荒涼とした大地
冷たく乾いた空気が、あなたたちを包み込む。
ひたすら続くのは鈍色の獣道。空の青とその二色しか、ここでは映らなかった。
大小様々な火山岩が、阻むようにごろごろとしている。草も花も水も緑もなく、虫も棲まないような荒れた土を、あなたたちが踏み締める。
「はぁ、はぁ……、きついな、足がいてえ」
「空気も薄いし、もうダメぇ、へこたれそう」
あなたたちが歩くこの荒涼とした大地は、「ニウーチェ山脈」と呼ばれる山々の一角である。
ニウーチェ山脈は、ステップの北を覆うように広がり、雲をも貫く頂がそこかしこに点在する山岳地帯だ。ステップが乾燥している理由は、この山脈とヤイシーネ峡谷に連なる岳が、湿った空気を遮っているからである。
この山の険しさは、あなたたちが以前通ったイゾルド山など生温いもので、その昔、数々の探検家がこの山脈を調査しに向かったところ、誰一人として帰って来なかったという謂れまで持っている。
まさに前人未踏。それ故に、自然を司る神が棲む地として恐れられ、ステップに住む者には霊峰として讃えられていた。そんな誰一人として近付かぬ山脈の奥に、女王は、操られる者の巣があるとあなたたちに伝えていた。
しかし女王は、神が住む山だから近付かぬように、と噂を流したのはアリ自身だとも言っていた。すなわち昔のアリは、ヒトを近付けさせない為に聖なる山と吹聴し、山に対して過剰な畏敬と恐れを人々に植え付けたのだ。それが意図なのか偶然なのか、吹聴した結果、オアシスの守り神が本当に住んでいたのだから妙な話ではある。
この山脈は「ノースウォール」の一つに数えられていた。ノースウォールとは、世界を統べる警察国家であり、極寒の地の大国・ザイオニア王国を隔てる山脈群を指す。つまり、この山の遥か北には、ザイオニアの都があるのだが、あなたたちがこの先を行くのは遠い後の話となる。
「もう少しで休める所があります。そこまで頑張りましょう」
先を歩く女王一人が、この獣も通らない荒れた道に堪えていなかった。
「ほんと? 女王様はすごいよね、この道じゃない道にケロッとしてるもん」
「そんなことありません。わたくしだって疲れていますわ」
口では二人と同じ、と女王は言うが、杖を片手にへとへとの二人に比べ、女王の足取りはしっかりしていた。
この地で長らく暮らしてきたアリという種族の特性なのだろう。吹き荒ぶ冷たい風にも平然としており、これもクロークに身を包んで鼻を赤らめる二人とは対照的である。
それにしても、金属を直に着るという行為は真似できるものではない。熱せられれば熱を通して火傷、冷やされれば肌に張り付いて凍傷を起こすからだ。過酷な環境と常に金属を着る習慣。それが何百、何千という年月を経て、アリの体を馴染ませたのだろうか。
先に進むと、
「あら」
巨大な岩石が、あなたたちの前を塞いでいた。しかし、これにうろたえるあなたたちではない。あなたたちは今、女王と行動を共にしている。
「……ううぅん!」
あなたたちに言われるまでもなく、女王が自慢の怪力で岩石を除いた。
魔法こそ使えないが、女王はヒトには決して持てない個性を持っていた。そしてこの個性は、あなたたちにとってとても頼れるものであった。
この荒涼とした地での野営も、あなたたちは女王の世話になっていた。特に乾燥を防ぐ為の保湿油と、女王が「懐炉」と呼ぶ、アリの里から持ち込んだ発熱体には非常に助かっていた。
懐炉は鉄の箱で、中には白金が入っているらしい。鉄の箱に精留した石油を注ぎ、軽く火であぶることで懐炉は発熱した。
発熱は長時間続いた。これを懐や足元に忍ばせ、あなたたちはこの寒い地でもよく眠ることが出来ていた。
「ふう。以前はこんな岩なかったのですが。では進みましょう、あと少しです」
下ろした背嚢を担ぐ女王。ちなみに女王は、ワラビやジュリアの三倍荷を担いでいる。
ところが、遠くから「ガァガァ」と喧しい鳴き声が聞こえた。その鳴き声の方をあなたたちが望むと、抜けるような青い空から、黒い鳥の大群が迫って来ていた。
