a malicious approach
休日の今日、あなたは仲間の二人が受けた依頼を手伝わされた。
課題の魔法、太乙の実地試験がもう直ぐである。今日はそれに備えて復習をしておきたいあなただったが、「アンタが下宿してる家は誰のおうちかな?」と、ジュリアが許さなかった。
前回はカエル退治だったが、今回は「スッポン」退治だ。分類的には『ウッコ』と呼ばれ、水路を泳ぐ姿がよく目撃される、カタリナの人々にとっては身近な存在である。
だが身近な存在ではあっても、親しまれるかと言われれば別であり、このスッポンの気性は非常に獰猛で、触れる者すべてに噛み付こうとする。
そしてその鋭い歯による噛み付きは、ヒトにしばしば深手を負わせる。発電器官を備えるジライヤよりは楽な相手であるが、油断していると指など直ぐに噛み千切られてしまう気の抜けない相手である。
更に、その噛みつき癖はとてもしつこく、そもそもウッコとは、とある地方に伝わる雷神の名だ。このスッポンは、その雷神が持つハンマーの頭によく似た甲羅を持つことからこのような名が付いており、一度喰らい付いたら雷が鳴っても放さない、と譬えられる噛みつき癖はスッポン全てに共通する事だが、その所以もあって雷神の名が冠せられている。
このウッコの中でも、特に大型の個体が、最近人々の前に現れては威嚇することから戦士会に依頼が寄せられ、この依頼をワラビとジュリアが請け負い、その為にあなたは連れられた。
「あっ、大きい! かかったよジュリア!」
「分かった!」
あなたが水路に釣り糸を垂らしており、その糸が大きく動いた。
ワラビが水路を覗き込む。水の中では、金鎚の頭というよりは斧の刃に似た甲羅を持つスッポンが暴れており、間違いなく件の大型スッポンが釣れた。
糸は鉄線を縒り合わせた特別な物だ。まず切れることはないだろう。その糸を絡めた鉄の竿を握るあなたが、引っ張られないように腰を据える。
「いいぞアンタ! いつでも引いてくれ!」
ジュリアの声を受けてあなたが、竿を一気に引き上げ始めた。
クロスボウを構えるジュリア。このクロスボウにはレバーが付いており、これはレバーを引くことで弦を引く梃子の原理を使ったクロスボウで、この「ゴーツフット」と呼ばれる弩を最近ジュリアは使用していた。
緩やかに流れる水面が、ばしゃばしゃと激しく飛沫を上げ、やがて、ヌシと言っていい大きなスッポンが、その姿をあなたたちの前に晒す。
ジュリアが引金を引いた。矢はスッポンの甲羅に突き刺さり、しばらく暴れた後にスッポンは沈黙、あなたたちは依頼を達成した。
「よし」
「こっちのスッポンってでっかいね。しかも何か変な形してるし」
息絶えたスッポンをワラビが両手で抱えながら言った。あなたは、万一倒しきれなかった場合に抜いておいた新しい剣、「鋼の剣」を鞘に収めた。
持ち上げるワラビの指に甲羅がへこんでいる。スッポンはカメの一種だが、甲羅はカメのそれとは違って柔らかい。柔らかいということは密度が低く、だからワラビが易々と持ち上げられるほどその体重は軽いのである。
「そっか? スッポンって言えばこういうモンじゃないのか?」
「ううん。ウチの方じゃもっとちっちゃくてカメに近い形してるもの」
「ふうん」
西と東で違うのだろう。思い浮かべる一般的なスッポンの形が、ワラビとジュリアで違うようである。
しかし、前脚の鋭利な爪。大きさも大型のカメのそれである。噛み付きのみならず、この爪でも引っ掻かれれば大怪我を負うだろう。今更ながらあなたが、矢の一撃で終わって安堵する。
