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突然

「母さん。ワラビ、あの勇者の子孫なんだ」


 あなたたちがクレオと、他愛のない会話を交わしながら夕食を()っていたとき、ジュリアが母親にワラビの素性を明かした。

 何気ない一言だった。きっと母親に、友達のことをもっとよく知ってもらうべく紹介したのだろう。だが(まな)(むすめ)からの言葉を聞いたクレオは、途端にスプーンを持つ手を止めた。

 それからクレオは、固まったように動かなかった。いや、(かす)かに震え、ワラビの素性を知って驚いているようにも見える。


「……母さん?」

「ワラビさん、今の話、本当ですか?」


 やがて口を開いたクレオは、静かに、だが重々しくワラビに問い(ただ)した。

 予想だにしなかった険しい反応にワラビがうろたえ、ただ事実をありのままに認める。すると、

「ダビデ様、この愚かな私をお(ゆる)しください。東と知って直ぐに確かめるべきでした。……ワラビさん、貴方は今すぐ、この家から出て行きなさい」

 クレオは四百年前の人物でこの家の元主、魔道士ダビデに謝った後、勇者の血を引くワラビに退去を命じた。


「あの勇者の末裔と知ってしまった以上、貴方に食べさせる物などありません。さあ、出て行きなさい」


 立ち上がったクレオがワラビから、魚の煮付けとミルクスープが盛られた二つの皿を遠ざけた。

 そして、座るワラビをクレオが見下す。その凍てついた眼差しがワラビに言葉を失わせ、代わってジュリアが焦りながらも母親を止める。


「か、母さん、なに言ってんだよ。冗談だろ?」

「ジュリエッタは黙っていなさい」


 娘をぴしゃりと()ね付けてからクレオが、

「ワラビさん、貴方の先祖が東方に逃げたことによって、剣士ヒートラに姫君ゼノビア、そして我が祖ルイスが大恩を受けたダビデ様が、どれほどの不幸を負ったか貴方ご存知ですか?」

「…………」

「その顔では知らないようですね。まあ無理もない。ですが、もし知る機会があれば貴方は恥じるあまり、残された三人に顔向けできなくなるでしょう。我が家の者は絶対に勇者を許しません。さあ、早く出て行きなさい」

 勇者への恨みを吐き、三度目の退去通告をワラビに言い渡した。

 魔道士から全てを受け継いだメローヴィング家。祖の名を「ルイス」と言い、ジュリアのサードネームはこの人物にちなむ。

 取り付く島もなかった。勇者の話を聞くまでクレオは、娘の話を上機嫌に聴いていたのだ。突然の(ひょう)(へん)に他人のワラビとあなたは、何も言えずにいる。

 ただ一人、今の原因を作ったジュリアだけが歯向かう。納得ができず親に反抗する。


「母さん、なんだよ急に。四百年も前のことなんてよく知らねえけどさ、一体ワラビがあたしたちに何をしたって言うんだよ。関係ないじゃないか」

「ジュリエッタ、私たちはダビデ様の恩恵があるからこそ、この豊かな暮らしを享受できているのですよ。この食事も、あなたがこの家にいられるのも、全てダビデ様のおかげ。口を慎みなさい」

「なんだと? 別にそんなの願ってもねえよ。魔道士ってのは随分と恩着せがましいんだな」

「貴方には、我が家の事をよく教えていませんでしたね」


 クレオがふうっ、と一息吐き、

「ジュリエッタ。貴方、この忌々しい子と今すぐ縁を切りなさい」

 娘の神経をこの上なく(さか)()でする一言を吐いた。

 当然、ジュリアは激怒し、

「ああっ!? できるわけないだろ!」

 切れ長い目で強く(にら)みながら、――バンッ! とテーブルを強く叩く。

 食器が激しく音を立て、(あふ)れた水とスープが白いクロスを汚す。しかしクレオは一切動じず、飽くまで冷酷に絶交を勧める。


「聞き分けのないことを言わないで。友達は選びなさい。この子と一緒にいても、この子はいつか貴方の前から逃げ出します。かの勇者のように」

「ふざけんな! ワラビとは苦しいときも一緒にやってきたんだ、逃げるわけねえだろ! いくら母さんでも聞き捨てならねえ、言えよ! あたしの一番の友達が、あたしや母さんに何をしたってんだよ!」


 勇者の血を引く。ジュリアからすればたったそれだけのこと。

 親友を侮辱されたジュリアの怒りは、相手が母親でも殴りかかろうとする勢いだ。しかしクレオは、そんな娘を冷めた()で見つめていた。

 ワラビを(かば)う娘も許さなかった。何が彼女を魔道士に義理立てさせるのか。目に入れても痛くないほど溺愛する娘まで、クレオが冷たく突き放す。


「分かりました。ジュリエッタ、貴方がその子と共にいる気なら、私は貴方と親子の縁を切らなければなりません」

「……っ!」


 息を呑むあなたたち。勘当する、とまで母親は告げた。

 これが少し前まで娘を可愛がっていた親のすることだろうか。よほど恨みが深いらしい。彼女の話から勇者が魔道士と、または剣士とも姫君とも確執があったことが(うかが)える。

 ジュリアはこの家に帰ってから、随分と親に甘え、そして孝行した。暇があれば母親と話し、また、母親が疲れた様子なら肩を()み。それはまるで母親の反対を押し切って旅に出た償いをするように、ジュリアは自分の存在を常に母親に感じさせていた。

 そんな母親を慕うジュリアを排斥するクレオ。もう止まらず、非情の一言が振るわれる。


「ダビデ様を敬えないなら貴方も出て行きなさい。二度とこの家の敷居を跨ぐことは許しません」

「このっ、上等だ! そんな四百年も前のことをいつまでもグチグチと! 見損なったよ、もうあんたなんか親と思わねえからな!」

「…………」

「どうせあたしはあんたの子じゃないんだ! ワラビ、アンタ、行こう! 何が魔道士ダビデだ! こんな家、言われなくても出ていってやる!」


 売り言葉に買い言葉。親子の仲は決裂し、ジュリアがワラビの手を引いて母親の前から去ろうとする。

 だがワラビは、クレオに向かって、

「……今まで、お世話になりました」

 律儀に頭を下げた。


 そしてあなたが残った。こうなってしまった以上、二人に続くしかないだろう。

 魔法をもっと学びたかったが仕方ない、とあなたも席を立つ。だがクレオが、

「お見苦しいところをお見せしてしまいすみません。言い訳になるのですが、私の話を聞いてくださいませんか?」

 あなたを呼び止め、席に戻るよう促した。


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