帰還
女王の祖母と面会したあなたたちは、一度オアシスに戻ることにした。
操られる者の巣は、ステップの遥か北東、荒涼とした山岳地帯の奥深くにあると聴いた。オアシスで準備が必要である。それに、南の峡谷から北へ縦断するにあたり、オアシスは途上に位置した。
実はあなたたちは心配していた。オアシスの戦士たちが籠城態勢を敷き、女王が配下のアリを街の防衛に置いたとは言え、また操られるアリが押し寄せて来ないとは限らない。
しかし、茜色の日が草原を照らす夕方。その心配も杞憂に終わった。
「わっ、物々しくなってる」
「すごいな。二週間しか経ってないのに、もう要塞に化けてる」
あなたたちが見たオアシスの外観は、戦うための街に変化していた。
城壁さながらに高く積まれた土嚢が、街の周囲を覆っている。また、街を覆う土嚢の前にも深い溝が掘ってあり、敵が土嚢に近付けないようになっている。
上を見上げれば高い櫓が望めた。その櫓では今もヒトが、敵の来襲を知らせる警鐘をいつでも鳴らせるようにと、眼を鋭く光らせている。
街の入口に回り込んだあなたたちが、ウマから降りて街に入る。すると、
「女王様、ご無事で」
入口を見張っていたアリに、あなたたちは傅かれた。
「あっ、おじいさん」
「おお、あんたたちか。生きていたようでなによりじゃあ」
まずバザールへ向かおうとしたあなたたちは、ベリニで武器を購入した露天商のお爺さんを見つけた。
くしゃっとした笑みを浮かべるターバンのお爺さん。相変わらずパイプを吹かしている。
「爺さん、調節してもらったクロスボウ使えるぜ。ありがとな」
「ほほっ、喜んでもらえて何よりじゃ。オアシスが襲われたと聞いてわしゃあビックリしたぞい。でもそのおかげで、売り物が全部さばけたわ。かっかっか」
「ふふっ。良いか悪いかで言ったら悪いけど、でもおじいさんにとっては良かったね」
このお爺さんを始めとした武器の商人を、あなたたちは街の中でちらほら見かけた。
戦いは武器を扱う商人にとっては商売のチャンスである。また、東から来たのだろう戦士も見かける。代わりに以前見た家畜売りは鳴りを潜めていた。
真の平和が訪れるまでは、このような状態が続くだろう。いずれにしろ外敵の脅威に晒された状況は好ましくない。早くまた動物に溢れた街に戻って欲しいもの、などとあなたが思う。
周りを見渡せば、今も男たちが破壊された家屋の修復をしていた。それに併せて山積みのレンガを乗せたリヤカーを、アリと街のヒトが力を合わせて運んでいる。
「君達」
あなたたちがバザールに入り、シマウマから剥いだ「白黒の毛皮」と「いかついタテガミ」を買い取ってもらっていると、ゼク三兄妹長男・スレイマンに声をかけられた。
振り返るあなたたち。スレイマンの後ろには、顔の怪我が治った末妹・ビヤーサが付き従っている。
「上の兄さん。下の兄さんとおばさんは?」
「シャイバニと母さんなら夜の番だ。戦士たちが交代で夜を徹して見張っている」
「なら安心だね」
「……ふんっ、いいわね、楽しそうで」
ビヤーサが悪態を吐いた。アリの里に行けなかった事が不満なのだろう。
彼女の態度から察したワラビが、
「ねえ、一緒に行きたかったの?」
と訊くが、
「……っ! そんなわけあるもんか! 大体なによ、なんであんたの装備変わってるのよ。そっちのギャルも、盾のヒトもさ」
「なあっ、ギャル、だとぉ」
仰天するジュリアはさておき、僻むようにビヤーサが、ワラビの刀と手甲、及びジュリアの鎖に、あなたの剣を見つめた。
あなたたちは装備を一部変えていた。布の代わりに金属を着るアリ達は、その分だけ製鉄に長け、地金を大量に貯め込んでいた。
