その女、成人につき
ジュリアの実家に下宿し、試験を無事突破したあなたたちは、晴れて魔法学校に入学した。
そして、――話は冒頭に戻る。双子の月を迎え、今日もあなたたちは学校に通い、教室で授業を受けていた。
しかし、あなたたちが入学してから約五ヶ月の間。魔法学校で何を学んだのか掻い摘んで振り返りたいとする。
まずあなたは、体に印を刻まれた。
魔法を唱えるためには、「魔道印」と呼ばれる印を体に刻み付ける必要がある。これはタトゥー、東方の言葉を借りれば「刺青」の一種であり、この印こそが魔法を使える者の証となる。
そもそも魔法とは誰でも唱えて良い物ではない。魔法の中にはヒトを殺傷できるもの、人体に強い影響をもたらすものが存在する。魔導書の複製が高額な理由は魔法の乱用を防ぐための措置でもある。
魔道印とは、いわば魔法を使う為の免許であり、これはワラビ曰く東でも共通のようであった。あなたは入学して早々、まずはこの特殊な墨を用いた印を体に刻むこととなった。
しかしあなたは、ワラビとジュリアの魔道印を、共に旅をしておきながら見かけたことがなかった。
他にあなたの前で魔法を使った人物は、司直の刑事であるクライブとゼク三兄妹長男のスレイマンだが、いずれにしろあなたはこの印について知らなかった。
魔道印についてあなたが二人に尋ねると、どうやら変なヒトと思われるのを防ぐ為に、大抵のヒトは目立たぬ所に刻むらしい。確かに罪を犯した者に墨を入れる風習も国によってはあり、そうでなくても体にタトゥーを刻む行為を白眼視するヒトもいる。
あなたが知らなかったように、魔道印については世間一般に広く知れ渡っていない。それを踏まえてあなたは、二人に魔道印を見せるよう頼んだ。すると二人は、一旦見合わせてから顔を赤らめ、「恥ずかしいから来て」と言ってあなたを人気のない所へ連れて行った。
そして、ワラビは胸を押さえながら左肩をはだけさせ、左胸に刻んだ東で言う「勾玉」に似た印を、恥ずかしがりながらあなたに見せた。またジュリアは、ハーフパンツの右裾をきわどいところまでたくし上げ、右の内腿に刻んだ東方の花「サクラ」の花弁の印を、同じく恥ずかしがりながらあなたに見せた。
意匠は何でも良いとのことだった。この二人を参考に、あなたも思った意匠の魔道印を体に刻んだ。
それからあなたは、元素と呪文について学んだ。
まず元素。ここで言う元素とは、今までも説明した四大を始めとする魔法の基礎である。誰もが生み出せる素質は持っており、これを適切に組み合わせることで魔法は発動する。
十一種類存在した。一つ一つ説明すると、まずは『火』。「サラマンダー」とも呼ばれるこの元素は、その字が示す通り火、または熱や燃焼などといった燃やす事象に関連する。
他の四大として次は『水』。「ウンディーネ」と呼ばれ、冷やす事象や液体に関連する。『風』の元素は「シルフ」と呼ばれ、気温や空気中の物質に係わり、『土』の元素は「グノーム」と呼ばれ、石や金属など形ある物質に係わる。
以上が古くから知られている四大元素である。元々は精霊やエレメンタルなどと呼ばれていたが、魔道士が世に現れてからは神秘的な要素を魔法から排するために一貫して元素と呼ばれている。
他の元素としては『愛』。「エル」と呼ばれ、献身や慈しみといった利他的な要素、あるいは増える事象に作用する。
続いて愛と対を成す元素が『邪』。おとぎ話に現れる邪悪な精霊「ガブリン」の名で呼ばれ、利己的な要素や他を貶める要素、また、変質に関わる。
ジュリアが得意とする元素が『命』。「プシュケー」と呼ばれ、生命や治療に関連する。『力』の元素はそのまま「パワー」と呼ばれ、単純に生物が持つ力、あるいは存在すること自体に作用する。
そして『業』。「カルマ」と呼ばれ、運命や因果といった要素を司る。ここまでが、魔道士が生前に提唱した九つの元素となる。
残りの「界」と「空」は、魔道士の死後に定義された元素である。
まずは『界』。「マンダラ」と呼ばれ、構造や秩序といった世界のルールめいた要素が関連する。ある意味で他の元素を包括した元素であるため、魔道士も見つけられなかったのだろうと推測されている。
最後の『空』は「ボイド」と呼ばれ、空虚や無、つまり無いことを司る。有ることが前提の元素で、無いという逆転の要素は異彩を放っていた。
空の元素は、およそ百二十年前に発見された元素と、他の元素に比べると歴史が浅い。その特異性もあって生み出し難い元素であり、これを満足に顕現できる者は非常に少なく、ワラビとジュリアもこの元素については苦手としていた。
