裏切りの守り神
始鼠の時を迎える頃だろうか。閑散としたアーケード内に、鉈に似た物を持つ三人の影が立っている。
「ワラビ、アンタ、気をつけろ。あいつら手に何か持ってるぞ」
「うん。輝く光よ、今こそ……」
夜中のためハッキリとした姿は窺えない。そこでワラビが火神を唱え、手にする松明に火を灯した。
だが、松明が照らす姿にあなたたちが驚愕する。何故ならば三人が、あまりにも異様な姿をしていたからだ。
三人は一様に、騎士の如き黒の甲冑を身に纏い、黒の丸い鉄兜を被っている。
顔は兜が隠しているため窺えない。そして、
「ちょっと待って! あの腕、どういうことっ!?」
目の当たりにしたワラビが叫んだ。三人の肩には、細くて長い腕が二つ、つまり、計四つの腕が両肩に備わっていた。
「なあ、あたしたち、夢でも見てるんじゃねえよな……?」
「ありえない。本当に、“アリ”、なの……?」
いざ目の前にすると、俄かに信じられなかった。
壁画が想起される。今日昼間に見た、判を押したような黒い絵の存在が、確かに今、目の前に立っていた。
あまりにも現実離れした存在がワラビとジュリアを唖然とさせる。だが、あなただけが剣を抜き、盾を構えて三人に臨む。
「お、おいっ! アンタ、やりあう気かっ!?」
「いいのキミ!? 本当に、あれと戦うの!?」
あなたの反応を前にして二人が狼狽した。思い留まった方が良いのではないか、と。
だが、あなたは撥ね退けた。眼前の三人が何であれ、足元には男が倒れており、そして否定しようともしない。
この三人が、男を斬ったと見て間違いないだろう。奴らはヒト殺しだ。そうあなたが今の状況を指し、話が通じる相手ではないと二人に強く示す。
それでも、迷っている二人。そしてそこまでだった。迷い分かれるあなたたちの隙を突くように、黒い甲冑の三人が、鉈に似た得物を振るって駆け始めた。
「くっ、戦うしか、ないのか」
ヒトに似ていること、それと守り神という存在が災いした。緊急時で止む無く、といった例外もあるが、基本ヒトを殺すことは法によって禁じられている。
この国において殺人の罪は重い。そうでなくとも教義としてヒトを傷つけることはためらわれる。だからか二人が、短剣に鎖分銅と、殺傷能力の低い武器を構えた。
しかし、殺意を持った敵にそれで敵うのか。敵は武装していることもあり、あなたが、二人の迷いを叱って断ち切ろうとするが、
「アンタッ、来たぞ!」
そんな暇はなかった。敵の一体があなたに接近し、黒く厚い刃を振り上げた。
「アンタ!」
叫ぶジュリアだが、――ガゥッ、と、盾に食い込んだ刃。
敵の斬撃はワラビやビヤーサに比べれば稚拙で、あなたは難なく防いだ。
しかし重たかった。敵は長身とはいえ、痩せた樹のような体付きをしている。力があるとは思えない。
想定外の馬力にあなたが認識を改める。そこへ、もう一体が鉈に似た得物を、斬撃を受け止めたばかりのあなたに向かって振りかぶる。
「止まれ!」
ジュリアが振りかぶる敵の腕に鎖を絡ませた。しかし、
「うっ、わわっ!」
鎖を絡ませた程度では敵を止められず、逆にジュリアが絡ませた鎖を引っ張られた。
敵が矛先を変え、ジュリアを刺そうとする。だが、それをあなたが盾で殴って何とか食い止める。
「あ、アンタ、ごめんよ……」
謝るジュリア。しかし構っている暇などなく、敵が再び繰り出す重い斬撃をあなたが剣で受け止める。
一方、ワラビもためらっていた。もう一体の斬撃をかわすだけで、攻撃を積極的に仕掛けていなかった。
地に落ちた松明がワラビと敵を照らす。いくら回避が得意なワラビとはいえ、斬られれば一撃で致命傷となる斬撃を相手取れば、いずれ疲れが表れ、反射神経も鈍る。
攻めなければ事態など好転するはずがない。増してワラビは以前のケンカが原因で右目が利かず、遠近感が狂っている。
そんなワラビが逃げ切れるはずもなかった。敵の突きに、ワラビが身を捻ってかわそうとするが、
「あっ!」
切っ先が着物に引っ掛かり、ワラビが動きを封じられた。
動けぬワラビの首を敵が強引に掴む。そして、
「あうぅっ! ううううぅっ!」
その小さな体を持ち上げ、ワラビを絞め殺そうとする。
「てやあああぁっ!」
だが、ワラビの危機を救ったのは、ゼク三兄妹末妹・ビヤーサだった。
駆けつけた彼女が、素早く一体の首を斬りつけた。その軌道は鎧と兜の隙間を縫う一撃で、まさに一分の狂いもない正確な斬撃によって一体が血を撒き散らしながら沈んだ。
迷っていたワラビとは対照的である。そして咳き込むワラビを、未だ鼻をガーゼで覆うビヤーサが見下して叱る。
「なに眠たいことやってんのよ。ふんっ、情けないわね」
