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伝説の継承者

 あなたが半年あまり下宿したメローヴィング家。魔道士に仕えたルイスという女性は大変な女傑だった。

 なんと百十一歳まで生き、全盛期はミネルバを牛耳るほどの力を誇っていたらしい。実業家として名を()せ、その辣腕ぶりは、とある地方に伝わる血と殺戮(さつりく)を好む女神の名と、彼女の癖毛にちなんで「カタリナのカーリー」と呼ばれていた。

 そんな彼女と魔道士の縁は九歳の頃に遡る。魔王軍の侵攻によって両親を亡くし、カタリナの戦災孤児となった彼女は、十歳になろうかという前日に流れ矢を受けて重傷を負った。

 (ひん)()のところを魔道士に助けられ、彼女は運良く一命を取り留めた。それからは魔道士に懐き、勇者たちの旅に付いて行く。剣士とは仲悪く、剣士が「こぎたねえガキだ」と罵っては、剣士を蹴ったという逸話があった。


 しかし、彼女は賢かった。特に金、つまり金銭について(さと)く、ある名声有る男が「一月後に買い取りますので」と大量にムギを発注したところを見て、「あのヒト買い取る気ないですよ」と魔道士に告げたらしい。

 理由は男が商人には見えなかった事、魔王の軍勢が差し迫っていた事に因る。程なくして彼女の言うとおり、男は今すぐムギを欲しいと望む商人に転売した。つまり、彼女は当時十歳そこらの年齢で学もない身ながら、値上がりが予想される商品を現在の価格で予約し、そして値が上がったら商品を欲しがっているヒトに転売する取り引き、先物取引を感覚で理解していた。

 また、こんな逸話もある。旅の途中である名士が「貧しい者に金を貸しているのですが、取り立てても返す金がないし如何(いかが)したらよいでしょう?」と勇者たちに相談を持ちかけた。これに勇者、剣士、魔道士が首を(ひね)るなか、彼女は「帳消しにしたらどうでしょうか。貧しいヒトはきっと感謝し、強いてはあなたの評判になるのでは」といった旨を名士に説いた。

 やがて成長し、魔道士から魔法を習い、彼女は矢面に立つことこそなかったが、敬愛する魔道士のために勇者たちを陰から支えた。

 そして、勇者たちが魔王を打倒した後、彼女は自身の命を救ってくれた魔道士に仕えた。


 そんな彼女だから魔道士に対する忠節は半端なものではなかった。

 夫に「愛してる」と言われ、彼女は「ダビデ様の次に愛している」と返したらしい。加えて、「あの方がいなかったら私は(とお)も生きられなかった。だからあの方あっての私。あの方が望むなら、私はあの方に身も心も全て捧げる」とまで夫に言い放ったらしい。

 やがて彼女は、魔道士が作製した魔導書を、素封家や権力者たちが欲しがっているという(うわさ)を耳にした。

 彼女は魔導書を安く見られる事を嫌った。また魔道士の唱える、誰もが魔法を唱えられる世作りの理念を分かろうとしない(やから)も嫌った。だから、ふんだくってやろうと考えた彼女は、魔導書を神に近付く為の一歩と喧伝(けんでん)し、高邁な物として十分に権威付けた後に魔導書を途方もない額で売った。

 こうして彼女は巨万の富を手にした。だがこの儲け、一度は全て魔道士に捧げたそうだ。

 魔道士という人物、巷の評判に反して無欲なヒトだった。よって魔道士が金に手を付けることはなく、仕方なく彼女はこれを元手に、己の才を生かして投資事業を始めた。そして得た儲けを再び魔道士に捧げるが、魔道士は手を付けず、といったことを繰り返した。

 結果、夫の姓であるメローヴィング家は、ミネルバを牛耳るほどに大きくなってしまった。


 十も生きられなかった運命が、魔道士に会った事によって大きく変わった。

 時は流れ、彼女に魔道士との別れが訪れる。魔道士に殉じようとした彼女だったが、魔道士は臨終の際、彼女に「これからは貴方自身と、貴方の子供のために生きなさい」と言い渡した。

