それは魅惑の誘い
ジュリアの実家に訪れた日の夜。それはそれは豪華な晩餐会が開かれた。
ジュリアの誕生日はもう過ぎているが、それを祝った大きなケーキを始めとして、オーブンで蒸し焼きにした脂の滴るローストビーフに、塩コショウで味を調えた後に小麦粉を塗してバターで焼いたスズキ、トマトと水とオリーブオイルで煮込んだガーリックの匂いを漂わせるタイに、アワビのバター焼きなどが所狭しと並べられていた。
魚介はいずれもクレッセント海で採れた活きの良い代物である。スズキの調理法は「ムニエル」、タイは「アクアパッツァ」と言われ、いずれの品々が放つ香ばしい匂いにあなたたちの食欲がそそられる。
また、ここ西方では珍しい物も置かれていた。それは、ウメの実を塩に漬けた後に日干しにした、東方発祥の保存食「梅干」である。どうやらジュリアはこれが好物なようで、ワラビもこれを見て故郷を懐かしがっていた。
家に仕える使用人をフル稼働しての盛大なパーティーだった。「ここまでしなくていいのに」とジュリアは言ったが、母親クレオは聞く耳を持たなかった。
その他、サラダなど青物も並べられており、クレオはジュリアにしつこく「野菜も食べなさい」と取り分けては渡し、ジュリアは嫌がっていた。
「初めまして。この街で病院を営む“ルーカス”と申します。妹がお世話になっています」
「おお、君達がジュリエッタの。知っての通りわがままで甘えん坊な娘だが、ジュリエッタをよろしく頼むよ。ハッハッハ」
このとき、あなたとワラビはジュリアの家の長男、及びジュリアの父親にも会っていた。
長男は名を「ルーカス」と言い、魔法を使った治療が評判の医者であった。父親は名を「オドネル」と言い、この街の役所に勤めていた。
この長男が結婚して家を出たため、ハインツは三男ながらも跡取りとなっている。どちらも色白の金髪で、長男はハインツと違って悪くない顔立ちをしていた。それと父親は、ちょび髭に肥えた腹が目立つ、とても柔和そうな人物であった。
その他、この場にはいなかったが、ジュリアにはルーカスとハインツの他、ジュリアが戦士を目指すきっかけとなった他国で暮らす戦士の次男がいるらしい。
「おばさん、ジュリアって小さい頃どんな子だったんですか?」
ワラビがローストビーフを頬張りながらクレオに尋ねた。
「ふふっ、それはもう元気が有り過ぎて困ったくらいなのよ。目を離すと直ぐに一人でどこか行っちゃうし。でもそのクセに泣き虫でね、迷子になっては泣き、イヌに追いかけられては泣き。本当、苦労したわ」
「か、母さん」
己の恥をさらされたくないジュリアが止めるが、傾けるワイングラスの酔いもあってクレオは上機嫌に話した。
だが、あなたは腑に落ちなかった。戦士も旅も非常に危険である。可愛い娘が戦士になること、それと旅に出ることを止めなかった訳を、あなたが訊く。
「私も止めたのです。でも、戦士会で働く次男の影響もあってか、この子は“ママの世話にならなくても一人で生きていけるようになりたい”って聞かなくて。ともかく自立したかったようで」
「……あれ? ねえキミ、おかしくない? ジュリアから聞いてた話となーんか違うような」
ワラビの異見にあなたが頷いた。確か、ジュリアの旅の目的は――。
「お、おいワラビ」
「ワラビさん。ジュリエッタは何と言っていたのですか?」
「未来のお婿さんを捜すからって」
「ワラビ! それを」
「まあジュリエッタ! あなたはそういえば昔から絵本を見ては王子様に憧れてましたね! ワラビさん、私のジュリエッタは、その婿とやらをもう見つけてしまったのですか!?」
クレオがものすごい剣幕で、娘の声を遮ってまでワラビに問い詰めた。
対してワラビは、しどろもどろと焦った様子で答える。
「あ、ええと、う、ううん。まだです」
「ああ、よかった。ジュリエッタ、そんなの捜さなくてよろしい! 私が良い相手を見つけてきますから」
「ああもう! 母さんのそういうところが嫌だからあたしは旅に出たんだ! 結婚する相手くらい自分で決めさせてくれ!」
この後も、「あーだこーだ」と娘と母が口喧嘩をし、そうしてこの議題は決着が付かぬまま夜は更けていった。
***
一年は、「山羊」の月より始まる。山羊の次は「水瓶」、「魚」、「牡羊」。「牡牛」「双子」「蟹」「獅子」に、「乙女」「天秤」「蠍」を経て、一年は「射手」にて終わる。
これら夜空に浮かぶ星座は、各星座が位置する空の前を、太陽が一年の決まった時期に通過することから、一年を十二に分けた区切り、すなわち「月」として表されていた。
月は一度満ち欠けして一月である。ちなみに、ワラビの故郷である東では暦が異なり、射手から山羊にかけての期間を「睦月」、双子から蟹にかけての期間を「文月」などと呼ぶらしい。
その、「射手の月」に入って直ぐの日。晩餐会の翌日であるが、あなたはカタリナの魔法学校を見に行った。
