day off
休日。本日は学校が休みである――。
「ジュリア、そっち行ったよ!」
「ああ! こんにゃろう、くらいやがれっ!」
仄暗い空間。緩やかに流れる水が、あなたの膝から下を濡らす。
あなたたちが立つここは橋の下の水路。暗渠とも言う。水路の両端にはヒト一人が歩ける幅の歩道があり、そこに立つジュリアが、鎖に付いた錘を敵に命中させた。
あなたたちは休みを利用して戦士会の依頼を受けていた。今日受けた依頼は、水路に棲み付いた生物の駆除である。
カタリナの街には、湖から水を引き込んだ用水路が張り巡らされている。塩湖のクレッセント海だが、水源は北の山より流れる「ルルムフェーリ川」、南東から回り込んで東より流入する「レムレー川」によって成り立っており、海ほどに塩分の濃い水域は南部沿岸に限られていた。
この三日月形の塩湖に流出河川は存在しない。蒸発によって水位は変動する。三日月内の北側にカタリナは位置し、そこから引き込む水は塩気がほぼ感じられず、飲料水に生活排水、灌漑に水車の動力源など、水路を流れる水はカタリナに住む人々の暮らしを潤している。
その水路にはよく生物が棲み付いた。少ないうちはまだよいのだが、大きな生物もしくは生物が群れを成すと水の流れを妨げることが儘あり、そのため戦士会には、水路に棲み付いた生物を駆除してくれ、という依頼が度々寄せられる。
「ワラビ! アンタ! まずい、水から離れろ!」
ジュリアが錘を当てた敵が、水の中にうずくまった。
急いで歩道に上がるあなたとワラビ。間もなくして水底を泳いでいた小魚などが、ぷかりと腹を出して水面に浮く。
敵が水中で「電撃」を放った。あなたたちは歩道に上がっていたから何とか逃れられた。しかし、その威力の強さ。もし水の中にいたら感電し、立つのも儘ならなかっただろう。
「くっ、やっぱりしぶてえなこのカエル。おもりを当てたってのに」
「“ジライヤ”って名前もダテじゃないね」
『ジライヤ』。あなたたちが今戦っている、体内に発電器官を備える巨大なカエルである。
大人しい気性で、ヒトを襲う生物ではないのだが、かなり危険な部類の生物に指定されていた。理由はやはり先にも発した電撃にあり、その威力は凄まじく、ウシやウマなど大型の動物を感電死させた事例まで持っている。
このカエルは水路を好み、水路に大きな卵塊を産み付けて水をよく塞き止めてしまう。それを守る親の本能も強く、このカエル、及び卵の駆除は命懸けの依頼である。
「あっ、跳んだ!」
「張り付きやがった。やりづれえな……」
ワラビが指を上へ指し、ジュリアが天井を見上げて下唇を噛んだ。
急に大きく跳んだカエルが宙で巨躯を反転、なんと天井に張り付いたのだ。このカエルは壁や天井に張り付ける吸盤のような足を持ち、巨躯に反した変幻自在な身の軽さまで持っている。だから東方に伝わる架空の忍者の名が、このカエルには付けられていた。
そして、天井に張り付くカエルが大きな口を開け、長い舌をワラビに向かって伸ばす。これをかわせないワラビではないが、
「えっ、……あっ!」
ワラビが右にかわすのを見越したように、伸ばした舌を左に曲げた。こうして舌が巻きつき、ワラビが捕まってしまった。
「あうぅ……」
発達した太くて長い舌が、ワラビの小さな体を容赦なく絞める。
苦痛に顔を歪めるワラビ。これに、
「このデカガエル、ワラビを放しやがれっ!」
もう一度ジュリアが、鎖の錘をカエルに叩き付けた。
ジュリアは鎖を変えていた。前にアリの匠から頂いた黒い鎖から、鎖の両端に丸い錘を付けた「ボーラ」という武器に変えていた。
ボーラとは、主に東方の民族が使用していた、投げて獲物を絡めとる狩猟武器である。鎖の代わりに紐でもよく、紐と錘があれば即席で作れる手軽さから、戦争でも利用されていたらしい。
その錘がカエルの足に当たった。これにカエルの足が天井から剥がれ、バランスを失ったカエルが天井から落下、ワラビは舌から解放された。
そしてあなたの目の前に落ちたカエル。あなたが盾を前に構える。
あなたも盾を変えていた。「オークシールド」。オークの木を使った重厚な盾で、表面にはおとぎ話でよく現れる、ヒトを喰らうブタ顔の化物・オークの醜い顔が描かれていた。
態勢を立て直したカエルが、あなたに丸い目を向け、目の後ろ辺りから白い液体を噴き出す。
白い液体は毒であり、皮膚に浴びると腫れ上がる他、目に喰らうと失明のおそれもある。だがあなたが、飛び散る白い液体を新しい盾で防ぐ。
「倍返しだぁ!」
この隙にワラビが、後ろからカエルの背を切り裂いた。
すかさずワラビが電撃を恐れて下がるが、カエルはべたりと腹を水路に付け、あなたたちはカエルに勝利した。
ワラビも刀を新しくしている。カタリナの腕利き女鍛冶集団「ヒルデブランド」が作った長刀で、これはヒルデブランドが普段作らない刀を作ってみた所謂試作品なのだが、採算的な問題から生産できない、と廃棄されそうになっていたところを、ワラビが見つけ安く買い取っていた。
切れ味はすこぶる良く、その証拠にカエルの背は真っ二つに割れていた。
「ふう。舌が巻き付いたときはどうしようかと思ったよ。じゃ、わたし解体するね」