まずはワラビ。漆黒の身を持つ刀を背負っている。アリという種族、むかし東方の者と交流があったのか、刀を作っていた。その一振りと、ワラビでも装備できるような軽い鉄板による手甲を、急造で拵えてもらった。
ジュリアも新たな鎖分銅を貰った。やはり黒色の鎖で、重みが増した分だけ威力が上がっていた。
そしてあなたも黒い剣を頂いた。アリの兵が主に使う片手剣で、こだわりなのか「サーブルノワール」とアリの匠は命名していた。ちなみに、あなたも防具を頂きたいところだったが、ヒトが装備できる本格的な物は日数が要る、とアリの匠に言われ、あなたは防具を諦めていた。
また、あなたたちは電球を貰えないかとも女王に訊いてみた。だが、あれは持ち運べないと断られていた。
正確には、無理をすれば持ち運べないこともないのだが、光らせるために硫酸を使っているらしい。アリたちは、溜めた硫酸の中に普通の鉛と酸化させた鉛を挿し、その鉛の棒同士を銅線で繋げると放電されるのだ、と言っていた。
放電された力を使って電球を光らせているらしい。この装置をアリたちは「電池」と呼んでいた。それを持ち運ぶのは重く、また、硫酸を持ち運ぶことは危険である。あなたたちは断念した。
しかしこの技術、学者が聞けば嬉々としてはしゃぐだろう。少なくともアリが持つ知識および技術は、ヒトが持つそれとは異質のものである。
「ずるいずるい! なんであんたたちばっか!」
「やっぱり行きたいんじゃん」
「うるさい!」
地団駄を踏んでビヤーサが悔しがる。彼女は兄二人とは違い、強くなりたいという欲がヒト一倍強い。
剣に一途な彼女だ。今まで負けを知らなかったため分からなかったが、負けてワラビと出会って彼女は、己が未熟で経験が足りないことを悟ったのだろう。
ワラビに異様な対抗心を燃やす彼女である。きっと今も後れを取るまいと、色んな体験をして見識を深めたいに違いない。成長する機会を得られずにやきもきする気持ちを、あなたは彼女の態度から感じ取った。
しかし、連れて行くわけにはいかない。スレイマンの手前もあるが、何よりワラビと仲が悪い。ワラビとジュリアに十分な力を発揮してもらうのもあなたの役目である。
逆の立場ならワラビも悔しがるだろう。ワラビとビヤーサは似ている。似た者同士だから仲が悪いのか。
「女王様お願いします、私を連れてってください! このチビよりは役に立てるはずです!」
ビヤーサが、ワラビを指して女王に突っかかり、
「ビヤーサ、大概にしろ」
スレイマンが咎めるが、聞かずに大きな釣り目を女王に向ける。
この血気盛んなビヤーサに対して女王は、
「お兄様を困らせるものではありませんわ。それにこれからわたくし達が向かう操られる者の巣は、理性を失くした者たちで溢れていてとても危険です。わたくし達が倒れることもあるでしょう。その時こそビヤーサ様の出番です。是非ともその時は、アリの希望となってください」
と、落ち着いて切り返した。
「この戦いが終わりましたら、改めてビヤーサ様もわたくし達の里へ招かせて頂きますから」
「ううっ、もういいです! 分かりました、街の防衛を頑張ります!」
ビヤーサが半ば自棄気味に守ると宣言したよそで、ジュリアが気を落としていた。
ギャル。少し前から使われ始めた言葉で、一般的にはファッションセンスの優れた女の子を指すが、一方でこなれた服装をする垢抜けた様子から、遊び慣れたような「ふしだら」な女の子も指す。
誰が言い始めたのか語源はよく分かっていない。もちろんふしだらな方でジュリアは呼ばれており、これを心外としたジュリアがあなたに、
「あたし、そんな遊んでるように見えるかな。なんかすっげえショックだわ……」
と、暗い表情でぼやいた。




