壁画
オアシスの町で一泊して翌日。あなたたちはこの街の戦士会の店に赴き、名簿に名を記した。
この町には一度寄っているジュリアだが、長くは滞在しなかったようで名簿の記入を済ませていなかった。よってあなたたちは三人そろっての記入となった。
シュラク、クロロ、エメローナ。あなたたちはこれにて三つの街の依頼を受けれるようになった。これはその、名前を記入した時のこと――。
「“じゅりえった、まお、るいす、めろうびんぐ”……」
「なっ、なんだよワラビっ、ヒトの名前を勝手に読むなよ!」
名前を読み上げるワラビに、ジュリアが慌てて名簿を隠した。
「ジュリア、本当は“ジュリエッタ”って名前なの?」
「……ああ、そうだよ。何か文句あるか?」
「何で怒ってんの? いいな、羨ましい。お姫様みたいですごく良い名前じゃん」
「そう、それだよ。あたしの本当の名前を聞けば、くるくる巻いた綺麗なブロンドの髪でさ、肌は雪のように白くて、それはもうお淑やかなお姫様を思い浮かべるだろ? あたしみたいな髪が赤くてガサツで、肌も口もきたねー女が、こんな仰々しい名前名乗るわけにゃいかねーよ」
「そうかな? でもいいじゃん、私なんて山菜だよ? ジュリア綺麗なドレス着れば十分お姫様に見えると思うけど」
「どこがだよ。絶対似合わないし。そう言うワラビの方がよっぽどお姫様っぽいよ、この、“ぱっつん”な前髪とかさ」
揃ったワラビの前髪にジュリアが触れた。どうも自分の名前にコンプレックスを抱いているよう。
ワラビに構っている隙に、あなたがこっそりと名簿を覗く。「ジュリエッタ・マオ・ルイス・メローヴィング」。そうジュリアの筆跡で書かれていた。
名前をごまかしていた事よりも、まるでどこかの貴族みたいな名前だ。そのようにあなたがジュリアの本名に対して何となく感じた。
「ジュリアもしてみたら? ……くくっ、ぱっつんに切り揃えたジュリア、一回見てみたい」
「ふざけんな、ドレス以上に似合わないし。おまえが笑い転げるところが目に見えるわ」
「くふふっ、案外似合うかもしれないよぉ?」
「こらっ! 前髪触るな、想像すんじゃねえ!」
ジュリアの前髪を、お返しにワラビが触ろうとし、そうはさせんとジュリアがワラビの手を除ける。
仲良くじゃれあっていた。しかし、あなたたちの後ろには、これから依頼を受けようとする戦士が列を成していた。
あなたが後ろを振り返れば、「まだか」といったうんざりとした視線が続く。だが、それと並行して、
「おい知ってるか?」
「なんだ?」
「最近ノマドを狙った夜盗がステップに出没しているらしいぞ」
並ぶ男二人が妙な話をしているので、あなたがそちらに耳をそばだてた。
「なに? 夜盗だと」
「おう。ゾルトの奴も行方不明になったって噂だ」
「聞き捨てならねえ話だな。ゾルトって、確かあのヒツジ飼いの若い男のことだろ? 詳しく教えてくれ」
「最近ノマドがユルトだけを残して姿を消す事件が頻発しているんだ。ユルトにゃあ争った形跡があることから、夜盗にでも襲われたんじゃないか、って話でな。俺はこれから行方の知れなくなったノマドの捜索依頼を受けようと思っている」
「許せねえな、俺達のステップでそんな悪事を働く奴がいるなんて。おい、俺も受けるぜ。組もうじゃねえか」
意気投合した後ろの男二人。話を聞く限り、最近ノマドばかりを狙った行方不明事件が相次いでいるようだ。
ノマドとは遊牧者を指し、あなたが前に視線を戻す。
「おまえの“もみ”なんか、こうしてこうしてな、こうしてやる!」
「いたっ! もみ上げ結ばないでよ、ドロボーに見えちゃうじゃない!」
ジュリアがワラビの長く垂れた両のもみ上げを引っ張り、そして鼻の下の辺りで結んだ。
未だじゃれあっていた。場の空気くらい呼んで欲しい、などとあなたが頭を抱える。
そして、見兼ねた肌の濃い受付のお姉さんが、一度咳払いをした後、二人に告げる。
「ねえ、静かにしてくれるかしら?」
射られるような視線で叱られ、ようやく皆の苛立ちに気付いた二人が縮こまった。
***
戦士会の店を後にしたあなたたちは、続けて「壁画」を見に行った。
この街の最も奥で、外れにあたる場所には、山のように大きな一枚岩がある。そしてそれをくりぬいたような洞穴があり、その中には、遥か昔に描かれた絵が風化せずに残されていた。
歴史はとても古く、この地方の言い伝えによると、魔王が世に現れるより遥か前、それこそ古代から存在していたらしい。この「エメローナの壁画」は、オアシスの観光名所となっており、また、この地域に住む人々にとって信仰の対象にもなっていた。
祀られる理由は、守り神が描かれているからである。その守り神をあなたたちが鑑賞しに、祠とも言える洞穴の中に入る。