ちょうど「ブレザー」と呼ばれる制服を着た複数の男子が、校門から出て行った。
一年は、山羊の月より始まることは前述したが、年度も山羊の月より始まる。すなわち、学校は山羊の月より始まり、会計も山羊の月より数えられる。
魔法学校の正式な名称は「国立魔導学院」。西方で唯一の魔法を学ぶ教育機関であリ、教育の位置付けとしては高等教育にあたる。田舎では教会などで学ぶ初等教育を経て、それから中等教育を修学した者が入学試験を受けられる資格を持つ。
別に使えなくても困るものではないため、一般から魔法学校に入学する者は少ない。だが、遥か昔は奇跡と信じられていた力だ。修道士や僧侶など、神職を目指す者に入学者は多いと聞く。
また、素封家の令嬢や、歴とした家柄の才媛にも入学者は多いと聞いた。魔法は知識や感性を力に変換する一面を持っている。よって力のない婦女子が、いざという時に己の身を守るため、または己の力を誇示するために、魔法を嗜みとして覚えるらしい。
その他、ジュリアの兄のルーカスのように魔法を仕事に役立てるべく入学する者がいれば、魔法を野外で活動するための一つの術として軍人や冒険家なども入学するらしい。軍人は先述したザイオニアからの特待生が殆どである。
あなたが、いつかワラビが火神を唱え、ゴーストを軽く退治した姿を思い出す。
あの姿を見てからあなたは、常々自分にも魔法を使えれば、と感じていた。倒せない敵がいるというのは厄介である。心に棲み付いた苦手意識をどうにかして払拭したい。
しかし、中等教育は既に経ているあなただが、その知識となると怪しい。旅に出て学業から遠ざかっており、また、入学する為の貯蓄もなく、ついあなたが、魔法が使えれば、といった旨の言葉を洩らした。
「へえアンタ、魔法が使えるようになりたいんだ。母さんに聞いてみよっか?」
共にいるジュリアがあなたに言った。
あなたが振り返る。そして、魔法が使えるようになりたい、と訊いたジュリアにあなたが頷くと、
「じゃあ母さんに学校通えるか掛け合ってみるよ。まあ時期が時期だし、あんまり期待しないでな」
苦笑するようにはにかんで、ジュリアが一足先に家へ帰って行った。
無茶振りもいいところだ。入学まであと一月もない。入学の応募などとっくに締め切っているだろう。
いくらジュリアが校長の娘といえ、これは無理だろう。あなたは期待していなかった。しかし、カタリナの街をぶらぶらと回り、あなたがジュリアの家に戻ると、
「アンタ! 母さん学校通っていいってよ! いやあ、アタシも驚きだぜ、絶対無理だと思ってたのに」
待っていたジュリアがあなたに駆け寄り、手を取ってはしゃいだ。
「入学金も要らないってさ! あたしも通うからさ、一緒に行こうぜ!」
こんなに上手く事が運んでいいのだろうか。あなたが自分の運の良さを恐ろしく感じる。
だがジュリアだ。彼女は頼られると、何としてでもどうにかしよう、などと考える。強く掛け合ってくれたのだろう。
そして、真に恐るべきは母親クレオだ。可愛い娘を少しでも繋ぎ置く為に、このような措置を採ったに違いない。学校の私物化とも言えるその強権、甚だ恐ろしい権力者である。
しかし、するとワラビだ。旅の途中であるワラビは、既に魔法を使え、学校に行っている暇などないだろう。
庭で剣の修練をするワラビの元へ、ジュリアとあなたが向かう。
「ワラビ。おまえも学校行くよな?」
「えっ、行きたい! 絶対に行きたい!」
意外とあっさり、ワラビも学校に行くことが決まった。
あなたよりもジュリアの方がワラビを分かっていた。しかし、「学校行くよな?」の一言だけで分かり合える仲もすごい。さすがは親友、いや、心の友と書いて「心友」である。
あなたがワラビに、終末はいいのかと問うと、
「うーん、まあまだ三年あるしさ、今まで何も手掛かりも得られてないし、あまり焦って動いても何も見つからない気がするんだよね。それにここミネルバの首都じゃん? ヒトがいる分、それだけ話もたくさん聴けると思うんだ」
と汗を拭きながら笑ってあなたに答えた。
「それにね。西の方に伝わる歴史も知りたいの。うちのご先祖様はともかく、仲間の剣士に姫君に魔道士をもっと知りたいし。あと、新しい魔法も覚えたいし、それにあのブレザーって言うの? アレすごく着てみたいの。だってちょーカワイイだもん」
何気ない一言で入学が決まった。本当に良いのだろうか。
この急展開を俄かに信じられずにいるあなたが、真意をジュリアに尋ねると、
「そんなの決まってるじゃんか。アンタとワラビと、一緒に学校行きたいんだよ」
と答えてから、
「でも母さん入学試験はやるって言ってたな。ま、あたしに任せな。こう見えてあたしさ、中々アタマ良いんだぜ。テストで満点よくとってたし。だからこの秀才のあたしが、さっそく今日の夜からアンタとワラビをしごいてやる。ビシビシいくから覚悟しとけよ。ふふっ」
実に意地の悪い笑顔をあなたに浮かべた。




