終点
木を打ち鳴らす抜けの良い音が、山に木霊する。
樵が斧で樹を伐採しているのだろうか。いや違った。二人の少女が、木の棒を片手に激しく撃ち合っていた。
一人の少女が、――振り下ろされた一閃を、棒先を斜めに構えることで何とか受け流す。その衝撃に手が痺れたが、少女は決して木の棒を離さない。
すかさず少女が棒を払い、流れるような弧を描く。その弧が相手の手を打つ。
相手が棒を落とした。少女は辛くも勝ちを拾った。
「はぁ、はぁ……。どうだ、一対一なら、お前なんかに負けないんだから」
木の棒を片手に握る三兄妹末妹・ビヤーサが、手を押さえるワラビに強く言い放った。
「いったぁ……。ちょっとは手加減してよ、ムキになっちゃって」
今しがた手を打たれた敗者ワラビは、頬を膨らませてブーたれた。
あなたたちがクマを屠ったその日。ビヤーサは、剣士としてのプライドを賭け、ワラビに勝負を挑んだ。
目に焼きついて離れなかった、ワラビがクマの腕を斬った光景。あの一閃は、彼女が見た事ない程に早く、そして鋭かった。
剣を生業とする彼女にとって、それは何よりも屈辱だった。自分が切り裂けなかったクマの腕を、ワラビはいとも容易く切り裂いたのだから。
しかも下の兄に頼んで歳を訊けば、ワラビは彼女と同い年であった。それが彼女の負けん気に拍車を掛け、兄からの女の子に歳を尋ねることの文句を聞き流した彼女は、それから勝負の日までひたすら修練を積んだ。
特に腕の強化に努めた。あの斬撃は早く、そしてきっと重い。
斬撃を避けるという手もある。だが、彼女は受け止める道を選んだ。あの斬撃を正面から受け止めなければ、この先ずっとアイツを超えられない、と彼女は思ったのだ。
くだらないと言えばくだらない。しかし剣士である彼女はそこにこだわった。その為に彼女は、あの斬撃に負けない腕を作ることに注力した。
アイツには負けたくない。それだけを胸に秘め、彼女はがむしゃらに剣術と腕を鍛え続けた。
「……はあっ、はぁ、はぁ」
そして、あなたたちがクマを退治してから五日後の朝である今日。努力は実り、一度は無様を晒した彼女が、その恥をワラビに雪いだ。
だが、紙一重だった。その証拠に彼女は未だ息を乱している。冷や汗が止まらなかった。
ワラビが振り下ろした斬撃は早いだけに止まらなかった。木の棒なのに、斬られるような恐ろしさを感じた。それでも恐怖に打ち勝ち、ワラビの斬撃を何とか受け止め、捌いた彼女だが、勝ってしばらく経った今でも受け止めたときの衝撃から、未だに彼女の手は痺れ、力が入らなかった。
したがって手に持つ棒を離しそうになるが、それを彼女は意地で握り締めている。そして、
「……っ」
呼吸を整えながら、唾を呑み込む彼女。受け流した後に払った弧も、力が入らずに当てるのが精一杯だった。
この勝利は彼女にとってとても苦いものであった。そして実戦では、間違いなくアイツの方が上だ、と彼女は不承ながらも認めている。
「ねえ! 勝ち逃げは許さないからね!」
「おいおい、落ち着けって」
己の慢心に気付いたビヤーサの一方で、負けたワラビが悔しさから喚いた。
ビヤーサの渋い心境も、霊癒を唱えて宥めるジュリアも関係ない。ワラビからしてみれば何の得もない勝負に応じたのだ。
勝者が満足すれば、敗者が悔しいのが勝負である。今、この時を以って、ワラビとビヤーサに因縁が生まれた。
「ハハッ、青春だな」
「ああ、まったくだな旦那」
そんな二人の気持ちなど露知らず、あなたと男たちは、この少女二人の戦いを暢気に眺めていた。
シシンが「アンッ」と元気良く吠えた。
***
そしてあなたたちがベリニの町に到着し、まずはイゾルド交社を尋ねた。
