女王として
ワラビとジュリアが戦っていた操られるアリだが、現女王の死を目の当たりにした途端、心の拠りどころを失ったように力を無くした。
現女王に対する衷情を残していたよう。考えて見ればここは前人未踏の地、ヒトが訪れるはずがなく、殺した家畜やヒトを運んでいたことからもそれは窺えた。
喪失したアリたちを、哀れみつつも葬ったあなたたちは、宮殿に似た建物を脱出し、直ちに街の放火に取り掛かった。
ワラビとジュリアが街に火を点けた。火種には建物内で骸となっていた、操られる者に襲われたのだろう子供が着ていた服を、二人は弔う為に使った。あなたはその間、この街に詳しい女王を背負い、脱出経路を確保していた。
かまどのような街の構造に加え、乾いた空気が瞬く間に火を燃え広がらせた。襲われた家畜もヒトの屍も、あなたたちが倒したアリの死体も、あらゆるものが業火に包まれた。
「コ」の字型の歩道を塞いで残る者の逃げ場も絶ち、そうしてあなたたちは対岸から、燃え盛る崖の街を偲んで絶壁を後にした。
そして、下山を始めてから五日目の朝。うららかな陽射しが大地を照らす。
「ねえ女王様。“終末”って知ってる?」
「“週末”……? ワラビ様、今週なにかあるのですか?」
「もう、女王様違うよ。四百年後に世界が滅ぶとか言われてるあれだよぅ」
「おいワラビ。ヒトに会ったのが初めてな女王様が知るわけないだろ。ちゃんと説明してやれ」
「あっ、そっか。えっと、終末ってヒトの間で囁かれてる噂でね、私のご先祖様が魔王をやっつけた時に、魔王があと三年とちょっとしたら、この世は滅びるって予言したことなの」
「女王様、何をバカなとか思うかもしれませんけど、ワラビはその終末について手掛かりを探してるんです。何か知ってたら教えてくれませんか?」
「……すみません、お役に立てず。でも、あと数年で世界が滅びるなんてただ事ではありませんね。里に帰ったら祖母に聞いてみましょう」
「お願いね」
「あっ、信じちゃったよ。あのー、女王様。魔王が負けて悔しくて、それで苦し紛れに言ったんじゃないか、って程度の噂ですから」
「うふふっ、そうですね。世界を滅ぼすにしても、四百年は長過ぎるような気がします。またキリが良すぎる気もしますし、ジュリア様が言われるとおり、苦し紛れに言ったと思うのが妥当なところですね」
「んもう、女王様まで笑う。私の家にずっと伝わる言い伝えなんだから」
「怒らないでワラビ様。祖母に聞いては見ますから」
ころころと笑う女王。笑顔が戻っていた。
女王は首に包帯を巻いていた。布を着けたことがない女王は、包帯を巻くことに抵抗を持っていたが、あなたが怪我を早く治すため、と言うと大人しく従っていた。
拒否反応は現れないため、布がダメということはないようだ。女王の首は回復している。
この荒涼とした大地もそろそろ終わる。あなたたちが見下ろす先には、黄金色の草原が広がっている。
「女王様、これからどうするの? やっぱ谷の里に帰るの?」
「いえ、ワラビ様。まだステップに操られる者が残っているでしょう。ひとまずはオアシスに留まり、これを駆逐しようと思っています」
「そっか。じゃあそれからだね。女王になるんだもん、忙しくなりそうだね」
「いえ、わたくしは決めました。わたくしは女王ですが、まだ女王としての使命と責務を全うする気はありません」
ワラビが「どういうこと?」と返す。ジュリアも首を傾げている。
「皆様と一緒にいて気付きました、あの谷に引きこもっていてはダメという事を。幸いわたくしは女王になるにはまだ若く、特にこれといった殿方もおりません。もう少し知見を広げてから即位するのも悪くないでしょう」
「なるほどなぁ。……うん、外に出ることはいいことだとあたしは思うぜ」
「うふふっ、ジュリア様。今のは皆へ告げる建前で、知見を広げたいのは嘘でないですが、他にももう一つ、わたくしには狙いがあるのですよ」
「狙い? って言うと?」
「わたくしは女王です。女王が受け入れるに相応しき精子を、これから探したいと思っています」
「はあっ!? そっ、それどういう意味ですか!?」
ジュリアが精子という単語に声を上ずらせて尋ねた。
逆にワラビは、女王の話に興味津々、といった様子で目を光らせている。
