四百年前の確執
魔道士・ダビデ。その名前から誤解されやすいが、実は女性である。
同性の姫君ゼノビアとは特に仲が良く、姫君は槍と治癒魔法の使い手として世に知られるが、その魔法を教えたのは彼女と聞く。
彼女と姫君の「合体魔法」は世に広く知られている。勇者と剣士が敵わなかった異形の化物を、彼女と姫君が手を取り合って詠唱、光ほとばしる紫電の矢を顕現し、それを放つことで倒したそうだ。
また彼女は、あの魔王の、歳の離れた妹としても知られている――。
その魔道士から全てを受け継いだメローヴィング家。祖のルイスという女性は、心の底から魔道士を慕っていた。
ルイスは魔道士から託された物の全てを、いつまでも守りたいと思った。そこで子供達に魔道士の志や功績を伝え、崇め奉るよう徹底的に教育した。
子供達はみな神の如く魔道士に心酔し、魔道士が残した物の全てを命と等しく大切に扱ったと聞く。とは言え、数百年の歳月を経た今では、ルイスの血を引くこの家の者でも魔道士に対する感情は薄れている。だがクレオだけは別で、彼女はこの家の当主として魔道士の足跡を知るうちに、心が洗われるような感銘を受けたのだそうだ。
数百年経った今、クレオこそが風化しそうであったルイスの意志を引き継ぎ、子のハインツとルーカスに、再び魔道士の尊さを教え込もうとしている。だからクレオは傍から見れば異常なほど魔道士を崇めていて、そんな話をあなたがオドネルから聞いたことを思い出した。
だがクレオは、ジュリアだけには教えていなかった。
「貴方は、勇者が東に去ったことによって、他の三人がどのような人生を送ったかご存知ですか?」
使用人が入口を塞ぎ、二人だけとなった邸の食堂。椅子に座るあなたにクレオが確認した。
あなたが知っている限りの事を述べる。姫君が剣士に嫁ぎ、若くして亡くなった事。それと、剣士がムーダイトを滅ぼした後、諸国に宣戦して非道の限りを尽くした事を。
剣士・ヒートラという人物、魔王打倒前と後で大きく評価が異なる。打倒前の彼は、女にだらしない一面こそあったものの、その性格は熱く義侠心に溢れ、勇者が最も頼りにした。また、明るい快男児でもあり、おかしな振る舞いを度々見せては勇者と姫君を笑わせ、魔道士を呆れさせたと聞く。
兎にも角にもムードメーカーだったようだ。だが魔王打倒後、ザイオニアの王に即位してから彼は、まるで人が変わったように領土を侵し、諸国を蹂躙した。
特に最初に滅ぼした宗教国家ムーダイトに関しては苛烈の一言に尽きた。一度ザイオニアがムーダイトを降した後、姫君が嫁いだことによって両国は一時期友好関係にあったのだが、彼はその関係にことづけて姫君の父親オルバヌスを招き、騙す形で殺害した。
オルバヌスは親友の勇者を害そうとした男だ。戦争を仕掛けた張本人でもあり、これに関しては擁護もない。が、矢継ぎ早に友好関係にあったムーダイトを、徹底した虐殺によって滅ぼした。
惨状は四百年経った今でも語り継がれており、元ムーダイトの領地には、今も荒れ果てた地が多く残されているらしい。それからも彼は、ザイオニアの強大な軍事力を掲げ、ある国は屈服させ、ある国は滅ぼした。
そして彼が、最も悪名を残す原因となったのが、手当たり次第に侵略した国の美女を妾とした事である。
女性に夫がいようが関係なかった。彼は欲望のままに奪い、自らの胤を植え付けた。ザイオニアという国、近年でこそ落ち着いているが、ほんの二十年ほど前までは血生臭い跡目争いが頻発していた。その理由は彼が諸国から奪った女性を次々と孕ませた事に因る。
このように彼は、権力と色情に溺れた暴君として例えられていた。だが彼が諸国を征服し、司直を設けたことで世の治安は著しく向上した。今の大きな戦争もない平和な世の礎を築いたのは間違いなく彼であり、必要悪と捉えることも出来る。
第二の魔王とまで剣士は言われているが、その一方で本当の英雄は勇者ではなく剣士ではないかとも言われている。ともかく、剣士ヒートラという人物については評価が分かれ、学者の間でもしばしば議論に挙がる。
だが、それが不幸な人生とは思えない。見方によっては男の本懐を遂げた人物とも言える。
何より魔王を倒した英雄の一人だ。その剣技は今でも一つの流派として伝承されており、弱者を助けた逸話は数知れない。彼の名は為政者でなく剣士としてなら、ビヤーサのように誇りある名誉に例えられている。
魔道士については述べた通り。魔法の祖と讃えられてはいるが、守銭奴という評判もあって一般では人気がない。この家でオドネルから、学校でエムブラから聞いたことくらいしか、あなたは知らない。
これら西方の者なら誰もが知っている歴史を、あなたがクレオに述べた。対してクレオは、姿勢を正しつつ、
「よくご存知で。大体は貴方の仰る通りです」