クマを退治したことを職員に告げた。毎度の如く職員は、あなたはともかくワラビとジュリアの若さに訝ったが、藍色の毛皮と熊の胆、それから拾った帽子にカイチンが保証してくれたことで、あなたたちによるクマ討伐を認めた。
あなたが職員に依頼を申し込んだ店を尋ねる。すると、職員はオアシスの町に行ってクマ退治の依頼をした、と返した。あなたたちは後日、次に向かう予定であるオアシスの町で、戦士会が営む店に赴いてクマ討伐の旨を申し出れば、イゾルド交社からの報酬を受け取ることができるだろう。
それから市場へ向かい、藍色の毛皮と熊の胆を売却した。カイチンが言ったとおり熊の胆はとても高く売れ、分厚い札束がカイチンの手に渡った。
これを独り占めしようなどと思わないのがカイチンという男。あなたたちはカイチンに、ある一件の食堂の前へ連れられた。
「この店は俺のツレがやってる店でな。今日はこの店を借り切って、おまえらを祝ってやらぁ」
カイチンが意気揚々と店に入って行った。それからしばらく待ち、店から出てきたカイチンは、夕方に改めて店に来いとあなたたちに告げた。
そして夕方。あなたたちが三兄妹を連れ、店の中へ入る。
「うわぁ。すごい料理の数。こんなに食べきれないよ」
「おいカイチンさん。あんたどんだけ使ったんだよ」
ジュリアがカイチンに尋ねると、札束全部を使っての大盤振る舞いだった。
「えっ、カイチンさん。全部使っちゃってもよかったの? ほら、お兄さんをちゃんと弔うために残しておくとか」
「へん、全部お前らの力を借りてちゃあ、あの世の兄者に怒られちまうわ。俺の稼ぎでいずれ兄者の供養はきちんとしようと思ってるからよ。弟の俺が言うんだ、お前らは気にすんな」
「まあ、カイチンさんがそう言うならいいけど。でもさ、これから湖の畔に戻るんだろ? 女将さんのためにもちょっとは残しておいた方がよかったんじゃ?」
「ばっ、ばかジュリア、余計なお世話だ! ……うるせーぞシシン! 静かにしやがれ!」
シシンがジュリアの意見に賛同するように、顔を赤くするカイチンに向かってしつこく吠えていた。
さて、あなたたちの目の前には今、この地方で採れる食材をふんだんに使った料理が、枚挙に暇がないほど並べられている。
塩コショウの香りが食欲をそそる鳥のローストに、大きな貝がたくさん盛り付けられたパエリヤ、瑞々しいフルーツの盛り合わせ、どれもこれもとても美味しそうである。
あなたたちがクロロの道中で食したマーチラビットの丸焼きまである。飲み物はエールにワイン、東で言う「どぶろく」などが取り揃えてあり、まだ酒を飲むには早いワラビとジュリアのためにも水やフルーツジュースが備えられてある。
「よし、みんな揃ったな! では聞いてくれ!」
やがて、めいめいが席に着いたところで、立ち上がったカイチンが音頭を取り始めた。
「熊殺しだ何だと言われ、調子こいてた俺ら兄弟だったが、今回のクマは桁違いに強く、兄者がやられちまった。だがな、そんなときだ! この三人が颯爽と現れ、兄者の仇を取ってくれた! 会った初めこそこいつらのこと侮っちまったが、今は感謝しかねえ。皆の衆、今日は俺の奢りだ。飲んで騒いで兄者を弔い、そしてこの三人の勇者を盛大に祝ってくれ!」
来店した多くの人々から、あなたたちは大きな拍手と声援を受けた。
結局、食べ切れないと判断したあなたたちは、来店したヒト達を無料で受け入れることにした。よって店の中は今、たくさんのヒトであふれ返っていた。
褒めそやされるあなたたち。しかしあなたたちは、カイホウが亡くなった原因は自分たちにあると思っている。けれどカイチンはそれを皆に知らせず、ただあなたたちを讃えてくれた。
あなたたちが申し訳ない気持ちに駆られる。同時に、カイチンの心遣いに感謝する。
三兄妹はカイホウが亡くなったことを聞き、驚きを隠せないでいる。次男シャイバニと長男スレイマンが、亡くなっていた事実を知って悼む。
