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大金星

 右眼を刺された藍色の暴君。苦悶の叫びが山に響く。

 だが、山の王者としての意地か、憎しみが痛みに勝るのか。片眼だけになろうとも暴君は退()かなかった。

 地に両の前脚を叩き付けた暴君が、あなたたちを八つ裂きにせんと走り出す。これに対してジュリアが、

「来なっ、こっちだぜ!」

 退(しりぞ)きながらも暴君を果敢に挑発する。


 そしてジュリアが駆け、落ち葉の積もる樹の脇を、飛び越えるように横切った。

 この逃げるジュリアを暴君が追う。眼を貫かれた所為もあってその勢いは(すさ)まじい。だが、暴君が樹の脇に差し掛かった所で、急にその追う脚を止めた。

 戦意を失ったわけではない。憤怒の表情で歯を剥き出しにし、右眼から血と液を散らしながらジュリアを睨んでいる。しかしどうしてか、樹の(そば)から走り出そうとしては脚を止めている。

 逃れられない暴君は捕まっていた。暴君の左後脚には、樹に繋がれたジュリアの鎖分銅が絡んでいた。


「どうだ! カイチンさんに教えてもらったトラップだ!」


 あなたが末妹を庇っている間、ジュリアはあなたの後ろで(わな)を張っていた。

 ジュリアの張った罠は「くくり罠」と呼ばれる種類の罠で、くくり罠とは一般に、樹や(くい)などに繋いだ鋼線を円形に仕掛け、獲物が鋼線の円の中を踏むと、踏んだことがトリガーとなって鋼線が締まり、獲物の足を捕らえる仕組みの罠である。

 ワラビとジュリアに狩猟を教えたカイチンは罠を張った猟を得意としており、くくり罠の仕組みを教えてもらったジュリアは、いま鋼線を鎖で代用してくくり罠を仕掛け、暴君を捕らえていた。

 器用なジュリアだからこそ出来ることである。そしてジュリアが矢を番え、次は身動きの取れない暴君の鼻に矢を深く刺す。


「ワラビ!」

「うん! あとは任せて!」


 ワラビが暴君の前に躍り出た。

 大太刀を構えるワラビ。暴君が、苦しみながらも立ち上がり、目の前のワラビを叩き潰そうと右腕を大きく振り上げる。

 喰らえばひとたまりもないだろう。暴君怒りの一撃。だが、

「やあぁぁぁっ!」

 その怒りをワラビが(りょう)()した。大太刀で、振り下ろされるより早く暴君の右腕を切り裂いた。


 こうしてワラビが下がり、暴君が前に巨体を沈ませた。

 息を荒げ、斬られた右腕からは鮮血が噴き。もう放っておいても死ぬだろう。たとえ生き延びたとしても、山の王者としては振る舞えないだろう。

 相手は獣である。(いささ)か同情を覚える姿だが、生ある故に受ける苦しみから解放してやるのも勤め。それに、これは依頼で復讐だ。御者のヒトと、あなたたちを助けたカイホウの無念を晴らさなければならない。

 とどめは任せることにした。あなたがカイチンを呼び、

「おう」

 槍を構えたカイチンが、うずくまる暴君の眉間に狙いを定める。

 そして、ひと思いに突き、長きに(わた)った騒動の幕を引いた。


 ***


「……うぉ。ど、どうなってんだ」


 気を失っていた三兄妹次男・シャイバニが目を覚ました。

 首と背中に激痛を感じる。だが、生きている、と次男が自覚する。

 頭を触ると包帯が巻かれていた。しかし、自分の事よりも目の前だ。目の前では、皮を剥がされ肉だけとなったクマに、いま土が被せられていた。

 土を被せているのはカイチンの連れだった。次男が思い出す。確か、クマに倒され、そして頭を揺さぶられて意識を失った。そして生きているということは、――まさか、と次男が思い至る。