「他にカエルいないよな? あたしが卵壊すから、アンタ周りをよく見ててくれ」
ワラビがカエルを解体する。討伐の証拠として「吸盤足」「蟾酥」「発電器官」の三つを剥ぎ取った。
蟾酥は先ほどあなたに発した毒を指し、加工して薬に用いられる。足の肉は食べたことのある者によると、割と美味いらしい。その足と発電器官を――。
――“原罪を背負いし哀れな稚児よ、嘆きの河原に洗われよ”
“恋しき母。石積みし想いを塔に乗せ、回向望む我は渡し守なり”
“急げよ不孝者。鬼と化けし同穴の狢が、逢魔が時に落慶を阻まん”
“偽りの救いよ。凍える辺獄は憎悪の輪舞曲、常しえに争うがいい”――
「――“氷葬”」
ワラビが氷葬にて凍らせた。
このワラビが唱える氷葬だが、極まってきている。彼女は元々水の元素の生成に適性を持つが、それでも最近は凍らせ方に無駄がない。
また、血もほぼ使っていないらしい。以前あなたに向かって彼女は「もう刑事のおじさんより唱えられるよ」と胸を張っていた。
ワラビの氷葬が極まった理由。それは、呪文を変えたことによる。
前述したが呪文は、魔導書の物語を読み解いて自身で作成する。始めは詩作しても思うように発動しないが、一度発動すれば後は同じ文言で唱えられる。
しかし、それが果たして最適とは限らない。ひょっとしたらもっと自分に合った呪文があるかもしれないのだ。そうして呪文を作り直し、試行錯誤を重ねて魔法は磨かれる。以前司直の刑事が言っていた「無駄なく効率の良い最適な元素の組み合わせ方」とは、この呪文の推敲を指していた。
それでワラビは、宣言以外の二句目から四句目を改良し、氷葬の魔法を更なる高みへと昇華した。
「……ふう。しっかしでっけえ卵だな」
水路を詰まらせていた卵塊をジュリアが流した。卵は一粒一粒がボールのように大きく、きっと幼体もびっくりするくらい大きいのだろう。
死骸を処理し、凍らせた足と発電器官を保冷効果のあるカバンに入れ、あなたたちが橋の下から出る。すると、
「あっ、“ムラート”さん」
暗渠から上がった先には、精悍な面構えをした中年の男がおり、その男にジュリアが声を掛けた。
「おうジュリア。橋の下で何してたんだ? いい歳してかくれんぼか? ハハハッ」
「何って依頼だよ。あたしたちジライヤ倒したんだぜ」
「なにっ、あの危ねえカエル倒したのか。ちょっと前までヒヨッコだと思っていたのに、いやはや、時が経つってのは早いもんだ」
褒められて「へへっ」とジュリアが照れ笑いする。この口に釘を咥えた陽気な感じの男、街の戦士で「ムラート」と言う。
顔付きこそ勇ましいが、外見は戦士というよりは大工のおっちゃん、といった感じの男である。短い黒髪に、もみ上げから伸びた顎鬚を生やし、長袖シャツにワタリの太いズボンを履いている。しかも腹巻まで巻いている。
現に本職は大工であった。口に釘を咥えているのがこの男の癖である。ジュリアとは子供の頃からの顔なじみで、あなたとワラビもこの街の戦士会が営む酒場で顔を合わせて知っていた。
ただ、今日は腰に剣を提げていた。他にもオパールが埋め込まれた腕輪を身に付け、戦士として働いていた模様。オパールは造血能力を促し、宝石を身に着けられる戦士ということは、それだけで腕が立つ証拠である。
「なあムラートさん。あんた怪我したのかよ」
「ん? ……ああ、ちっとヘマこいちまってな。ハハハッ、歳には勝てねえな」
中年の男ことムラートは、左腕に包帯を巻いていた。
「らしくないじゃんか。カタリナ一の戦士のあんたが」
「へっ、こんな怪我どうってことねえ。いつか娘が結婚する時のために、俺は金を貯めなくちゃならねえんだ」
ムラートには年頃の娘がいる。一度あなたは、その娘が父親に弁当を届けに来たところを見た事があった。
外見は良くもなければ悪くもなく、取り立てて言うこともなかった。ただ、父親想いの気立ての良い女性、といった印象をあなたは受けていた。
このムラートという男、剣士としては実に型破りな戦い方をする。これはあなたがジュリアから聞いた話になるが、何でも三年ほど前、あなたによく似たスタイルの、剣と盾を得物とする戦士がこの街に現れたらしい。
その者は腕が立ったが、何しろ乱暴な人物だった。街のヒトに幾度となく暴力を働き、これを見兼ねたムラートが「負けたら出て行け」と決闘を申し込んだそうだ。
剣の腕では明らかにムラートの分が悪かった。だがムラートは、何とか鍔迫り合いまで持ち込んだ後、本職の大工道具であるノコギリを取り出し、器用にも片手で相手の盾を裂きにかかった。
相手が驚いた隙に一撃を打ち込んだ。それから「汚えぞ」と掴みかかる相手を、素手でぶちのめしたらしい。このようにムラートは、勝つ為には手段を選ばない悪く言えば卑怯な剣士であった。
断っておくが、ムラートは義侠心から決闘を挑んでいる。乱暴者を街から追い出し、そんな経緯あって「カタリナ一の戦士」とジュリアが褒め、街のヒトから慕われていた。
「それじゃあな」
ムラートが踵を返し、その後ろ姿にあなたたちが心配する。
「あの腕で依頼受けたりして、大丈夫なのかな」
「頑固なヒトだからなぁ、あたしたちが言ったところで聞かないよ。ま、あのヒトのことだから大丈夫だと思うけど」




