twin lancer
白旗を掲げるアリ達が、列を成してバザールに歩を進める。
鉄の擦れる足音が、徐々にあなたたちの耳に響き渡り、程なくしてアリ達がアーケードに入場した。その一糸乱れぬ行進は、今までのアリとは違う規律と理性を、あなたたちを含めたオアシスの皆に感じさせた。
ただし、武装は解除していなかった。列の先頭を歩く、アリの中で最も背の低いアリは、両の二本の腕それぞれに槍を携えている。
次のアリが白旗、正確には白く塗装された薄い板金を掲げ、以降は剣に槍に槌など各々が得物を構えている。いずれにしろあなたたちを含めたオアシスの皆は、入場したアリ達に警戒を緩めなかった。
そして、先頭のアリが、右の槍の石突を地に置き、――すうっ、と指を差す。
「勇敢な三名のヒトよ、わたくしの前にいらしてください」
アリが女性の声で、あなた、そしてワラビとジュリアを順に指差して告げた。
落ち着いた声であった。皆の視線が集まる中、あなたたちが互いに視線を交わしながら前へ歩み出る。
向かい合ったあなたたちと先頭のアリ。胸部が膨らんだ鋼鉄の甲冑を纏う彼女は、長身痩躯のアリにしては僅かに幅があり、どこかヒトに近い印象をあなたたちに与えた。と、感じたのも束の間、
「その実力、試させて頂きます」
あなたの顔めがけ、急に先頭のアリが突きを繰り出した。
「キミ!」
「アンタ!」
警戒を緩めなかったあなたが、アリの突きを寸でのところでかわす。しかし、
「やはり避けましたか。では、これならどうですか」
アリが右二本の腕を駆使し、大きく槍を払った。
左に立つワラビが槍をかわし、あなたが槍を盾で受け止める。だが、この戦法に、あなたは意表を突かれた。
槍は通常両手で扱う武器だ。ヒトの身では一本が精々で、二本の槍術など聞いたことが無い。初めて見える敵を前にし、あなたは戸惑ってしまった。
そんなあなたの隙を突き、アリが再び左の槍を繰り出す。これもあなたがかろうじて反応し、盾で防いだが、その突きの凄まじい強さに腕が弾かれそうになる。
「襲われたぞ!」
「やはりアリは俺達を殺す気だ、かかれぇ!」
その一方、あなたたちに襲い掛かるアリを前にし、周囲では人々がアリに斬りかかろうとしていた。
しかし他のアリが、先頭のアリを守るように立ちはだかり、
「すまぬ、我々に敵意はない! 今は“女王”の好きにさせてくれ!」
と訴え、いきり立つ人々を懸命に止める。
「退けアンタ! 撃つぞ!」
この声を受けてあなたが退き、ジュリアが引鉄を絞って矢を放った。
目にも止まらぬ速さの尖端がアリに迫る。しかしそれを、アリが左の槍で打ち払い、弾かれた矢は回転して明後日の方へ飛んでいった。
ワラビに匹敵する反応の良さにあなたとジュリアが驚くが、まだそのワラビがいる。矢を弾かれても承知の上で畳み掛けるように、
「やぁぁ……っ!?」
ワラビが上段から斬りかかるが、これも見越したようにアリが、右の槍の穂先をワラビの面前に置いた。
目の前に刃があって進めない。アリが、苦もなくワラビの斬撃を止めた。
「うふふ、あなたたちの力はこんなものですか?」
あなたたちを手玉に取ったアリが、くすくすと挑発した。
しかし、相当の手錬れだ。矢を弾いてワラビを止めたことからも、高い実力が推し量れる。
また、巧みな槍術もさることながら、四本の腕を十分に使う戦い方が非常に厄介だった。見ようによっては二人を相手にしているようなもので、槍という武器は長さがあり、さらに破壊力もある重量武器だ。それをこのアリは、二本も自在に振り回している。
だが引っ掛かる。ともかく殺気が感じられない。まるで目の前のアリは、あなたたちを値踏みしているよう。
試すと言っていた。何が狙いなのか。その真意を図りかねるあなたの傍ら、