 魔道士に言われては諦めるしかなかった。彼女は遺言を守ることにする。しかし、死してなおその主従関係は切れず、子供たちを見守りながらも魔道士の意志を引き継ぎ、その権力と財力と旅で培ったコネをもって魔法学校を権威ある物にし、魔道士の目指した世作りに尽力した。

 そして魔法使いという当時の特権階級を根絶した。魔道士が提唱した誰もが魔法を使える世の実現は、彼女の力によるところが大きい。ただし、これがあって魔法の権利がメローヴィング家に集約され、魔道士に金の亡者などという悪評が付いて回る事態となった。

 彼女は魔道士に(いち)()過ぎ、自らの業が名声ある魔道士に転嫁される成り行きを想定していなかった。魔道士の悪評を彼女は、どうにかして消そうと頭を悩ませていたそうだ。

 死ぬ間際まで自らが招いた汚名を()び続けていたらしい。そんなオドネルから聞いた話を、あなたが荷物をまとめながら思い出した。


 そしてあなたは、街のある宿屋に向かった。

 ワラビの筆跡で書き置きがあったからである。その宿屋で待っている、と書き置きには記されていた。

 宿屋に入って受付に尋ね、二人がいる部屋に入ってみると、追い出されたワラビではなく、床にへたり込んだジュリアがベッドに顔をうずめて泣いていた。


「うぅ、くそう……。ごめん、ごめんなワラビ」

「いいよジュリア。私は平気だから、もう泣かないで」


 悔しそうに泣くジュリアをワラビが慰める。親への失望は、慕っていたジュリアを悲しませるに十分だった。

 以前エムブラが逆さまのThe Starをジュリアに示した。これを暗示していたのか、などとあなたがふと思い出す。


「あ、キミ。おかえりなさい」

「アンタ。……母さん、何て言ってた?」


 振り向いたジュリアが鼻をすすって涙を拭い、その切れ長い目は赤く腫れていた。

 涙を止めなければならないだろう。まずあなたが、クレオから託された物を二人に手渡す。

 それは、魔導書であった。二人が覚えていない魔法の魔導書で、羊皮紙製の厚くとも古めかしい表紙には「生命円環(エイルナーガ)」と記されていた。


「これって」

「血を送る魔法だ。アンタ、母さんがこれをあたしたちに?」


 ジュリアの問いに、あなたが頷く。


 ――生命円環(エイルナーガ)。自らの血を他人に送る、または共有する治癒魔法である。

 使い手があまりいない魔法であった。その理由は習得が非常に難しいからである。

 血の共有という行為は単純ではない。血液には「型」があり、その型は一人ひとりが異なる。型の合わない血液同士が触れ合うと凝集、つまり凝り固まってしまい、血液として使い物にならなくなってしまう。

 魔法には血が要る。あなたたちは血の型や凝集について魔法学校で習っており、この魔法を覚えたくば、凝集を抑えるに値する深い知識と、今まで以上の言葉を紡ぐ力が求められた。