「げほっ、……で、でも」
「でもじゃない、言い訳すんな! ねえあんたたちっ! これでクマの時の借りは返したかんね!」
ふんぞり返ってビヤーサが、あなたとジュリアに向いて言い放った。
自信家の彼女らしい。しかしそんなビヤーサに、あなたとジュリアを襲っていた一体が刃を向ける。
「アニィ!」
「おう!」
気付いていたビヤーサが下の兄を呼ぶと同時、盾を構えたシャイバニが身を挺して妹への凶刃を止めた。
ビヤーサは敵の刃に見向きもしていなかった。この呼吸はさすがに兄妹であり、
「今度ばかりは母さんになじられる訳にはいかないからな、うおおおっ!」
シャイバニが汚名返上とばかりに、そのまま盾を押し付けて敵を倒す。更に、
「どけ、シャイバニ」
すかさず上の兄スレイマンが、倒れた敵の首を槍で貫く。
「うおおあぁっ! ブッ殺してやる!」
突如上がった野蛮な叫び声にあなたたちが振り向けば、そこには鬼の如き形相をした三兄妹の母親がいた。
残る敵の一体に、母親が襲い掛かる。そして得物の特大バトルハンマーを、敵に渾身の力で打ち付けた。
これに敵が潰れた。二本の左腕が弾け飛び、そのひしゃげた痕がとても痛ましい。
こうして、ゼク家の戦士達によって戦いが終わった。
「ふぅ。年甲斐もなく張り切っちゃったよ。しっかしこれ、どういうことだい? この姿、どう見てもアリにしか見えないんだけど?」
「うむ。長身痩躯に四本の腕。俄かには信じられんが、我々の守り神が四百年ぶりに現れたことになるな」
「そして守り神がヒトを襲った、か。……うん? すると兄貴、最近ノマドが襲われているだろ? まさか」
「早まるな。だが、その疑いは十分考えられる」
母親と兄二人が、三つの遺体を確かめて見解を述べた。
この騒ぎに人々が松明を持って現る。皆一様に、息絶えた守り神の姿を見て驚いている。
「アリだ、アリだぞ。四百年ぶりに現れたぞ」
「偽者じゃねえよな。本当に、いるんだな……」
「見ろよ、腕が四本あるぞ。鎧も着ている、言い伝えの通りだ」
「おお守り神様、おいたわしき姿になられて……」
信心深い老人などは、守り神であるアリの無残な姿に心を痛めていた。
あなたが懸念する。成り行きがどうであれ、ゼク家の戦士達は守り神を殺めた。だが、それも取り越し苦労に終わる。
「なんでアリが死んでんだ? ゼクの戦士が殺したのか?」
「バカ言ってんじゃねえ! 確かにやっちゃあいるが、あのヒトらが理由なく殺すワケねえだろ! それに見てみろ、アリも鉈持って、家畜売ってた男が殺されてるじゃねえか」
「俺達の守り神であるアリが、ヒトを襲ったっていうのか」
「昔話じゃあアリは、ヒトに友好的だったんじゃねーのかよ。とんでもねえ嘘だったんだな」
「何の為にじゃ。わしゃ認めん、……認めんぞ」
「嘘じゃあ、守り神様がヒトを襲ったなぞ、うそじゃあぁ……」
思い思いに述べる街の人々だが、大体はアリが、ヒトを襲ったという事実に酷く落胆していた。
同時に、守り神を殺しても責められないことから、街の人々がゼク家へ寄せる信頼が推し量れる。もし自分たちだけだったら、すんなりとは許されなかっただろう、などとあなたが安堵する。
古代より伝わるヒトならざる者「アリ」。彼らは守り神として崇められてきた。だが、その約四百年ぶりに姿を現した守り神は、皆の期待を大きく裏切る形での登場となった。
そもそも何故アリが、今この時になって現れたのか。皆目見当が付かない。
あなたが遺体を目で調べてみるが、その腕がフェイクという訳でもなさそうだった。
「ま、何にせよよかったぜ。あんたらが無事でよ」
「我々は格好悪いところを君達に見せたままだったからな」
シャイバニがにっかりとした笑顔を、スレイマンは僅かに口角を上げてあなたたちに言った。
あなたたちが兄二人と母親に礼を述べる。しかし、一人外を眺めていたビヤーサが、
「あっ、あにぃ! そと、外!」
慌てふためく様子で指を差し、アーケードの外を見ろ、と言う。
「な、なんだいありゃあ……」
「クッ、まだ終わってねえようだな。おい誰か! 早く戦士会に行って、この街の危機だと伝えてきてくれ!」
外の様子を眺め、シャイバニが街の人々に呼びかけた。
黒光りする影が、闇のあちこちに浮かんでいる。外では同じ黒き甲冑を着けるアリたちが、このバザールに向かってぞろぞろと歩いて来ている。
二人は大丈夫だろうか。あなたが二人に戦えるか、確認の為に問う。
問いに逡巡する二人。だが間もなくして、
「……キミ、ごめん。私、戦う。ちゃんと戦うよ」
とワラビが言い、我が身と街を守るため、二人が迷いを捨てた眼差しをあなたに向けた。