そして呪文。今までワラビやジュリアが唱えていた、魔法を発動する前の口上である。
口から発することで体に宿る元素が反応する。しかし呪文は、前述した魔導書に書かれているわけではなく、自ら考えて作るものであった。
魔導書にはある人物を主観とした物語が綴られていた。この物語を自分なりに解釈し、呪文を創作する。
どうして決まった文言ではないのか。決まった文言であれば覚えるだけなので習得も容易だろう。だが、一人ひとりの体に宿る元素にそうもいかない理由があり、元素の生成は、この属性が上手ければこの属性は下手などと、各個人に得手不得手がある。
以前に元素単体では魔法が成り立たないこと、呪文の各句で魔法に必要な要素を生成していることは説明した。もう一度ワラビの火神を例にすると、火神には火の他に風、土、力の元素が使われ、まず一句目の「輝く光よ、今こそ、其の貪欲を示せ」。これは「宣言」と呼ばれる句になる。
二句目からが重要で、二句目の「親を喰え森を喰え、心を喰え妻を食え。満ちるまで省みず灰と化せ」。ここで空気を作るために火の元素と風の元素を生み出し、三句目の「此処に供えるは牡牛の脂。怠惰で愚か、弾ける汚汁は七つの舌を唸らさん」は燃焼物を作るために火と土の元素を生み出している。そして締めの句の「浄化せよ。清め革もうは罪なる生、彷徨える闇に限りなき光を」で熱を生むために火と力の元素を生成していた。
このように火神一つをとっても複数の元素が絡み合っていた。したがって呪文は魔法ごとに決まっている訳でなく、詠唱者自身が適性に沿って考える必要がある。
宣言は、唯一魔導書に記された共通の句であり、これは魔法の行使にあたって必ず唱えなければならない。以前ゼク三兄妹長男のスレイマンが唱えた火神の呪文が、ワラビの呪文と異なるのはこういった理屈があった。
それにしても魔道士という人物、実に厄介な物を残した。あなたは学校に入学し、初めて魔導書に触れてみたが、書かれていた内容はとても理解できるものではなかった。
魔導書は、ともかく抽象的な表現で構成されていた。適当にめくれば何を表しているのか分からない紋様が描かれており、それに続く文章も、遥か昔に使われていたと言われる独特且つ難解な言語を用いていた。
しかし、この言語への理解こそが、ヒトの体に宿る元素を活発にするらしい。かつて原文ままと翻訳された物で習得した魔法を比べた実験を行ったらしいが、翻訳された物では元素すら生み出すことも覚束ないとの結果を得ている。
まずは魔導書に用いられている言語への理解が急務であった。あなたはこの五ヶ月間で、魔法学者が提唱する十一の元素と、魔導書に使われている言語について学んだ。
こうした勉学に励む日々をひたすら過ごし、昼も過ぎたこの日、最後の授業。
授業の科目は「魔法生理学」で、いつもの女教師が、黒板に字を書く筆記用具・チョークを持ちながら、
「ではおさらいね。男性は精通を迎える頃、女性は初潮を迎える頃になると、ヒトは元素を生み出せるようになります。ここテストにきっと出すから、みんな、よく覚えておいてね」
教室で生徒一同に向かって熱弁を振るっていた。
魔法は、子供が行使することはできない。思春期を迎えるまでは元素を生み出せないのだ。
元素の生成には、生殖器官の発達と深く係わっているらしい。そんな話を大人な女教師は、この授業で淡々と生徒一同に説明した。
ちなみに、魔法を学術的に説明すると、血と引き換えに生み出した物質を組成し、目か体で確認出来るまで拡大した現象を「魔法」と呼ぶ。火神で生成する熱、空気、燃焼物に関しては魔法として定義されておらず、魔法になる前の物質や現象を作り出すことは「詠現」と呼ぶ。
「では一つ問題。今までの授業で、魔法は体内の血を引き換えに唱えるものだと説明したけど、実はね、ある条件を満たすと、魔法に使う血の量を減らすことができるの。みんな、この条件って何だと思う?」
くどいようだが、魔法は血を消費して行使するもの。だが、ある条件を満たすと魔法に使う血液量を抑えることができる。その条件を女教師が訊いた。
顔を見合わせる生徒一同。みな分からないようである。しかしジュリアが、
「センセー。テンション上がったときですよね?」
何をいまさら、といった表情で女教師に答えを述べた。
「うん、正解。と言いたいところなんだけど、ジュリエッタさん、きみ校長先生の娘さんで、もう魔法が使えるんだよね? 君が答えちゃあボクがみんなに問題出した意味がないと思うんだけど」
