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悪魔との再会

「さ、さあ。早く入ってくれ」


 ジュリアに背を押されたあなたとワラビが、豪邸の敷地内に入った。

 そして、先を行くジュリアが邸の扉を開ける。中に入れば、エントランスは見渡す限りに広く、床に敷かれた紅色の(じゅう)(たん)があなたたちを歓迎した。

 板がなければ土も(れん)()もなかった。信じられぬことにオブジェを除く一面がマーブル、つまり斑紋を持つ石灰石である。磨かれて反射する光が、高級感と気品の良さを匂わせる。

 正面には、これまたマーブルで造られたガーゴイルの彫刻が台座に座っており、吹き抜けになった天井には巨大なシャンデリアが鎖に()るされている。二階へ通じる階段の()(すり)すら、ピカピカと気高く輝いている。


「ただいまー。……ああ、よかった。誰もいないみたいだ」


 なぜかジュリアが、返事のないことを確認してほっと息を吐く。だが、

「ジュリエッタ! お前いつ帰ってきたんだ!?」

 ジュリアの声に青年が、慌てふためいた様子で階段を駆け下りて来た。

 金髪を短く刈り込んだ色白の青年は、ワイシャツの上にベストを羽織った楽な格好をし、ビリヤードで玉を突く棒、つまりキューを担いでいた。


「……はは。“ハインツ”兄さん、た、ただいま」

「うっ、お前汚いな」

「なんだよ汚いって。帰ってくるなりそれかよ」

「それはどうでもいい。お前いつ帰って来た?」

「いまさっき」

「母さんには会ったか? お前が帰ってきたと知れば母さんすごく喜ぶぞ」

「ダメだ兄さん! あたしから言うから母さんには知らせないで! あたしの仲間を」


 ジュリアが、あなたとワラビにちらりと視線を向ける。


「今日は連れて来てるからさ」

「……フッ、なるほどな。しかし母さんには関係ないと思うがな」


 このあと青年は、旅装で汚れたジュリアを避けながら、あなたとワラビに挨拶を済ませてこの場を後にした。

 彼の名前は「ハインツ」と言い、ジュリアの兄である。ジュリアとは八つ(とし)が離れ、魔法学校に勤めているそうだ。

 成りだけ見る限りは爽やかな青年である。が、残念なことに骨ばった顔のあばた面で、あまり容姿が良くなかった。あとビリヤードが趣味らしい。言われるまでもなく分かったことであるが。


「ハインツ兄さんめ。妹にきたねーとか言いやがって。だからモテないんだよ。……うん? アンタどうした?」


 あなたは、正面の台座に座ったガーゴイルの像を見ており、

「……いつかの廃墟を思い出すね」

 ワラビもあの石像を思い返して(つぶや)く。

 あなたとワラビは、シュラク東の廃墟にてガーゴイルと戦った。だが、元々ガーゴイル像という物は、魔を(もっ)て魔を制する、といった具合な魔除けの風習である。あれは飽くまで例外であり、普通なら石像がヒトを襲うなんてありえない。

 あなたが、ジュリアと出会う前にガーゴイル像と戦った事を話し、それを聞いたジュリアが、

「へえ。そりゃ嫌なモン思い出すわ。あたしもさ、小さい頃この像が怖くてよく“わんわん”泣いてたよ、ふふっ」

 白い八重歯を見せながら、あなたとワラビに幼少期の思い出を話した、――ときだった。


「ジュリエッタ!」


 女性の驚く声が後ろから響き、それにあなたたちが振り向くと、年老いた婦人が目を大きく開いてジュリアを見つめていた。

 すかさず婦人が、瞳を潤ませながらジュリアに駆ける。そして、ジュリアを抱き締める。


「マ、……母さん」

「よかった! クロロの教会以来ねえ! ずっとずっと心配してたのよ!」

「ちょ、ちょっと母さん、仲間が来てるんだから、よ、よしてよ」


 恥ずかしがり「放して」と言うジュリアの言葉も聞かず、婦人はきつくきつくジュリアを抱き締めていた。

 婦人は白髪を後ろで丸く結び、細長くやや顎の出た輪郭、眼鏡を掛けた目尻や口元には深い(しわ)を刻んでいた。

 この灰がかった青色のドレスをまとう婦人がジュリアの母親だろう。もう五十は超えているだろうか。ある程度の歳になってジュリアを産んだことが察せられる。故に、ジュリアが可愛くて仕方がないのだろう。

