英霊の眠る場所
ジュリアが倒したスッポンを抱えて戦士会の酒場に走った。その間あなたとワラビは、ゴーストの出所と思しき横穴を見張っていた。そしてジュリアが戻り、三人揃ったあなたたちは、改めて陰に隠れた目立たぬ横穴に足を踏み入れた。
大きな土管同士が連結された通路は、先が全く見通せない。靴の鳴る音だけが響く細長い空間を、あなたたちがカンデラを掲げながら注意深く進む。
ネズミが光を浴びて素早く奥へ逃げた。ムカデやゴキブリも見つけては去り、この闇の先には一体何が待ち構えているのだろう。
「ねえジュリア。この先って何があるの?」
「うーん、位置からすると“カタコンベ”かな?」
カタリナの街には、四方を高い壁で覆った用途不明な建物がある。
位置で言えば北東の区画、ジュリアの兄が勤める病院の後ろ、官庁街の一角にあたる。その用途不明な建物こと「カタコンベ」へ、この街を知るジュリアが向かっていると言った。
カタコンベとは地下の墓所を表し、確かにゴーストが現れるにはうってつけの場所だ。しかしこの街で、ゴーストの目撃例をあなたは聞いたことがなかった。以前あなたに不快な音を発したように、または先にジュリアが噛まれたように、ゴーストはヒトに危害を加える。
現れたのなら騒ぎになってもおかしくないだろう。そもそも「お化け」などと言うあやふやな存在ではなく、ヒトに危害を加える「ゴースト」という存在が、はっきりと文献に現れ始めたのは魔王の時代からだ。魔王が死に切れぬ者の魂を呼び寄せ、具現化させたものがゴーストと聞く。
つまりゴーストは、自然に発生するものではない。誰かが呼び寄せない限りゴーストは生まれないのだ。どういった手段で呼び出しているのかあなたは知らないが、あなたたちの前に姿を現した以上、ゴーストを召喚している悪意ある人物が、この街に潜んでいるのかもしれない。
ただし、これはあなたが知っている限りの事柄である。やはり自然発生するものかもしれないし、そもそも呼び寄せているところを見た事がないのだから、仮定の範疇を超えない憶測である。
そして、土管が連結された通路をあなたたちは抜けた。
少し開けた場所に出た。まとわりつくような蒸し暑さと埃っぽさが漂う中に、十字架がそこかしこに立っている。
カンデラの光がレンガ造りの壁と天井を示す。奥には祭壇が見える。
だが、奥の祭壇の上には、ヒトの頭蓋骨が四つ宙に浮いていてジュリアが叫ぶ。
「ワラビ、アンタ! 奥にいるぞ!」
「うん。ジュリア、これ持って。ここは私に任せて!」
迫る頭蓋骨にワラビがカンデラを預け、手を組み両の人差し指を立てた。
そして目を瞑った。新たな呪文を呟く。
――“鉄火鉄血徹頭徹尾。栄光よ、穢れし塵世を焼き払え”
“内に眠りし我が正義、躙る戦禍に忿怒せん、瀰漫せし邪に狂気せん”
“粛清また粛清。子息に捧げん腑抜けたる首よ、須らく革命と為りて”
“光在れ。闇を切り裂く鉄斧の精霊、蟠る瞋恚を解き放て”――
「――“双火神”!」
四つの頭蓋骨が口を開けたところで、とても強烈な炎がワラビから放たれた。
炎を浴びた頭蓋骨全てが飛来を止め、意志を失ったが如く落下する。この半年間、ワラビは双火神と氷獄葬の魔導書を読み続け、この二つの魔法を習得した。
ころころと地面に転がる頭蓋骨。ただ発火するだけの火神とは比べ物にならなかった。まさに火炎の放射である。
双火神とは、以前も述べているが火神を発展させた火炎魔法である。戦闘以外では除草、融雪などに用いられる。
ワラビは以前司直の刑事クライブに「精進せい」と言われ、それを根に持ち習得に至った。だが、
「あっ、立ちくらみ。……食べないと」
その効果だけに消耗が激しく、ワラビが懐からメイプルクッキーと竹筒を取り出す。
「しかしなんだろう。あたしゴーストって今日初めて見たけどさ、ゴーストが今までカタコンベに現れた話なんて聞いたことないぞ」
ジュリアがペットに餌をやるように、ジャーキーをワラビに差し出しながらあなたに言った。
ぶら下がるジャーキーに食いつくワラビ。魚が餌を口に入れるようだった。あなたが今一度周りを見渡す。
ひとまず頭蓋骨は見当たらない。だが物陰に隠れており、それが一斉に現れないとも限らない。また敵は、頭蓋骨だけとも限らない。