「アンタ、ワラビ。あたしがやるから頼む」
ジュリアが、あなたとワラビに目配せした。
「いくよ!」
気合を入れたワラビが、頭に巻く包帯を捨て、短剣を構えてアリに切り込んだ。
右瞼はまだ腫れているが、昨日よりかは引いている。ビヤーサと戦ったときのようにジグザクと跳びながら、アリに接近を図った。
「やらせません!」
アリが右の槍をワラビに突き入れるが、ワラビが紙一重の差でこれをかわす。
すかさず左の槍を向けるアリ。だが槍が迫るよりも早く、ワラビが懐に飛び込んだ。
そしてワラビが描く斬撃を、アリが咄嗟に黒い籠手を構えて防ぐ。この隙を逃さずあなたが狙った。
ワラビが退くと同時にあなたが盾を投擲し、強引にアリの視界を塞いだ。この盾を除けるアリだが、既に詠唱を粗方済ませたジュリアが近付いており、
「飽くなき闘争の果てに! ――“雷巣”!」
両手で兜を捕まえて電撃を浴びせ、こうしてあなたたちはアリを戦闘不能に追い込んだ。
***
「やはり、強い。わたくしの目に狂いはありませんでした。あなたたちの力、確とこの身で覚えました」
暫くして痺れが抜けたアリが、感服の意をあなたたちに述べた。
まだ立てないようで、足を崩すアリの周りでは、ワラビが首に向かって刀を突きつけ、ジュリアも同じく弩を向けながら、雷巣によって失った血を補うべく串焼きを食べている。
今、皆の視線は、この女性のアリに注がれている。あなたたちのみならず、オアシスの皆も、そして同族も。
「私たちが間違って斬っちゃったらどうする気だったんですか」
「うふふっ、その覚悟なくてはあなたたちの真の力を試せません。わたくしとて武芸を嗜んでおりますから、そう易々と斬られはしませんわ」
ワラビの問いにアリが笑いながらも答えた。
兜で隠れている為に笑顔は窺えないが、もう敵意は感じられない。それどころか、このアリが笑うと何故か気が抜けた。
この朗らかな雰囲気を受け、二人が刀と弩を下ろす。どうやらこのアリは、あなたたちの実力を知りたくて刃を向けたようである。しかし、抜き身でそれをやろうなど正気の沙汰ではなく、あなたが息を吐く。
それにしても、ワラビが敬語を使った。このアリが何者なのか薄々分かっているのだろう。
女性のアリが立ち上がり、皆に向かって口を開く。
「ヒトの皆様、申し遅れました。わたくしはアリの“女王”です。この度は我が一族が、ヒトの皆様に甚大なる被害を加えたことを、深くお詫び致します」
アリの『女王』からの謝罪を聞き、人々から俄かに歓喜の声が上がった。
守り神はやはりいたのだ。女王率いるアリ達は、ヒトを襲う同族を駆逐している。
彼女の落ち着きある声を受け、信心深い者、特にお年寄りなどは深く頭を垂れる。しかし女王が、困ったようにそれを止める。
「ああ、皆様、やめてください。わたくし達は大した存在ではありません。それに正確には、わたくしは次の女王にあたりますから」
少し間を置き、次代の女王が皆を見回して言葉を続ける。
「わたくし達は今日、ヒトの皆様にお願いがあって参りました。今、我が一族は二つの派に分かれています。一つはわたくし達、操られぬ一派。そして」
次の瞬間、アリの遺体に向かって女王が槍を突き刺した。
目を見開かせるオアシスの人々。引き抜いた穂先には、先ほどあなたが見た、黒い虫が粘液をまとって息絶えていた。
「もう一つは、この“ネジレバネ”に操られる一派です」
ネジレバネ。聞きなれぬ単語を聞き、人々がざわつく。
そして女王が、再びオアシスの人々を見回し、それからあなたたちを見つめて頭を垂れる。
「お願いします。この操られる一派を滅ぼすため、どうかヒトの力を我々に貸してください」