「へえ、これが“アリ”かぁ。あっ、見てみてジュリア。このオシリのおっきな横向いてるヒトがたぶん“女王様”だよ」
「だろうな、兵が囲ってるし。上に描かれた羽が付いているヤツが“ハチ”か」
壁一面に広がる、壮大な規模で描かれた壁画。そのスケールは、見る者を圧倒するに十分であった。
判を押したように画一的な絵が並んでいる。黒い顔料で描かれた絵が、見渡す限りに描かれている。さしたる複写技術もない古代に、同じような絵をひたすら描いた様は、記号的な印象と共に狂気じみた熱心さを見る者に与えた。
そして、ワラビが指した「女王様」。横向きのそれは最も目立つ所に描かれ、ジュリアの言うとおり槍や剣を持つ幾多の兵の絵に、まるで守られているかのように座っている。
だが、守る兵も女王も、ヒトと表すにはあまりにも異様な形をしていた。体の形こそヒトに酷似しているが、揃って長身痩躯。そして長い腕をどの躯体も四つ備え持ち、女王に限っては尻がクモの腹のように大きく膨らんでいる。
虫とヒトが合わさった印象を受けた。天井の方を見上げれば、羽が付いた躯体もいる。
「“アリ”と“ハチ”はこのステップの守り神でな、かの魔王との大戦では人々と共に戦い、このステップを守ってくれたんじゃよ」
ガイドのお爺さんが松明で壁画を照らしながらあなたたちに説明した。
甲高い音が鳴りそうな短い笛を提げている。このお爺さんは、壁画という重要な文化財を見張る役目でもあるのだろう。
あなたたちは壁画を観る前、この地方に伝わる守り神の事をガイドのお爺さんから聞いていた。お爺さんが言うには、遥か遠い昔、このステップには「アリ」「ハチ」と呼ばれる者達が住んでいた。
当時未開の地であったステップを開拓した人々は、彼らの姿を見てすこぶる驚いた。なんせ彼らは四本の腕を持ち、常に物々しい甲冑で身を固めていたのだから。
彼らには「布」や「毛皮」を着る概念がなく、彼らにとっては「金属」こそが、身を隠す服であり身を守る防具だった。よって彼らは休むときも寝るときも、甲冑を身に着けており、そのいつも鎧を纏う姿が虫のアリとハチを連想させたため、彼らはこう呼ばれることとなったらしい。また、社会性も虫のそれと似ており、彼らは女性の王を中心とした社会を築いていた。
やがて人々がステップに入植し、しばらくは共生した。文化や風習の違いに多少の戸惑いが見られたが、関係は概ね良好で上手くやっていた。しかし彼らは突如としてステップから姿を消し、残されたヒト達が今のオアシスに住む人々の祖先にあたる。
それから長らく、彼らは人々の前に姿を現さなかった。だが、魔王が世に現れ、このステップにも魔の手が迫ろうとしていた時、彼らは再び現れ、人々と協力して魔王の軍勢と戦った。
そして彼らは人々と共にこのステップを守った。それ故に彼らアリとハチは、この地方の守り神として崇められていた。
「四本の腕、か。まあ最近、三つのイヌの首の化物みたけどなあ」
「でも千年前とかならともかく、四百年前ならちゃんとした記録ぐらい残っていそうじゃない? 私はいてもおかしくないと思うな」
壁画を見終わって洞穴を出て、四本の腕という存在にいまいちピンときていないジュリアに、いた方が楽しそうだとはやし立てるワラビ。
歴史を元とした話なんて物は、得てして面白おかしくするよう脚色されているものである。ただワラビが言うとおり、当時の資料や文献があるのなら、実在した可能性はぐんと高くなる。
あなたたちはオアシスに滞在する間、依頼を受ける傍らで探してみるのも面白いかもしれない。もしアリやハチの痕跡を見つけることが出来たなら、それは世間を揺るがす一大発見となり、あなたたちの名声は著しく上がるだろう。
「なあアンタ、アリとかハチなんていると思うか? まあいてもいなくても、どっちでもいいんだけどさ」
「キミ、もしいたら見てみたいでしょ? ふふっ、キミのことだから目を輝かせて見てそうだね」
暮れる茜色の夕日が、あなたたちを照らした。
そして夜。この日もあなたたちは宿を取り、ワラビとジュリアが眠りに就いたときだった。
夜もすっかり更け、あなたがベッドに潜り込む。しかし、
「たっ、た、助けてくれぇ!」
突如、外から静かな夜を切り裂く叫び声が聞こえ、これにあなたが身を起こした。
切羽詰まっていたような声だった。そもそも「助けてくれ」なんて言うこと自体が、緊迫した状況をほのめかしている。
急いでワラビとジュリアを叩き起こし、あなたたちが得物を持って宿から飛び出す。
声はバザールの方から聞こえた。あなたたちがアーケードへ走ると、声を上げたと思われる男のヒトが倒れており、そして傍らには背の高い者が三人、鉈に似た物を握って影のように立っていた。