例えば、奥の祭壇には祈りを捧げる女性の像が祀られているのだが、あれにゴーストが乗り移ってあなたたちに危害を加えて来ないとも限らない。それに更に奥へいけば、ミイラなどがあるかもしれず、それら類の物にあなたたちが囲まれてしまう可能性も捨てきれない。
この暗い空間でゴーストの群れに襲われたら、戦闘は困難なものとなるだろう。一度引くべきか、それとも奥へ行くべきか。あなたが考えていると、――突如として雷のような衝撃に襲われた。
「アンタッ!」
「キミ!」
鈍い音に振り返る二人。いつの間に現れたのか。あなたの背後に、「骸骨」そのものが立っていた。
不意打ちを喰らった。骸骨は棍棒を備えており、それで後頭部を殴られたあなたは一瞬だけ意識を失った。
幸い、新しく購入した「ヘッドギア」を装着していたため、致命傷には至らなかった。すかさずあなたが振り返ると、眼球があったはずの空虚が、膝を落としたあなたを見下げている。
骸骨が更に叩きのめそうと棍棒を振り上げる。二人は間に合わず、自分の油断を悔いつつもあなたが、歯を食いしばって次の一撃を耐えようとしたとき、――骸骨の、棍棒を持つ右腕が急に吹っ飛んだ。
「おいっ! 誰だ、大丈夫かっ!?」
奥からあなたたちを問う、聞き覚えのある男の声が響いた。
骸骨の右腕を飛ばした物体が地面に転がる。それは、釘を打ち付けるのに使う金槌だった。
そして、奥から躍り出た男が、腰の剣を抜いて豪快に骸骨を斬り付ける。この一撃に骸骨は頭が粉砕され、残りの骨がバラバラと地に崩れ落ちる。
一息吐き、腰の鞘に剣を収める中年の男。本職が大工の戦士ムラートがあなたを助けた。
「ムラートさん」
「なんだ、ジュリアにあんたたちだったのか。何故ここに来た?」
口に釘を咥えるムラートが厳しい口調であなたたちに訊いた。
左腕は治っていなかった。相変わらず包帯を巻いている。この険しい顔を浮かべるムラートにジュリアが訳を話す。
「なぜって、ゴーストに襲われたからさ。そういうムラートさんこそ何でこんな所にいるんだよ」
「俺は最近カタコンベにゴーストが現れたって言うから、その退治で来てるんだ。それよりもジュリア、お前はここに来ちゃいけないことくらい分かっているだろ? ここは昔魔王との大戦で命を落とした英霊の眠る場所だ。遊び半分でここに来ると祟られるって、散々ガキの頃から言われてるだろう?」
「ああ? あたしたちが遊び半分で来るわけないだろ。あたしらは戦士として、ゴーストを倒しにここに来たんだ」
ムッとして言い返したジュリアに、ムラートが軽く息を吐いた。
そして穏やかな笑みを浮かべた。あなたたちを侮っていた、とムラートが謝る。
「そうだったな、すまねえ。……いかんな。ジュリアの顔見ると、どうもヒヨッコって印象が抜けなくてな」
「ねえ、大工のお父さん。いつからこの墓地にゴーストが現れ始めたの?」
「それは分からん。だが、奥へ行ってみれば分かるんだが、この墓場を荒らしたような形跡が所々で見受けられる。誰か悪意を持った奴が、この墓場に入ったことだけは間違いないだろう」
「なんだって。墓荒らしがいるのかよ」
「おそらくな。だから俺は、墓守も兼ねてゴースト退治に来てるんだ、この腕の怪我も押してな。あんたたちの物音を聞き、俺は一瞬墓荒らしが現れたのかと思っちまったぞ」
「そっか。わるいな」
「だから帰って、早くそのヒトの頭の手当てをしてやれ」
しっしっ、と手で追い払うムラートの、言葉に隠された圧力をあなたたちは感じ取った。
仕事の邪魔をするな、と言いたいようである。手伝うといっても聞かないだろう。この目の前の親父は相当頑固な男だ。娘が体調を気遣っても、押して仕事に行こうとする姿をあなたたちは忘れていない。
左腕こそ包帯を巻いているが、今日は顔色が悪くなかった。あなたが殴られた頭に触れると、大きな瘤の感触を感じ、あなたたちはムラートに任せてカタコンベを後にした。
***
ムラートがあなたたちを見送り、それから腰を下ろす。
転がった頭蓋骨に手を当て、そして、頭蓋骨に語りかけるように呟く。
「チッ、まさかジュリア達に気付かれるとはなぁ。……まだ早いぜ。血をやるからよ、“あれ”が始まるまで大人しくしてくれや」