「旦那の兄貴、亡くなってたとはな……」
「そうか、カイホウ殿は、もういないのか。惜しいヒトを亡くした。では、飲まなきゃいかんな」
「お、おい兄貴!」
三兄妹と猟師の兄弟は既知の間柄である。長男が、カイホウを弔う為に、ぐいっとワインを呷る。
次男が止めるのも聞かず。やがて、長男の陰気とも言える青白い顔が、みるみるみるみると赤く染まり――。
「ハハハッ! 酒が美味い!」
「あ、兄貴。旦那が来たぞ。あまりはしゃぐな。……すまねえ旦那、俺たち、旦那の兄貴が亡くなっていたなんて知らなくて」
「ハハ、いいってことよ。次男坊も飲め。……でもよ次男坊、お前んところの長男、酒飲むとこんなに変わるのか?」
「すまねえ旦那、兄貴は酒にてんで弱くて。しかも弱いくせに一度飲みだすと止まらねえしよ」
「よし、私がカイホウ殿の為に歌おう!」
「おい兄貴! それはやめろ!」
次男の制止も聞かず、酔っ払った長男が下手クソな歌を披露し始めた。
もちろんこれを聴き、ただで入って来た客達が怒り出す。
「やめやがれ! 耳が腐るじゃねえか!」
「おいっ、確かいま吟遊詩人がどっかの宿に泊まっていただろ! 首を捕まえてでも引っ張って来い!」
「吟遊詩人だぁ? んな余所もんのヤローの歌がカイホウの魂に響く訳ねえだろ! よしっ、俺が歌おう、俺の歌を聴きやがれ!」
「おう、やれやれ!」
「カイホウさん死んじまったのか。俺、あのヒトの世話になってたんだよなぁ」
「おいおい、カイチンが飲めって言ってんだ。今日は飲んで、しんみりするのは明日にしようぜ」
「……ぷはっ! 酒がたんねーぞ! 誰か市場から酒かっぱらってこい!」
「おうおう、いい飲みっぷりしてんじゃねーか。俺と飲み比べするか?」
「おおっ、かかってこいや! 負けた方が裸踊りだぞ!?」
今日、この店に来た皆が、カイホウを悼みつつも盛り上がっていた。
大盛況の店内を、あなたが眺めていると、
「おう、あんた。楽しんでるか?」
カイチンがふらふらとした足取りであなたの元に訪れる。
あなたがカイチンの持つ杯に酒を注ぐ。
「すまねえ、ありがとな。ところでよ、あんたら何者だ? あんたもそうだけどよ、あの二人はすっげえな。見た目はただの可愛い女の子なのに、あれ程の才能を持った奴は初めてだ。俺なんかじゃとてもとてもあの二人には敵わねえぜ」
杯を傾けながらカイチンが、あなたと自らが指導した二人について尋ねた。
ワラビが勇者の末裔であることは伏せている。誰もが知る伝説の勇者の子孫。それをこの場で明かせば、大きな騒ぎになるのは間違いない。
あなたは答えを繕った。それと同時に、ジュリアの素性についてはまだ知らない、ともあなたが思う。
「ま、あんたらはいいパーティーだ。いずれ有名になるだろう。有名になっても俺のこと覚えててくれよ? ハハハ」
適当にごまかしたあなただが、カイチンは酔っ払っている所為か気にせず笑った。
「カイチンさん」
「お前ら」
ワラビとジュリア、それにシシンが、話すあなたとカイチンの元に訪れた。
「色々あったけど、ありがとなカイチンさん。あたしらのこと忘れないでくれよ?」
「へんっ、おまえらみたいな憎たらしいガキ、忘れたくても忘れられねえよ」
「ふふっ、ツンデレなんだから。じゃ、憎たらしいついでにもう一つ訊くね。ねえカイチンさん、女将さんのどこが良かったの? やっぱ大きなおっぱい?」
「こ、このクソガキ! 大人をからかいやがって!」
「まあまあ。あたしらカイチンさん応援してるからさ。女将さんだってまんざらじゃなさそうだったぜ? なあアンタ?」
「お、おいジュリア、そりゃ本当か?」
ジュリアのそばで尾を振るシシンが吠え、楽しい夜は更けていった。