 呪文は大抵四句、または三句で構成されている。だがこの魔法は例外であり、必要な句数は八である。

 八句必要な魔法は滅多にない。それだけに詠現しなければならない物質も多く、今まで唱えた魔法など比較にならないだろう。

 それでもクレオがこの魔導書を二人に託した理由。それは、この魔法が「合体魔法」の鍵になるからである。

 クレオは二人に期待していた。その想いは信奉する魔道士に背くほど。クレオは愛しい我が子とワラビを、かの魔道士と姫君に重ね合わせていた。


「……絶対に覚えなきゃならないね」

「ああ。母さんめ、やってやろうじゃねえか」


 二人の双眸(そうぼう)に、高き壁に挑むような炎が宿る。

 それからあなたが、クレオから頼まれた言伝を伝えた。ワラビは素直で単純だから直ぐに納得し、許した。対してジュリアは、

「だったら、縁を切れなんて言うんじゃねえよ。忌々しいとか逃げるとかワラビのこと言ってたんだぜ。……ったく、わかんねえな」

 ぶつぶつ言いながらも、心の中で折り合いを付けていた。

 ちなみにあなたにも贈り物があった。「クォーツアミュレット」。クレオから娘の守護を託されたあなたは、僅かに防御効果と魔力が強化される水晶のお守りを貰っていた。


「なあ、これからどうする? ……ワラビ、なに考えてんだ?」

「うーん、結局この街でも終末の手掛かり得られなかったな、って。特に図書館はあてにしてたんだけど」

「まだ気にしてんのかよ。魔王が苦し紛れに言ったんだって。な、そう思おうぜ」

「やっぱりそうなのかなぁ」

「そうそう。まあホントに何か起きんなら予兆くらいあるさ、きっと。とりあえず忘れてさ、また楽しく旅しようぜ」


 ワラビを励ますジュリアの傍ら、あなたがこの街での出来事を振り返る。

 ジュリアの実家にあったガーゴイルの彫像。それにゴースト。シュラク東の廃墟を思い出すことが多かった。

 廃墟にいた石像は、「終末は止められん」とワラビに言っていた。よくよく考えて見れば、あの石像に宿ったものは何だったのだろうか。ゴーストの一種なのだろうか。

 確か石像は、四百年前は勇者に斬られたと言っていた。その勇者に斬られた終末を知る人物が、四百年もの間ずっと浮かばれず、たまたまあの石像に乗り移る偶然などあるのだろうか。

 あの石像に、誰かが呼び寄せたのではないか。だが、そんなことそもそも出来るのか、などとあなたが考える。


「ねえキミ、これから行きたい所ある?」

「東か南か、だな。アンタ、どっちにする?」


 ワラビがベッドに世界地図を広げ、それをあなたが見下ろした。

 東は山を挟んでザイオニア。南へ行けば「ペイト」という町を経た後、レムレー川と運河で繋がれている「ゴゴット(かわ)」を跨ぎ、「フォーセリン」という共和制の国に入る。

 ザイオニアは世界一の権勢を誇る警察国家だ。だが、その物々しい語調に反して娯楽施設は多い。

 観光地も多い。また、世界で最も発達した国でもある。ザイオニアでは「機関車」なる鉄の乗り物が、盛んに走っているとあなたは聞いていた。

 その機関車に、一度乗ってみたい、などとあなたは思った。よってあなたが東へと進路を指す。


「ザイオニアかぁ。でもすごい寒いんでしょ? 寒いのやだなぁ」

「ノースウォールを越えなきゃ平気だよ。治安はいいし、国境の山を越えると直ぐに島があって、そこで海水浴ができるんだ」

「へえ、海水浴」

「そんでカキやサザエも食べ放題だしさ、小さい頃一度家族で行ったけど、すげえ楽しかったなぁ」

「へえ、食べ放題。これから暑くもなるし、……よしキミ、また東だよ! 次はザイオニアだ!」


 こうしてあなたたちは旅に戻り、次は東の国境を越えることに決めた。


 ***


 夜が更け、ジュリアの実家の居間。クレオが憂鬱な面持ちで窓から外を眺めていた。

 愛しい我が子が旅に戻って寂しく、その様子にオドネルが妻を気遣う。


「大丈夫か?」

「……ふふっ、お気遣いなく。あなた、あの子が連れて来た友達は、あの勇者の血を引いていたの」

「なに、あの東から来た子が。にしては、……どうした、嬉しそうじゃないか。勇者は憎いんじゃなかったのか?」

「そうね、憎いわ。でもね、あの子が勇者の血を引く子と会ったのよ。……ふふふっ、四百年経とうとする今、一体何の因果であの二人は出会ったのかしら」


※逸話は史記を参考にしております。

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