迷宮都市
あなたたちがいま滞在しているカタリナという都市の道が、複雑に入り乱れていることは前に説明したが、ここでその複雑さについて軽く触れておく。
人々が「迷宮都市」と冷やかすとおり、この街の道はまさしく迷路である。初見では誰もが街の最奥、北西の区画まで辿り着けないだろう。迷ったヒトのために案内人までいる程だった。
要塞として発展した経緯を持つこの都市は、四方が高い壁に囲まれており、南側に正門が存在するのだが、その門を潜った者をまず出迎えるのが、これまた高い壁と、その上に座る高台である。
壁は門を突破した侵入者の勢いを殺すための備えであり、壁の上の高台は勢いを削いだ侵入者を高所より射抜くための物だ。このかつて魔王の軍勢に対して築かれた造りを見たワラビは、「“虎口”みたい」と言っていた。
壁をクランク状に左右へ曲がると、そこで初めてこの街の辻、つまり交差点に出る。
だが、この辻もまた曲者である。一見大通りが正面へ続いているように見えるため、土地勘のない者は皆そちらへ行くのだが、正面へ進んだところで行った先には何もない。ただ水路と、その奥に立つ高い壁が、正面へ進んだ者の行き先を隔てるだけである。
水路に沿って左へ行っても新興の住宅地に出て、右に至ってはただの行き止まりだった。町の奥へ至る道の正解は、初めの辻を左に曲がり、しばらく歩くと右に見える歩道橋を上る。辻を右に行っても行き止まりで、そこも住宅地があるだけだった。
歩道橋を渡ると次は南東の区画に着く。
南東の区画は、高架によって道が立体的に入り乱れていた。ここが最も狭い区画ながらも非常に複雑で、初めての者は絶対に迷う造りとなっていた。
南東区に入るとまず辻があるのだが、これは真っ直ぐ東へと進む。次にまた辻があり、これを南に折れ曲がるのが街の奥、北部へと進む道となる。
なぜ南に行くことで真逆の北部へ行けるのかと言うと、その道が180度折れ曲がって高架の下を潜るからだ。いま述べた以外の道は、どれを選んでも曲がりくねった果てに、結局行き止まりに突き当たる。
ここの区画も道に迷った侵入者を、高所より射る為にこうした造りとなっていた。ちなみに、この区画にも住宅地がいくつかあるのだが、それは低所や高所の空いた土地を埋めるように存在し、細長い家や絶壁の上に建つ家など、立地ゆえに変わった家屋を見ることが出来る。
南東の区画を抜けると街の北東部、商工業区に入る。ここでまず左を向くと戦士会が営む酒場があり、真っ直ぐ進むとジュリアの兄ルーカスが勤める大きな病院が建っている。
北東の区画は、水路が縦横無尽に張り巡らされており、荷を山のように積み上げた舟がいつも忙しなく行き来していた。店は青果店に金物屋、洋装店に以前ワラビとジュリアが仕事したメイド喫茶などがあるが、その中でも女鍛冶集団「ヒルデブランド」の工房は全国的に有名である。
北側一帯は工業区。至る所で回っている、動力を得るために付けられた水車が目を引く地区である。それと壁を大きくくり抜いて湖の水を引き込んだ船着場がこの地区にはあり、ここで集荷または取卸しした貨物を、北の裏門から通じる港に搬出、あるいは搬入している。
その他、この区画の西側は官庁街で、役所が建ち並んでいる。北西の区画に進むには、北東の区画に入って直ぐを右に進み、それから左に折れて橋を渡る。しばらく進んで、左に折れてまた橋を渡り、更に右へ進んで左手に見える橋を渡る。この道順を覚えなければならない。
最後に北西の区画。この地区の一角は昔、要塞の本陣だったらしい。
今は跡となり公園になっているが。ここの区画にジュリアの実家と魔法学校があった。
ジュリアの実家である「メローヴィング家」。クレオが当主を務めるこの家は、子がいなかった魔道士ダビデより全てを譲り受けた人物から始まる。
