの方角」
やがて左手で指を差した。
ジュリアが丸を覗き、そしてあなたも覗く。確かに岸と、その上に建つ街並みがレンズには映っていた。
あなたたちはカタリナで半年過ごし、その間に装備を一新している。ここで説明していない分について紹介する。
まずあなたは鎧を変えた。小さな鉄板を隙間なく張り合わせた、上半身と腰を覆う鎧「小札鎧」に装備を変えていた。
他、グローブと靴も変えていた。鋲や骨を埋め込んだ革の手袋「スタデッドグローブ」を手にはめ、建築業に従事するヒトが主に履く爪先に鉄板を仕込んだ革靴「セーフティブーツ」を履いていた。
ワラビは亜麻の生地を使ったベージュ色の着物に、盾としても務まりそうな鋼鉄の手甲、丈夫なアシで編んだ草鞋に、力が僅かに増強するターコイズを装飾した留め具のない首飾りを着けている。
ジュリアは女性の弓術者が好むプロテクター、ラフゼブラの皮を使った縞模様の手袋に、ノーブルゴートの皮を使ったスリッポン形の白い革靴、メノウ製の指輪を着けている。
メノウという石、力の元素の生成を補助する効能を持つ。ジュリアはこの半年で多くの魔法を新たに覚え、その中には力の元素を使う魔法が幾つかあるため、あなたたちの旅に役立つことだろう。
また、あなたは魔法学校で特異な才の持ち主であることが判明した。あなたは世にも珍しい、空の元素に適性を持つヒトだった。
空の元素を満足に生成できるヒトは、千人に一人くらいの割合だと言われている。そんなオンリーな才を持つあなただが、これをあなたはあまり喜んでいなかった。
理由は空の元素を使った魔法が非常に少ないからである。生み出せるヒトが少ないのだから、その魔法となれば極少になるのも当然であり、魔法学校の図書館にも空の元素を用いた魔導書は存在しなかった。
しかし、己に秘めた特異な才を贅物にするなんてあまりにも惜しい。よってあなたの旅に、空の元素を用いた魔導書を探す、という新たな目標が増えた。




