運命の車輪
風がそよそよと樹の枝を揺らし、穏やかな陽射しが晴れやかに、うららかに校舎を照らす。
草香る芝生の上では、女子生徒たちが他愛のない話に花を咲かせていた。その中の一人に想いを寄せているのか、遠くでは純朴そうな男子生徒が、談笑する女子の輪を見つめていた。
金馬の時を告げる鐘が鳴って暫くが過ぎた。今はお昼どきを少し過ぎ、次の授業が始まる前の長めな休み時間。つまり、皆が「昼休み」を満喫しているとき、あなたたちが授業を受ける教室内では、生徒たちが期待した目で、椅子に座る女教師エムブラを囲んでいた。
エムブラは、机の上に広げたカードを混ぜていた。つまりカードをシャッフルしていた。
「で、君はボクになにを占って欲しいのかな?」
「いま付き合ってる彼と、これからも続くか占って欲しいんです」
「ふふっ、分かりました。君のミライ、このボクが占ってしんぜましょう」
エムブラが広げたカードを束にまとめ、それからその束を念入りに切る。
そして、束からカードを一枚引き、正面で身を乗り出す女子生徒にエムブラが引いたカードを見せた。
そのカードに、欣喜雀躍した女子生徒。カードには、一人の男と一人の女、そしてバックに神々しい天使の絵が描かれていた。
「キャー! 先生これいいカードだよね? “ラヴァー”って書いてある!」
「うん。“The Lovers”。これが示す未来は、深い縁とか結婚とかだね」
「ねえ結婚だって! やだ、どうしよう! 今ごろ彼、バラの花束とか探してるのかな? ってことは明日にはプロポーズ!? やだ、心の準備ができてない、キャーどうしようどうしよう!」
「気が早いねえ」
女子生徒は舞い上がっていた。エムブラと、エムブラを囲む生徒たちは「タロット占い」に興じていた。
タロットとは、遊戯や占いに使用される二十二枚構成のカードである。カードには見る者に訴えかけるようで問いかけてもいるような、何か重要な意味を示す神秘的な絵柄が一枚一枚に描かれていた。
誰が作ったかは分からないが、魔王が現れる遥か以前より存在している。過去には競技やギャンブルなどに用いられたらしいが、現代においては専ら占いの為のカードとして認知されており、タロットと言えば皆がまず連想するのが占いである。
そしてタロット占いとは、一言で表せばこれからの未来を暗示する占いであった。なお厳密には、二十二枚構成は誤りで、本来タロットは七十八枚構成なのだが、占いで現在おもに使われるのは二十二枚であり、ここではエムブラもそれに準じて残りの五十六枚は用いていない。
「でゅふふ。先生、ぼくは占いはいいんで、そのスカートの隙間の“ダークマター”を覗かせてくれるかな?」
「…………」
「もしくは青少年を激しく悩ませてくれる、そのたわわなムネの間の“デスバレー”でも」
「そんな煩悩にまみれた君には、はい、これ」
「“The Fool”……」
道化師の絵が描かれていた。この「The Fool」とは、自由、可能性といった旨を示すのだが、ここではFoolの額面通り受け取っていいだろう。
先程のThe Loversに盛り上がる女子生徒が、あなたたちを手招きする。
「ジュリアちゃん、ワラビちゃん。先生に占ってもらいなよ」
「ええっ、でも悪いの引いたらどうしよう。怖いなぁ」
「ワラビが気にするタマかよ。センセイ、あたしたちも占ってもらっていいかな?」
「いいわよ。じゃ、まずはワラビさんね。さーて、どんな結果がでるのやら」
エムブラが、カード二十二枚を慣れた手つきで混ぜ合わせる。ワラビは祈っていた。
やがて、混ぜ合わせたカードの束からエムブラが一枚を引き、ワラビに示したカードには、二頭のウマが牽く戦車と、それに乗る精悍な男の絵が描かれていた。
「“The Chariot”。このカードが示す意味は、前進とか行動とかだね」
「えぇー。まあ嬉しいけど、でもできればもっとカワイイカードがよかったな」
「ふふっ、まんまワラビだな」
「なによそれ。ふんっ、どうせ私はイノシシですよーだ」
無骨なデザインのカードに、ワラビはいまいち納得していないようだった。
「じゃセンセイ、次あたしな」
「ふふっ。君は占い好きそうだね」
「なあ、ワラビ、アンタ、どうしよう。あたしドキドキしてきた」
胸を押さえるジュリア。対してカードを落ち着いて混ぜ合わせるエムブラ。
束から引き、エムブラがジュリアに示したカードには、分かりやすい星と、その下で水を汲む女性の絵が描かれていた。
ただし、カードは逆さまだった。
「おおっ、“スター”だって。なあセンセイ、これどういう意味?」
「……水を差すようで悪いんだけど、ごめんね、これ逆位置」
「えっ」
エムブラが苦笑いする。タロット占いには、絵柄に併せて正位置と逆位置という解釈がある。
例外もあるが、簡単に言ってしまえば示されたカードが逆さまだと絵柄本来の示す意味が逆転する。つまり、悪い意味のカードが良くなり、良い意味のカードは悪くなる。
この正位置逆位置があるために、エムブラは占うたび机にカードを広げてシャッフルしているのだ。
「“The Star”の逆。これが暗示する未来は、……失望、幻滅」
「んなあっ」
「ま、でも占いだから。悪い意味を示されたときはね、気を引き締めましょうって意味でもあるの。だからジュリエッタさん、今の成績に慢心せず、もっと頑張りなさい、ってことね」
エムブラの慰めも、今のジュリアには効いていなかった。
「ジュリアちゃん、ごめんね」
「いいよ。どうせあたしなんてこんなもんさ、これがあたしの運命さ……」
二人を誘った女子生徒が、いじけるジュリアに謝った。
こうしてあなたも占ってもらう。二人が受けたのだ、あなたが占いから逃れられる術はない。
「君は……。おおっ」
「えっ、なになにセンセイ」
ヒトの占いが気になるようで、今のエムブラの反応にジュリアがもう食いついた。
切り替えが思ったよりも早い。ワラビも食い入るように見つめ、あなたが示されたカードには、逞しきライオンと、それを飼う青年の絵が正位置で描かれていた。
「“Strength”。このカードが示す意味は、勇気とか信念とかだね」
「あははっ、アンタらしいや」
「ふふっ、よかったねキミ。ぴったりじゃん」
二人に笑われて釈然としないが、悪い意味でもないのであなたは納得することにした。