ワラビは勇者の子孫。そしてジュリアは魔道士に繋がる系譜。これを知ったあなたは、何か運命の糸に似たものを感じ取った。
ちなみに、あなたは迷宮都市と聞き、当初胸をときめかせていた。
その響きだけでもロマンがある。だが、水を差すようにジュリアが「実際住んでみると全然いいものじゃないぞ」と言った。まさにその通りで、今ジュリアの実家に約半年下宿してあなたは、この街の複雑さに辟易していた。
何しろ目当ての建物が近くにあっても、壁や水路が阻んで遠回りを強いられる。ジュリアの実家から南西の区画に行くときは、先に述べた道を全て逆に通らなければ辿り着かないのだ。
残念ながら近道は、水路を強行しない限り無い。半年を通して迷宮都市に住む不便さを、十分に思い知ったあなただった。
さて、今日は学校が休み。あなたたちがいつものように依頼を受けるべく、ジュリアの家を出て戦士会の酒場へ向かっているときであった。
「お父さん、無理しないで。今日はもう休もう?」
「うるせぇ! この程度屁でもねえ、お前は黙ってろ!」
あなたたちは道端で言い争っている親子を見つけた。
親父の方は知っていた。やかましい親父は、本職を大工とする戦士ムラートだ。
どんな事情があれ、天下の往来で喧嘩は望ましくない。したがってジュリアが言い合う親子を止めに入る。
「ムラートさん、こんな所で……、うわっ」
だがジュリアが口を押さえて驚き、あなたとワラビも吃驚した。
近付いて見ると、ムラートの顔が白いのだ。その生気のない面は誰が見ても病人と言える。
立っているのも辛いだろう。けれどムラートは事もなげに、いつもの調子であなたたちに接する。
「おう、ジュリアに、あんたたちか。ったく、このバカがよ、俺に休めなんてほざいてんだよ」
「当たり前じゃない! そんな顔色で何ができるのよ!」
バカと言われた娘が病人に怒鳴った。
この丸眼鏡を掛けたおさげの女性をあなたは見た事があった。以前ムラートに弁当を届けに来た女性だ。
娘が心配するのも仕方がない。ムラートは白い顔に加え、左手の包帯も未だ取れていないのだ。よってジュリアが溜め息を吐いて娘に加勢する。
「なあムラートさん。“アンナ”さんがこう言ってんだ、今日は休んで病院へ行きなよ」
「ジュリアまでいいやがるか。いいか、何度でも言ってやる。俺はコイツが結婚するまではな、休むわけには……っ!?」
いかない、と言おうとしたとき、ムラートがガクッと片膝を落とした。
「ほらな。いいから今日は休みな。これ以上怪我したらアンナさん悲しむだろ」
「くそったれ、この程度で俺がへばるとは。……ああクソ、コイツが男を連れてきてくれたらなぁ」
「心配しないでもそのうち連れてくるから、ね。お父さん、今日は休も?」
娘が肩を貸し、ムラートがよたよたとこの場を後にする。
「……なあ、今のおさげのヒト、アンナさんって言うんだけど」
ジュリアがムラートの娘「アンナ」について、あなたとワラビに話した。
見かけによらず妙な曰くを持った女性であった。何やら十年ほど前、病で命を落としたらしい。だが、脈が止まって数日経った状態から、なんと息を吹き返したのだ。
それからは病に罹らずすくすくと成長し、そして今に至る。そんな過去から彼女はカタリナの街でちょっとした有名人であることをジュリアが伝えた。
母親は病弱なヒトで、娘を産んで直ぐに亡くなったらしい。父と娘、支え合っては寄り添うように生きてきて、だからこそムラートは娘に対して意固地になるのだろうか。
「あのヒト、カレシいないの?」
「どうだろな。あたしもそこまで親しいわけじゃないから。でも健気なヒトだし、いてもおかしくはないんじゃないかな」
「何にせよ働きすぎだよね、あのお父さん」
「ああ。あの二人には早く幸せになって欲しいよ」




