東の廃墟
迷子の捜索。それが駆け込んできた婦人の依頼であった。
数え六つになる子供が、この時間になっても家に帰って来ない――。そう妙齢の婦人は涙ながらに訴えた。
では、どこで子供を見失ったのか。チョビ髭の職員が婦人に心当たりがないか伺う。すると、昼間子供と一緒に遊んでいた子の友達から話を聞いていた婦人は、チョビ髭とあなたたちに「東の廃墟」と告げた。
東の廃墟。これを聞いてチョビ髭は眉を曇らせた。東の廃墟は、この町の外れに建つ館で、今は滅んだ去る貴族が住み、夜になると『ゴースト』が出るのだと言う。
ゴーストは、霊体と言われる姿の実体がない化け物であり、故に身体的な危害は加えて来ない。だが代わりに、直接的ではない何かでヒトを精神的に追い詰める、すなわち「祟り」で危害を加えてくる。
また、実体がない故に、物理的な攻撃が全く効かない厄介な性質も持っている。
何にせよ危険だ。小さな子供が夜も更けた時間に一人で郊外にいるなんて。
店内に戦士はあなたたちしかいない。チョビ髭の職員はあなたたちに頼りなさを抱いていたが、背に腹は変えられず迷子の捜索をあなたたちに託した。
そうしてあなたたちが店を出た。なおチョビ髭は、街の戦士にも知らせ、順次あとを追ってもらう、とも告げた。つまり捜索に向かうのはあなたたちだけではなかった。
捜索に手こずれば、後に現れる戦士に手柄と報酬をさらわれてしまうだろう。
「……確かにこれは、“出そう”だね」
エルダン川の岸辺を上流へ向かい、日もあと少しで変わろうかという時刻。あなたたちは東の廃墟に到着した。
川辺に建っているからだろうか、靄がかかって視程が悪い。月明かりだけでは、左右に塔が構えられた館の姿しか確認できなかった。
出るというのも頷ける。ワラビが言うとおり、その雰囲気はかなりおどろおどろしい。
普通のヒトなら怯むだろう。けれどワラビは、手にした松明に火を点け、
「キミ、行こう」
と言ってから廃墟へと歩いた。
足取りは確かで、胸を張る彼女の姿は頼もしかった。子供っぽい見た目と性格の彼女だが、今はその性格が幸いした。
そして、高く伸びた雑草を掻き分け、重い扉を二人がかりで開き、あなたたちは南に向いた入口から廃墟に侵入した。
廃墟の中は暗く、灯火だけが頼りの周囲をあなたたちが見渡す。すると、吹き抜けになった大広間のようで、正面には大きな階段、左右には扉、奥に目を凝らしてみれば、その左右にもそれぞれ扉があった。
まずは子供の声が聞こえないか、あなたたちが耳を澄ましてみる。
「……聞こえないね。まずは一階から捜そっか」
シラミ潰しに捜すしかない。最初は左の扉から当たったが、鍵が掛かっているのか開かなかった。
次は奥左の扉へ向かった。これは開いた。が、雑多な物がバリケードのように詰まれており、さらに奥へは進めなかった。
ざっと見た感じ、物をどかした形跡は見当たらない。あなたたちが広間に戻ることにする。
続いて奥右の扉を攻める。だが、これも開かなかった。
残るは右の扉。これは開いた。が、入った先の廊下を進むと、またも物で行き先が塞がれていた。
一階からは奥へ進めそうもなかった。広間に戻ったあなたたちが二階へ行くことにする。
広間の階段を上ると、一階と同じく左右に扉がある。まずは右の扉を押すと、それは「ギィ」と音を立てて開いた。
左の扉は開かなかった。あなたたちが右の扉に入る。
「キミ、松明持っててもらっていい? なんか嫌な予感がするの」
南に向かって続く廊下は、暗くて先が見通せず、壁には古めかしい絵画がずらりと並べられている。
ワラビが松明をあなたに渡す。嫌な予感と聞き、あなたはチョビ髭の職員が洩らした「ゴースト」の単語を思い出した。
あなたはゴーストという存在に遭った事がない。したがって話は聞いていても対処の仕方が分からなかった。なにしろ相手は剣による攻撃が効かないのだ。さらに見た事がないため、霊体と言われても想像が付かない。
未知なる敵に対し、あなたが不安を覚える。しかしワラビはあなたと出会う前、ゴーストを退治した事があると言っていた。そして「私に任せて」とまで言っていた。
「早く迷子を捜さなくっちゃ。間違ってゴーストの溜まり場に迷い込んだら、子供じゃひとたまりもないからね」
あなたたちが警戒しながら進む。左右に飾られた絵画が、あなたたちを監視しているよう。
幸い何も起きず、突き当たりまで進む。廊下は左に折れ曲がっていた。
左に曲がると、右手には窓が見えた。廃墟を東館と西館で分けると、この廊下は東館の外周を沿っているようである。証拠に窓から表が望める。
更に廊下を進む。すると、開いた扉があり、あなたたちが扉を潜ると円形の空間に出た。
円形の空間は天井が高かった。この空間は、表から見えた東館の塔の中だろう。
直ぐ左にはまた扉があり、ワラビがそれを開く。そして松明を照らすと、今度は北に向かって廊下が続いていた。
なおも外周を沿っているようで、右手には窓がいくつも並んでいる。それと左手には一つ二つ三つ、窓から差し込む月明かりにより、扉がかすかに見える。
「扉の中を調べよう。迷子がいるかもしれないし」
ゴーストの存在を忘れていないあなたが、盾を構えて心の準備をし、まずは一つ目の扉を開いた。
そして中に入る。すると、ほこりっぽい湿気があなたを歓迎した。すかさず松明を照らせば、ベッドにクローゼットに止まった振り子時計、それにテーブルの上に乗る写真立てがあなたの目に留まった。
近年、「写真」という技術が開発された。この写真とは、風景や人物などあらゆる物を、目に映る光景に限りなく似せて紙などに写し取る技術である。この技術自体は昔からあったらしいが、「湿板写真」という手法が確立されてからは大衆への普及が進んでいる。
あなたが写真立てを手に取り、昔ここに住んでいたのであろう家族が写った白黒の写真を見る。しかし不気味なことに、顔だけが全て黒く塗り潰されていた。
この個室の部屋は、写真に写る少年の部屋だったのだろう。迷子がいないことを確認したあなたたちが、廊下に戻って二つ目の扉を開く。
同じく個室であった。だが、先ほどの部屋とは違って室内がファンシーに飾り付けられており、ベッドなんかはレースに包まれていた。
この部屋は、写真に写っていた小さな女の子の部屋だったのだろう。ここにも迷子はいなかった。あなたたちが部屋を出ようとすると、棚の上に座った小さな人形があなたの目に留まった。
人形はなぜか、口の部分が鋼線で縫われていた。ゴーストはこういった人形に乗り移ることもあると聞く。
そして廊下に戻り、あなたたちが三つ目の扉の前に着く。
あなたがドアノブに手を掛けた。だが、ワラビがあなたの手を止める。
「待って。たぶんこの中にゴーストがいる」
慣れつつあったところを警告された。従うべきだろう。
あなたが手を離し、肩から提げる円形の盾を改めて構える。それを確認したワラビが、あなたに代わってドアノブに手を掛ける。
「それじゃ開けるよ。キミ、いくよ!」
ワラビが扉を開け放ち、あなたたちの前にゴーストが現れた。