 ジュリアはよく手紙をしたため送っていた。あなたは中身を見た事がないが、この母親に近況を知らせていたことが推測できる。また、クロロの教会とはシンシアのことだろう。確かシンシアは、ジュリアに親御さんが云々(うんぬん)と、あなたが初めて教会を訪れた日に言っていた。


「ねえキミ。ジュリア、いま“ママ”って言おうとしたよね」


 ワラビがあなたに耳打ちをした。


「か、母さん」

「あらジュリエッタ、ママのこと“母さん”って呼ぶことのしたの? そうよねぇ、もう十七だものねぇ」

「そうじゃないけど、母さん、恥ずかしいよ……」


 母親は兄が避けた旅装も関係なかった。ジュリアのほっぺにデコと、それはもうひたすらキスしまくっていた。

 ゼク家の母親も顔負けである。そして、ジュリアの汗や匂いを一(しき)り味わって満足したのか、ようやく母親がジュリアを解放した。

 ジュリアは母親に愛される自身の姿をあなたとワラビに見られ、顔どころか耳まで()で上がったタコみたいに赤くしていた。そんなジュリアだから息を吸っては呑み込み、脈打つ鼓動を抑えながらあなたとワラビを紹介する。


「ね、ねえ母さん。この二人は手紙にも書いたあたしの仲間で友達。泊めていい?」

「友達。……ふふっ、可愛らしいお嬢さんねえ。出身は東?」

「はい。ワラビって言います」

「母さん。ワラビはあたしと同じ歳で、一番の友達なんだ」


 一番の友達、と聞いて母親が口元を綻ばせた。娘が友達と誇って言える存在を得た事がとても(うれ)しいのだろう。

 母親がにこやかに了承する。可愛い娘に「友達」とせがまれては、如何(いか)なる理由があろうとも断れないものだ。

 しかし、問題はあなただ。あなたは、このように軽くは通らない。


「……貴方(あなた)は? 見たところ、かなりお強そうな方ですが」


 あなたが自己紹介をする。だが、あなたは心の中で焦っていた。

 険しい顔を向けるジュリアの母親。娘を抱いたときとは一転し、氷の瞳であなたを見つめていた。

 ジュリアの母親は、ともかく潔癖かつ「お堅い」印象で、見ず知らずの他人にはとても厳しそう。ワラビは幼い見た目もあって打ち解けられたが、あなたは明らかに異物である。

 剣や武の臭いなどここにはそぐわない。きっとジュリアに付きまとう悪い虫と思っているのだろう。あなたは、追い出されるんじゃないだろうかと恐れていた。だがジュリアが、

「母さん。このヒトは、あたしとワラビの騎士(ナイト)だ。今までいっぱいあたしたちを守ってくれたんだ」

 と、あなたが(おも)()ゆくなるような弁護をした。


「このヒトは、すごく真面目で誠実だ。母さん、あたしが保証する」

「……そうでしたか、失礼しました。今までジュリエッタを守ってくださり、ありがとうございます」


 折れたのか母親が、深く頭を下げた。これを見てあなたも頭を下げる。

 そして、母親が面を上げる。しかしその表情は眉間に皺が寄っており、まだまだ納得していない模様。

 母親が、一度愛しい我が子を見て機嫌を直し、あなたとワラビに自己紹介をする。


「私はジュリエッタの母で“クレオ”と申します。カタリナの魔法学校は存じていらっしゃると思いますが、そこの校長を務めております」


 魔法学校の校長。あなたがこれを聞き、この豪邸もジュリアが魔法に詳しかったのも全て合点がいった。

 魔法学校は、一つの家が連綿と長を務め、その家の祖を辿(たど)ると、やがて創立者の魔道士・ダビデに行き着く。