「へへっ、ごめんなセンセー」
「ワラビさんもそうだけど、なんで今年は既に魔法を使える子が二人も入学してきているのよ。もうボクの代わりにみんなに教えなよ。ボクさぼってるからさ」
溜め息を吐く女教師。ワラビとジュリアが申し訳なさそうに苦笑した。
「……そうです。詳しい原因は解明されていませんが、ヒトは興奮状態にあると、魔法を普段より少ない血の量で唱えることができるのです。まあこれは戦士とか兵隊さんでもない限りそういった場面に出くわすことがほぼ無いと思うけど、一応予備知識としてみんな覚えておいてね」
魔法は、気持ちが昂ると普段より少ない血の量で唱えることができる。この事はあなたも知っていた。
ワラビとジュリアがこれを何度か体験した覚えがあるらしい。あなたはこの話を二人からしばしば聞いていた。
そして、チョークを置いた女教師が、翻って「パンッ」と手を叩く。
栗毛色の髪がふわっと揺れた。生徒一同の注目を確認したところで、女教師が穏やかな笑みを浮かべて教え子を労う。
「みんな、お疲れ様。では君たちには明日から、本格的に魔法を覚えてもらいます」
いよいよ始まる。あなたが覚えたいと願った、魔法の習得。
あなたは比較的成績は優秀な方だった。女教師が出した課題をそつなくこなし、魔導書に使われている言語をある程度は読めるくらいの知識を備えていた。
準備は万全だ。さて、いま教卓の前に立つ、大人の女性ながらも幼さを感じさせる教師が、何を言うのだろうかとあなたが身構えると、
「まずみんなに覚えてもらうのは、初歩の方位魔法“太乙”です。各自、予習しておくように。では鐘にはちょっと早いけど、今日はここまで」
こうして敬礼の後に鐘が鳴り、本日の授業が全て終わった。
終礼も終えて放課後の時間。特に予定はなく、あなたたち三人が揃って帰路に着いている。
隣を歩くジュリアが、あなたを励ます。
「簡単な魔法だから、アンタなら直ぐに覚えられるさ」
「でもジュリア、最近太乙って唱えた? やばい、私わすれてるかも」
「そう言われればあたしも唱えたことないな。後で久々に唱えてみようかな」
課題の魔法である「太乙」とは、方角の「北」を感知する魔法で、ワラビとジュリアは既に覚えていた。
主な用途としてはコンパスの代わりとして用いられる。ただし、コンパスを持っていれば事が足り、それ以外にあまり使い道がないため、二人がこの魔法をあなたの前で唱えたことはなかった。
血はほぼ使わないらしい。人体への影響も少なく、そういった意味で太乙は、魔法を志す者にとって初歩の魔法として嗜まれていた。
「なあ二人とも。母さんから聞いたんだけどさ、あのセンセイって見かけによらず、けっこう謎が多いんだって」
よく話が脱線する女教師の話を、ジュリアが切り出した。
「“エムブラ”先生の話? ちょっと変わってるけど、カワイイよね。スタイルもいいし」
「あの胸スゲーよな。先生や女将さんといい勝負だ。って違う違う、あの見た目のくせに母さんが舌巻くくらい魔法について詳しいんだって」
「へえー。おばさんが舌巻くって言ったらすごいね」
「それでいて学校に在籍していた経歴がないんだってさ」
「えっ、でも私も魔法使えるよ? 魔法学校出てないけど」
「だからおかしいんだよ。あのヒト東のヒトには見えないじゃないか。誰から魔法を習ったのか、母さん首を傾げてたよ」
あなたたちの担任を勤めるショートヘアの女教師。名を「エムブラ」と言う。
生徒、とりわけ男子から人気が高い。以前も述べたが、豊満な胸を持ち、くびれた腰に形の良い尻。それでいて顔は、目がパッチリとして可愛らしかった。
彼女は薄手のニットにタイトなスカートを好んだ。よってボディラインはいつも強調されており、あどけない顔に反した大きな胸と、ぴちっとした膝上丈の靴下に覆われた細長い脚が、男子生徒を魅了して止まなかった。
その他、左目の真下にあるホクロが印象深い。よく男に言い寄られている姿を見かけるが、交際相手は今いないらしい。
余談だが、ジュリアにとって「先生」はシンシアのみを指し、エムブラは「センセー」もしくは「センセイ」と、目上の者であることに変わりはないが少し友達感覚でいる。
「あっ、あとな、ハインツ兄さんがあのセンセーに惚れてんだってよ」
ハインツが、エムブラに惚れている。言っては悪いため本人の前では言っていないが、ハインツはお世辞にも容姿が良くない。悪い人物ではないのだが。
聞いたワラビが「うーん、無理なんじゃないかな」と言い、ジュリアが「うん、無理だな」と返した。