「カラス、ですわね」
「私たちに向かっているところを見ると、たぶん“ヴァインレイヴン”だね」
『ヴァインレイヴン』。虚しいカラス、という意味である。
ヒトを恐れない大きなカラスで、他のカラスと比べて実に二倍近くの体躯を誇る。その大きさの鳥が集団で迫ることから、このカラスの群れに襲われたときには早く遮蔽物のある所へ逃げろ、と警告されている危険な鳥である。
ただし、大きい図体だけあって動きは緩慢、一羽一羽の討伐は難しくない。それとこのカラス、キラキラした派手な物に殊更目がなかった。
カラスが賢いのは皆知っての通りだが、このカラスは変に頭が良過ぎた。ヒトの誰しもが持っている「欲」。それに頭の良さを振り切ったのがこのカラスの特徴でもある。
ヒトを襲う理由も、主にヒトが持つ華美な物が目当てであり、それを貯め込む習性を持つことからこのような名前を付けられていた。その貯め込んだ物は、カラス同士の順位付け、または求愛のときなどに着飾ると聞く。
「荷物が荒らされる訳にはいきませんね。……はぁっ!」
戦闘態勢に入った女王が、鋭く一羽二羽と突き刺し、またあなたも黒剣を抜き、軽く一羽を払った。
しかし、次から次にカラスは飛来する。依然として喧しく鳴きながら、あなたたちの頭上をぐるぐると回り続ける。
飛び掛かって来た一羽のカラスを、ワラビが短剣で斬ったが、
「あてっ!」
同時に他のカラスから、ワラビが後ろから頭を突っつかれた。
「うー、痛いなぁ、もう」
「大丈夫か? ……よし、あたしがやる! みんな伏せてくれ!」
腰から黒き鎖を取り出したジュリアが、始め小さく、そして大きく、大きく振り回す。
風を切る音がブンブンと鳴った。これにカラス達が羽ばたきながらもうろたえ、中には分銅が薙ぎ、打ち落とされたカラスもいた。
そして、上半身を使って大きく振り回し、
「うおりゃあああぁっ!」
やがて体ごと回転し、黒きつむじ風と化した鎖が次々にカラスを散らした。
「……あー、目が回る。わらびぃ」
「ふふっ、おつかれ」
目を回すジュリアをワラビが抱きとめる。こうして、半分近くを打ち落としたところでカラスが敵わんと飛び去り、あなたたちはカラスの群れに勝利した。
「カラスかぁ。食べたことないや。食べれるのかな?」
「ちょっと硬いですが、まあ食べれなくはないですわ。……おや? このカラス、何か持っております」
カラスの死骸から女王が、白く光る何かを拾った。
「これはなんでしょうか?」
「パールですね。ネックレスかぁ。女王様、ワラビに着けさせたいんだけどいいかな?」
「えっ、似合わないからいいよぉ」
「バカ、おまえの身を守る為に言ってんだよ。おまえはちっちゃいのに敵に近付かなきゃいけないからな」
「ちっちゃい言うな。ただでさえビヤーサにチビチビ言われて気にしてるのに」
女王から受け取ったジュリアが、「真珠のネックレス」をワラビに渡した。
以前あなたとワラビは琥珀を手に入れた。これは当時の懐事情から売ってしまったが、実は宝石や輝石には、人体に良い影響をもたらす効果がある。
因果関係は分かっていないが、身に着けるだけで効果を得られる。効果は石の種類によって様々で、今あなたたちが手に入れた真珠には、体が僅かながらも丈夫になる効果があった。
宝石や輝石は非常に高値で取り引きされている。唯でさえ綺麗な物が、身を守る防具にもなるのだ。稀少な石を身に着ける戦士は、それだけの稼ぎと信頼があるということで一流の証とも言われていた。
なお、光る物を集める嗜好を持つヴァインレイヴンの巣には、まれに宝石や貴重品がごろごろと転がっていることがあり、ヴァインレイヴンの巣探しを専門とする戦士やハンターがこの広い世界にはいる。
「元の持ち主には悪いけど、ありがたく使わせてもらうね。……ふふっ、似合う?」
「とてもお似合いですよ、ワラビ様」
「ありがと女王様。どう、キミ。似合うかな?」