「申し遅れましたが、ヒトには一夫多妻という概念があるでしょう? アリはその逆で、女性が産まれることが少ないからでしょうか一妻多夫なのです。わたくしに流れる女王の血が、先の時代においても取り残されないようにと、わたくしは女王として、様々な才を持つ殿方と繋がって沢山の子を成さなければならないのです」
「な、なんですかそれ。ハーレム、いや逆ハーレムかよ……」
「うふふっ、ヒトの言葉ならそう言うのですね。でもわたくしは、その殿方がヒトであっても良いのではないかと考えております。過去にアリとヒトが子を成した事例もあることですし、その為にわたくしはアリだけに留まらず、優れた男のヒトとも子を産みたいと思っています。……うふふ、歴代の女王が聞いたら、さぞかし怒るでしょうね」
いたずらっぽく口角を上げる女王に、ジュリアがぽかんと口を開けていた。
なんとなく感じていたが、やはりこの女王は、本当に奔放な性格をしているな、といったことをあなたが思う。
「いずれ皆様みたいに旅に出たいと思っています。どこかへ旅立った同族のハチも探したいですし。……そうそう、皆様、お願いがあります。わたくしの顔、是非とも御覧になってください」
天衣無縫な女王が、緒にあたる顎の金具を外し、兜を脱いであなたたちに素顔を見せた。
あなたが目を見張る。母親があれ程の美貌であったため、これも予想が付いていたが、いま間近に見た女王の素顔は、想像を軽く上回るほどの美しさだった。
ボーイッシュな張り有る水色の髪には、女性なら誰もが羨むほどの小顔が据わっており、透き通るような白さの肌、エメラルドに似た光彩を放つ瞳が見る者を魅了する。
鼻や口、眉なども申し分ないほど整っている。ともかく、無邪気で且つ可愛らしく、更に耳がコウモリの持つそれに似て、尖った耳輪が垂れていた。
その素顔はまるで、森の中に住むヒトに似た美しい者、おとぎ話でよく聞く「エルフ」のようであった。
「うわぁ、すごいカワイイ」
「じょ、女王様、めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。その顔ならどんな男でもイチコロですよ、どうして兜で隠すんですか」
「うふふ、アリは心許した者にしか素顔を見せてはいけない決まりがあるのです。でもよかった、引かれたらどうしようかと、わたくしためらっていたものでしたから。今も少しドキドキしております」
「……その顔で言われてもイヤミにしか聞こえませんよ。女王様が顔を隠してくれてよかったよ」
「だよね、こんな可愛い顔見たことないもん。私たちじゃ掃き溜めだよ」
「そんなことありません。わたくしはお二人の方が綺麗だと存じております。羨ましいくらいですわ」
そして女王が兜を被りなおし、改めてあなたたちに告げる。
「わたくしは皆様から多大なる恩を受けました。皆様になら、この顔を見せてもいいと思いました。わたくしの力でよければ遠慮なく仰ってください。皆様の為ならいつでも駆けつけます、この命も惜しみませんわ」
***
オアシスに戻った翌日。忘れそうであったイゾルド交社からの報酬を戦士会から受け取り、あなたたちは次の町へ向け、更に東へ旅立つことにした。
「ワラビ。最後に勝負してよ」
見送りに来たゼク家の戦士一同。その内のビヤーサが、ワラビに向かって木の棒を放り投げた。
だがワラビは、これを拾わない。一瞥してビヤーサに告げる。
「やめよ。どっちが勝っても恨みが残りそうだし。もうケンカしたくないもん」
「じゃあ、次会ったときこそ勝負してよ。絶対にあんたには、負けないから」
「分かった、約束する」
ワラビが頷いた。そしてあなたたちが幌に入り込み、馬車が発進した。
シャイバニと、スレイマンの娘が大きく手を振る。だがワラビは想像以上に幼く、そして意地が悪い。
馬車が走り出して程なく、ワラビが幌から顔を出し、ビヤーサに向かって大きな声で叫ぶ。
「じゃあね! “まないたぺったんこ”!」
「なっ!? このクソチビ女! おまえなんか死んじまえ!」
にししっ、と笑うワラビに、ジュリアが苦笑した。
何も成長していない。言い捨てて去りたかったから勝負に応じなかったのだろう。要らない真似をするワラビに、あなたが頭を抱えた。