「旦那! あんたがクマをやったのか?」

「次男坊、起きたか。だが俺じゃねえ。俺はとどめを刺しただけで、殆どはこいつらがクマを仕留めたんだ」


 カイチンが親指であなたたちを指した。


「しかしよお、(きも)を俺がほんとにもらっちまっていいのか?」

「いいよ。お兄さんの供養しなきゃいけないでしょ? それにカイチンさんにはお世話になったし」

「……もったいねえ。“熊の胆”、高く売れるんだぞ?」


 クマの肝を皮袋に入れるカイチンがあなたたちと談笑していた。

 ワラビが皮袋を受け取り、中に氷葬(キュート)を唱える。信じられなかった。まさか、熊殺しの兄弟でも敵わなかったクマを、カイチンの連れの三人、特に妹と大して(とし)が変わらない少女二人が仕留めたことに関し、次男は信じられずにいた。

 次男は剣士・ヒートラの再来とまで噂される妹を誇りに思っている。その剣の才は天が授けた物だ、と。

 だから年端のいかない妹を一人の戦士として扱っているのだ。その妹を、超える者がいるなんて。すかさず次男が事の顛末を、座ってうつむく末妹に尋ねる。


「ビヤーサ、ありゃ本当か? 旦那の連れの三人がクマを倒したってのは」

「うん。私が襲われそうだったところを、あの盾のヒトが守ってくれたんだ。それからあの赤い髪が罠を張って、そしてあの小さい女が、私が斬れなかったクマの腕を、……斬り飛ばしたんだ」

「そうか。俺達は歯が立たなかったからな。悔しいが、完敗だ」


 次男は認めた。自分たちが今まで井底のカエルで、力を過信していたことを。

 次男があなたたちの前へ歩み寄る。それから、潔く頭を下げる。


「すまねえ旦那、盾のヒト、お嬢さん方! 俺達が図に乗ってた、どうか許してくれ!」


 まさに東で言うところの「土下座(どげざ)」で次男が謝った。

 首と背に激痛が走ったが、科せられた罰だ、と耐える次男。続いて長男・スレイマンも、

「助かった。礼を言う」

 静かに頭を下げる。


「ちょ、ちょっと、やめてよ」

「な、なあ、あたしら別に怒ってないからさ、あたま上げてくれよ」


 ワラビとジュリアが慌てて制止した。

 大の男二人、しかも一人は土下座までしている。だが、末妹だけはあなたたちの元に来ない。


「おいビヤーサ。助かったんだぞ、お前も頭を下げに来い」

「…………」


 末妹が渋々、といった様子で立ち上がり、あなたたちの元に赴く。


「ほれ、頭を下げろ」

「……やだ。クマ殺しの旦那と盾のヒトには頭を下げるよ。でも、そこの女二人には、絶対にあたま下げないんだから!」


 末妹が泣きながら駄々をこねた。

 剣士・ヒートラの再来とまで噂される彼女。そのプライドが、この一戦で崩された。

 とても無様だった。醜態を晒した。できるものなら死にたい、と彼女は思っている。

 思い返す度に悔しさが込み上げる。今まで負け知らずでいただけに、この挫折は幼い彼女にとって到底認められないものだった。


「うぅ、……うぅぅぅっ! 一対一なら、おまえらなんかに、おまえらなんかに絶対に負けないんだからぁ!」

「バカ、負け惜しみ言ってんじゃねえ。……お嬢さん方、すまねえ。こういった性格だから、コイツ中々友達できなくてな」


 次男が困った顔をして謝った。長男は頭を抱えている。


「謝るな! バカあにぃ!」

「……ま、先いこうぜ。カイチンさん、あたしたちこのままベリニに行くけどどうする?」

「俺もベリニまで付いてくぜ。山を下りるまでが仕事だ。それに、この熊の胆を金に換えたいしな」

「ねえカイチンさん、キモ売ったら早く戻って、クマ倒したこと女将さんに伝えなよ?」

「こっ、こらワラビ、なに言ってやがる!?」

「あははっ。カイチンさんバレバレだから」


 あなたたちはカイチンとシシン、三兄妹を連れ、山越えの終点・ベリニへと歩き始めた。


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