と、あなたの識見に一度は頷いた。
「ですが、決して幸せとは言えませんでした。姫君のみならず、剣士も、ダビデ様も。ダビデ様の名誉のため私からは申せませんが、勇者が逃げたことによって残された三人が、とても苦しんだことだけは伝えさせてもらいます」
皆が知る歴史の裏に、決定的な災いがあったことをクレオが暗に告げた。
先にジュリアは「あたしはあんたの子じゃない」と言っていた。ひょっとしてそれが関係するのか。そう疑問を抱いたあなたが訊ねる。
結論から述べれば関係なかった。だがクレオが、神妙な面持ちをし、
「気付いていましたか。そうです、ジュリエッタは私の本当の子ではありません」
ジュリアとクレオに血の繋がりがない事実を認めた。
これをあなたは薄々勘付いていた。その理由はジュリアの肌と髪による。
ジュリアの髪は赤く、そして肌は日焼けしたような小麦色。この家に住む者は誰一人としてそのような髪と肌を持っていなかった。
下衆の勘繰りをすればクレオの不義が考えられる。が、彼女の潔癖さとオドネルの態度からして論ずるに値しない。ジュリアに似た人物が祖父あるいは祖母にいた可能性もあるが、それも考えづらい。
ジュリアは養子。魔道士に関する教育を施さなかったことも含め、その推測が最も妥当であった。
「さる高貴な筋の方から、私はあの子を預かりました。……不思議なものですね。お腹を痛めて産んだ三人よりも、私はあの子を愛してます。そう、あの子はまさに天からの授かり物」
クレオの言葉に偽りはないだろう。日頃のジュリアに対する態度がそうであれば、今も明らかに気を落としている。
実子であるハインツやルーカスが少し気の毒に思えるくらいである。だが、そんなに愛していながら何故追い出すのか。ジュリアがいかに慕っていたことをあなたが説明する。
そしてワラビは、所詮勇者の子孫であることも。ワラビ自体に何の罪はない。それも踏まえてあなたが、二人を許してはどうか、という旨を進言する。
だがクレオは譲らない。ためらいながらも、
「それは、……できません。この家は私の祖先がダビデ様から授かった物。この家の者は、ダビデ様に背くことだけは許されないのです」
飽くまで魔道士第一の主義だけは曲げなかった。
「ダビデ様は我が祖ルイスに常々こう言われていたそうです。“ウルがゼノビアを無理にでも連れて行けば、こんなことにならなかった。ウルを一生許さない”と。私も勇者は許せません。一人だけのうのうと幸せな人生を歩んで。だから私は、勇者ならびに勇者の血を引く者を、この家に入れさせる訳にはいかないのです」
クレオの意志は覆せなかった。あなたが諦める。
だが、二人の今後の為にも和解だけはして欲しい。だからあなたが、自分たちは旅に戻るがこのままで良いのか、といった旨をクレオに告げる。
いがみ合いでお別れなどあまりにも後味が悪い。しかしクレオは、
「だから貴方を呼び止めたのです。あの子に誤解されたままなんて、私には耐えられませんからね」
ちゃっかりと、あなたを利用するために呼び止めていたのだった。
そしてクレオが、顎の下で手を組み、あなたを覗き込むように見つめ、
「ふふっ、私もまだまだ未熟ですね。ダビデ様の手前ついあのように言ってしまいましたが、私はワラビさんを気に入っています。ワラビさんは何も知らないようでしたし」
先程の言動とは裏腹にワラビを認めており、また、
「それにあの子が、友達の為に怒れる子に育ってくれて嬉しいのです。私に言われた程度で縁を切るようでしたら、私はあの子に失望していたでしょう」
相変わらずの娘に対する溺愛をあなたに見せつけた。
「ちょうどいい折ですね。あの子と離れるのは辛いけど、あまり甘やかすのもよくありませんから。貴方からワラビさんに謝っておいてください。それと、あの子にこうお伝えください。旅に疲れたらワラビさんを連れていつでも帰って来なさい、と。この家には入れられないが、この家の外でなら私はいつでも待っている、と必ず伝えてください」
クレオは図々しくもあなたに謝罪を託した。
自分で謝ればいいのに。そうあなたが一杯食わされて苦笑する。
しかし、半年学ばせてもらった恩もあり、この食えない婦人の頼みをあなたが了承する。
最後にあなたが尋ねる。それは、ジュリアの本当の親。その高貴な筋をあなたが問うが、
「すみません、それは絶対に明かせません。この秘密は私が墓まで持っていくつもりです」
クレオは答えを拒否した。
こうしてあなたが席を立つが、最後にクレオが、もう一度あなたを呼び止める。
「ジュリエッタとワラビさんに渡したい物がありますので暫しお待ちください。……お願いします、私の可愛いジュリエッタを、これからもどうか守り続けてください」