「ま、スッポンには変わりない。凍らせないでもいいや、早く店に戻ろうぜ」
「この後が楽しみだね。ふふふ」
「ふふっ」
二人が顔を見合わせ、にんまりと笑みを浮かべた。
スッポンは、甲羅と爪と一部の内臓以外は、全て鍋にして食べられる。古くから食されていたらしく、滋養に富む上に味はかなり美味で、だからか二人が変な笑いを浮かべていた。
血も精力が付くとの話で、酒で割って飲むヒトもいるようだ。そもそもウッコという雷神、寒い地方に伝わる神の名である。スッポンは寒い所に生息せず、寒冷な地方出身の学者が神の名を拝借した理由は、この味に喜んだからでもあるらしい。
しかし、そこへ思わぬ新たな敵が、あなたたちを強襲する。
「……っ! ジュリア!」
「ん? どしたワラビ」
ワラビが叫ぶがジュリアは気付いていない。背後から、悪意ある物体が矢のように飛んで来ていることを。
その白い物体を見てあなたが驚く。飛来する物体は、一度見たら絶対に忘れられない形をしていた。
本物なのだろうか。いや、それを考えている暇はあなたにはない。それは、――ヒトの頭蓋骨だった。頭蓋骨がジュリアに迫って来ていた。
後ろ後ろ、とワラビがしきりに叫ぶが間に合わず、ジュリアが後ろを振り向いた時には、
「えっ……うわあっ!」
右腕を噛まれてしまった。
「いってぇ! なっ、なんだコイツ、放せっ!」
「ジュリア! 動かないで!」
動転するジュリアにすかさず、ワラビが左手に握った短刀の柄頭を、頭蓋骨の顎に強く打ち付けた。
衝撃でジュリアから離れた頭蓋骨。そこへ、
「このぉっ!」
ワラビが右の、包丁に似た短刀を縦に振り、飛来した頭蓋骨を破砕する。
「はぁ、はぁ……」
「ジュリア、大丈夫?」
右腕を押さえるジュリア。あなたは久々に見た。シュラク東の廃墟以来となるゴーストだ。
砕けた頭蓋と共に硬貨が落ちている。以前見たゴーストは煙のようだったが、物に乗り移ってヒトを襲うこともある。この頭蓋骨は、まさにその一例だった。
しかし、ジュリアの様子がおかしい。蹲って右腕を押さえており、とても苦しそうにしている。
まさか、毒でも喰らったのだろうか。
「右手が、いてえ。焼けるようだ……」
「ジュリア!」
「……心配すんな。こんなときの為に、新しい魔法を覚えたんだ」
無理して頬を緩めたジュリアが、目を瞑って呪文を諳んじる。
――“露に濡れし百の花、杯に溢れし逆の月”
“泥沙より湧きし陰陽の尊、始まりの夫婦とならん”
“指を絡め、熱き吐息に育みし絆。重ねる朱口は久遠の時”
“詞を唱えよ。穢れ祓いし早花咲月、地祇の契りに幸福を”――
「――“泥命”」
ジュリアが新しく覚えた魔法「泥命」を、己の右腕に唱えた。
泥命は、体内に侵入した毒素を除去する治癒魔法である。また、水に唱えるとそれを溶媒とし、石鹸に似た洗浄能力のある泡を作り出すことも出来る。
ただし、解毒というよりは消毒の方が性質的に正しい魔法で、全ての毒に対して有効な訳ではない。それと病を治す訳ではないので病人には効かず、血は霊癒の二倍程度使う。
「……ふう。痛みがひいてきた。ワラビ、あんがとな」
「ばか。心配させないでよ」
ワラビがジュリアの右腕に薬を塗った。
ワラビが持つ包丁に似た新しき短刀。これは「北谷菜切」と呼ばれる短刀のレプリカで、最近ワラビはこれを得物としていた。
ジュリアの右腕に包帯が巻かれ、
「今のガイコツ、どこから現れたんだ?」
あなたたちがゴーストの出所を探すべく辺りを見回すと、
「ねえジュリア、キミ。見てあの穴」
間もなくしてワラビが、壁のでっぱりに隠れた妙な横穴を見つけた。




