断ち切れぬ未練
黒き一閃が、蝕まれた者を葬り去らんとする――。
「やああぁっ!」
ワラビが気合と共に放った斬撃。それは操られる者の体を、甲冑ごと斜めに切り裂いた。
斬られたアリが力無く倒れる。斬ったワラビが苦い顔をして刀の血を拭う。
そして、倒れたアリの背から、雄のネジレバネが這い出るようにして姿を現す。これをあなたが剣で払って始末する。
「……では、行きましょう」
この様子を見届けた女王が、荒廃した街を奥へと歩き始めた。
あなたたちも女王に続く。しかしあなたたちは、先を歩く女王の背に一抹の不安を抱いていた。
今の女王は暗かった。先ほどの父と娘が引金となったか、いつもころころと笑う陽気な女王が、悲愴な雰囲気を漂わせている。
理解できなくもない。同族を滅ぼすのである。そしてこれから、母を殺すのである。前を歩く女王の背は、死に場所を求めているようにも見える。
「女王様」
「ジュリア様、お気遣いは無用です。我が母の体は、多くのネジレバネに侵され、今や温床とされています。母を殺さなければ、母はこれからも多くの男と交わり、そして操られる者を生み出すでしょう」
「……分かりました」
ジュリアと目も合わせず、抑揚なく告げた女王。あなたはこれを見て非情の決断を下した。
今の女王は危う過ぎる。平静を装っているが、その実、母親に会いたいのではないか。今まであなたは、最後だからと女王の心境を慮って口には出さなかった。だが、今の女王の返答は諦めているようだった。
信用できなかった。さきほど親子を殺めた後、あなたは女王に、「コ」の字形の歩道以外にこの崖の街に至る道がないか聞いていた。これに対して女王は「ありません」と答えていた。
この事を鑑みたあなたが、今すぐ道を塞ぎ、街を燃やすべきだと女王に強く提言をする。
「キミ、本気なの!? 女王様にとっては最後だよ、お母さんと会わせてあげないの!?」
目を大きく開いてワラビが抗議する。だが、
「……いや、ワラビ落ち着け。女王様には悪いから黙ってたけど、あたしも思ってたんだ。今の女王に会う必要なんてない。アンタの言うとおりだ」
腕を組むジュリアがあなたの考えに賛同した。
そう、歩道以外に逃げ道がないのなら、現女王を直接仕留める必要なんてない。道を塞いだ上で街を燃やせば、ここにいる操られる者の全てを虫ごと根絶やしにできる。草木も生えぬ荒涼とした地に加え、崖をくり貫いたような街だ。燃え広がる心配はないだろう。
あなたの案を聞いた女王は動揺していた。口を閉ざし、ただ、あなたと目を合わさぬよう俯いて。
以前あなたに告げた決心は鈍っていた。しかし、甘い判断は出来ず、
「女王様、あたしも会わない方がいいと思う。お母さんを一目見たい気持ちも分かるけどさ、でもさっきよりも、もっと見たくないものを見てしまうかも」
止めるジュリアにあなたも続く。女王の迷いが、操られる者をますます狂わせると説き、逡巡する女王の手をあなたが掴もうとするが、
「……すみません」
女王はあなたの手を振り払い、逃げるようにして街の奥へ駆けた。
「女王様!」
追いかけるあなたたち。だが、その行く手を一体のアリが阻み、これを倒している間にあなたたちは女王を見失ってしまった。
「アンタ、ワラビ、早く追いかけよう!」
早く見つけなければ。あなたたちが荒れた通りを走る。
天井を支える巨大な石柱が、街路樹のように建ち並んでいた。デコボコの通りは走りにくく、あなたたちが手遅れにならないことを駆けながら祈る。
阻もうとするアリを振り切りながら、あなたたちが街を奥へ奥へと走る。そして、通りの終点で見つけた。石で造られた大きな建物の扉を、女王が開けている姿をあなたたちは目撃し、
「女王様!」
「いっちゃダメ女王様!」
あなたたちが呼びかけるが、女王からの返事はない。
鉄の扉を開いた女王が建物の中に入る。それに少し遅れてあなたたちも、精巧なステンドグラスが天窓に施された、宮殿に似た建物の中に突入する。
「お母様! わたくしです、“マグタレーナ”です!」
一層と腐臭が漂う広い空間では、女王が、差し込む陽の光に包まれながら呼びかけていた。
ガラス越しに照らされた女王が叫ぶ姿は、傾国の美女演じる俳優さながらで、そして、光の当たらぬ女王の正面では、一人の女性が割座した体勢で女王を凝視していた。
この女性こそが『現女王』で、女王の母親だろう。アリながらも甲冑を着ておらず、その裸体と素顔が露わとなっていた。そして、地面に着けた尻は、クモの腹のように肥大していた。
「お母様!」
現女王はとても美しかった。青く艶のある長き髪を垂らし、凛々しい形の目、スラッとした白き輪郭。万人が振り返る優れた美貌を備えていた。
だが、その美しさと対比するように、醜悪で今まで見たものよりも一際大きな黒い虫が、しがみ付くように現女王の背に取り付いている。
あなたが薄暗い建物内を現女王の周りから探る。瓦礫が散乱する陰に隠れ、屍が打ち捨ててられていた。
ウシやヒツジなど家畜の屍に加え、ノマドらしきヒトの屍もあった。鈍い色に染まったセーターを纏う子供の骸が、惨たらしく散らかされていた。
「ア、アッ、アァ……」
現女王が初めて声を発した。だが、娘に向けたものではなかった。
喘ぎに似た声だった。そして、現女王が拝むように上体を倒し、背のネジレバネがその姿を曝す。
女王を嘲笑うかのように、現女王の尻に向かって尾を突き刺していた。その構図はあまりにも醜く、まるで現女王が、雄のネジレバネに操られ、いや、犯されているよう。
「ううっ、うっ、……お母さまぁ」
諦め切れていなかった女王が、ネジレバネに陵辱される母親を目の当たりにして泣いた。
膝を落とし、あまりにも無防備だった。そこへ、アリとしての尊厳を忘れた現女王が、近くにあった大きな瓦礫を拾う。
そして投げつけた。怪力を誇るアリだ。その瓦礫はとてつもなく巨大で、致命傷の質量が女王に迫る。
茫然とする女王。だが、あなたがこれに割って入り、何とか盾で庇うことに成功する。
「あなた、さま……」
後ろを振り返ると、操られたアリがぞろぞろと、この建物内に入り込んで来ている。
「くっ、来たぞワラビ!」
「うん! キミ、女王様は任せたよ! 女王様を守ってあげて!」
あなたと女王が、忘我の女王と対峙した。
「すみません、あなた様。……見ていてください、母を、必ず楽にして見せます」