 魔道士という人物、勇者の仲間であり、魔王を打倒した英雄の一人として数えられているが、一方で守銭奴、金の亡者という生臭い評もある。その理由は、それまで選ばれし者のみが成せる奇跡と信じられていた魔法を、一般に普及させたことによって莫大(ばくだい)な富を得たからだ。

 魔道士が作製した魔導書。魔道士がこれを造ってからおよそ五十年くらいの間、これを所有することは一種のステータスとなっていた頃があった。魔道士は、魔法が奇跡ではないと否定したが、それでも奇跡という印象は遥か昔から根付いているだけあって拭えず、当時の素封家や権力者たちは、神やこの世の真理に一歩近付けると思い込み、この書物をこぞって追い求めた。

 したがって魔導書は、非常に高額な値で取り引きされたと聞く。そして、この事を知った魔道士は更に値を釣り上げ、それこそ町を一つ丸ごと買えるのではないかという値段で魔導書を売った。

 模倣品に対してもぬかりはなかった。魔道士は共に戦った仲間であるザイオニアの王、剣士・ヒートラに呼びかけ、許可なき魔導書の複製を法によって禁じた。


 現在、魔道士が書いた各魔導書の原本は、文化遺産としてミネルバが厳重に保管している。しかし、権利は(いま)だ魔道士、及び魔道士の遺産を継いだ家に帰属しており、つまり四百年経った今でも、魔道士に連なる家の者がミネルバから貸付料を収得していた。

 さらに魔導書が複製される度、その料金も得ていた。もっとも、複製料のある程度はミネルバが収得しているわけだが、それでも複製料は一般の人々には手が届かないほど高額で、その(もう)けは相当なものだろう。

 また、魔法学校に関しても(いわ)くがある。この施設、ミネルバの他、隣国・ザイオニアが共同で運営している。

 一つの教育機関に対し、国を(また)いだ運営体制を敷くのは異質である。そもそも共和制国家のミネルバで、国が主導で運営しているくせに長が世襲制というのも異常だ。これも魔道士に連なる家の者が、ザイオニアと太いパイプを持っているからであり、毎年、魔法の履修を望むザイオニアの官吏候補生を特待生として迎える代わりに、ザイオニアから多大な援助を受けていると聞く。


「ああ、私の可愛いジュリエッタ。愛してる、帰ってきてくれて本当に嬉しいわ」

「か、かあさん!」


 その魔道士に連なる家の者が、今、あなたの目の前にいた。

 子がいなかった魔道士は、長年仕えた使用人に全てを譲った。その使用人の末裔(まつえい)が、あなたの目の前にいるジュリアの母親であり、母親はあなたが見ていて恥ずかしくなるほど娘を溺愛していた。

 魔道士は魔王打倒後、誰もが魔法を唱えられる世を夢見て実現した。だが一方で、当時の世相を巧みに読んで金儲けもし、現代まで続く偏重的な魔法利権の礎を作り上げた。そんな評価もあって魔道士は、勇者、剣士、姫君に比べると人気は落ちる。


 しかしジュリアもジュリアだろう。こうなることが分かっていながら、あなたとワラビを連れて家に帰ったのだ。

 キスされて喜んでいるジュリアをあなたは見逃していない。いい歳して母親を「ママ」と呼び、甘えん坊だな、といった旨をあなたがジュリアに感じる。

 そんなジュリアと母親を、ワラビが羨ましそうに眺め、

「いいなぁ。お姉ちゃん元気かな」

 初めて明かす姉の存在を、(ひそ)かに懐かしがっていた。


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