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大一番

 ワラビの怪我が治り、あなたたちとカイチンは「今度こそ」と出立した。

 あなたが岩を押し、ワラビとジュリアがカイチンの指導を受けていた七日間。この間あなたたちは少しだけ装備を足していた。

 ジュリアは腰巻を装着していた。チェック柄で、ジュリア自身のスリムな体型もあり、そのちょっとオシャレなスカートを履いたような格好は、旅人として冒険者として中々サマになっていた。

 対してあなたは、エテコウの毛皮と骨を用いた「(サル)帽子(ぼうし)」を(かぶ)っていた。そのトルーパーキャップとも呼ばれる、帽子の側面を伸ばした形に仕立て上げられた毛皮製の帽子は、被ると毛皮を(ほお)(かぶ)りしたようにしか見えず、

「あははっ、おサルさんよろしくね」

 と、ワラビが帽子を被るあなたを見て笑い、ジュリアも隠れて吹き出していた。よってあなたは、戦闘以外ではこれを被らないことを心の中で誓った。

 これらは宿屋の女将謹製である。以前女将があなたに渡そうとし、カイチンが帰って来た為にうやむやになっていた物は、これの内の帽子であった。

 女将はあなたたちに期待していた。そして子ネコも、あなたたちを励ますように鳴いていた。


 またワラビは、草鞋(わらじ)に代わって「足袋(たび)」と呼ばれる革の履物を新たに履いていた。

 足袋という物は、靴下のようでいて少しだけ違う、つま先が親指と人差し指とで分かれた形の履物である。

 カイチンが予備として持っていた物を貰った。もちろん足のサイズが合わなかったため、カイチンはこれを女将にも手伝ってもらって何とか縮め、ワラビの小さな足に合わせていた。

 少し話が逸れるが、ワラビは靴を履きたがらない。足の親指と人差し指に挟む感覚がないと落ち着かないのだそうだ。そういった意味でこの足袋は、ワラビの希望に叶っていた。


 そうして、湖の畔を出発してから数日が経ち、カイチンとシシンを含めたあなたたちは、再び馬車の残骸がある場所に辿り着いた。

 だが、そこには思いもよらぬ者がいた。いや、イゾルド交社がクマ退治を依頼してから一月が経とうとするため、それは十分に予測できたことであったが。

 三人の戦士がいた。一人は背が高い長髪の男、もう一人は低めの背で肩幅が広い男、そしてもう一人は少女である。


「よう、カイチンの旦那。今日は兄貴が一緒じゃないのかい?」


 内、肩幅の広い男があなたたちに寄り、歯を見せながらカイチンに話しかけた。


「てめーら。“ゼク(さん)(きょう)(だい)”じゃねーか」

「へへっ、旦那らが山に入ったことは耳にしているぜ。未だ解決していない話を聞く限り、クマ殺しの旦那ともあろう方がしくじっちまったようだな」


 カイチンを冷やかす男は、あなたと同じ板金の鎧を身に付け、大きな盾を持っていた。

 あなたと同じく、他二人を守る役目なのだろう。男の赤みを帯びた顔には、鋭い眼差しがギラついていた。また、()(しょう)(ひげ)を生やし、張りのある濃緑の髪を後ろに撫で付けていた。

 粗暴そうな雰囲気もあり、男はともかく自信に満ちあふれている。それから、男の連れである少女があなたたちに歩み寄る。

 あなたたちを(いぶか)るようで、侮るような顔をして。


「下の“アニィ”。だれこのヒトら?」

「おう“ビヤーサ”。この旦那が、かの有名なクマ殺しの弟の方だ」

「へー。ま、旦那はいいや。そこの盾役のヒトもいい。でもさ、この女二人はなに、なんなの?」


 ジュリアよりもやや肌の色が濃い、緑色の髪をピッグテールに結った少女が、ワラビとジュリアを見るなり隠すことなく不満を(あら)わにした。


「なーんでこんなチャラチャラした女がここにいるのよ。武器持ってるようだけどさ、まさかクマ退治に現れたって訳じゃないよね?」


 この「ビヤーサ」と呼ばれた女の子、革の鎧を身に纏い、腰には一振りの剣を携えている。

 歳はワラビやジュリアと同じくらいだ。まだ顔があどけなく、ピッグテールという髪形からも幼さが推し量れる。


「なにこの女。すごくムカつくんだけど」

「言うじゃねえかコイツ。クマにやられる前に、あたしがやってやるよ」


 言うまでもなく二人が怒った。特にジュリアなんては不良さながらに眉根を上げている。

 だが、ビヤーサと呼ばれた女の子は、臆することなく二人を見下し、更に挑発する。


「ふふん、思い上がりも甚だしいわね。いいわ、かかってきなさい。戦いをナメてることを後悔させてあげる。私の剣で、あんたたち丸裸にしてやるわ」


 このビヤーサと言う少女、自分と同年代の女が戦士であることに不服なようだ。

 少女が腰の剣に手を掛け、二人もそれぞれ小太刀と鎖分銅に手を掛けたとき、あなたが二人を止めた。

 また、今まで黙っていた背の高い男が、手にする(つか)の短い槍で、剣を抜こうとする少女を制し、

「……無駄なことはするな」

 ボソリと、刺すような(まな)()しをして忠告した。

 長髪の細身で背の高い男は、落ち着いてはいるが、どこか暗い雰囲気を漂わせていた。この男が少女の言うところの「上の兄」なのだろう。


 こうして争いを回避し、あなたたちと三人が離れる。

 それにしても三人は、よほど自分の腕に自信を持っているよう。暗い雰囲気の上の兄はクマなど知らん顔で本を読み、下の盾役の男は酒を喰らっている。そして少女は、先ほどの調子で騒いでいる。

 そろって緑系の髪色をした三人はまさに余裕であった。クマなど、俺達の手に掛かればヘソで茶を沸かすようなものだ、と言わんばかりに。


「ねえカイチンさん。誰、あのヒトたち」

「ああ、“ゼク三兄妹”っつー戦士の兄妹だ。あの背の高い陰気な野郎が長男の“スレイマン”、盾役の乱暴そうな奴が次男の“シャイバニ”、そしてあの元気がいい娘が末妹の“ビヤーサ”って言うんだ」

「兄妹か。にしても随分な余裕っぷりだな。あいつらそんなにやるのかよ」

「腕は悪くねえ。兄妹だけあってチームワークも中々だ。特にああ見えてビヤーサの剣術は戦士会でも有名で、一部じゃ剣士・ヒートラの再来とまで言われてるくらいだ」

「なんだよカイチンさん、あんたどっちの味方だよ」

「おいおい、俺は事実を言ったまでだぜ。だがな、それ故にあいつらは、こっ(ぴど)く負けた経験がねえ。今回のクマは特別だ、ベルセルカーは今まで何度か相手にしているが、俺も兄者もあれほどの奴は遭ったことがねえ。今回ばかりは、あの自信が通用する相手じゃねえと思うんだがな……」


 侮られたカイチンだが意に介していなかった。それどころか手を組み、三人を心配するように眺めている。

 この後のカイチンの説明によれば、ゼク三兄妹は、山を越えた先のステップに浮かぶオアシスの町を拠点とする戦士のようだ。

 猟師の兄弟は、あの三兄妹とちょくちょく顔を合わせており、故にその腕を認めていた。そしてその腕ゆえに、自信を持ち過ぎている点をカイチンが懸念する。


 間もなくして、カイチンの言うとおりとなった。またも音もなく現れた。

 まずは本を読み耽る長男を強襲した。突如として現れた藍色の暴君が、その豪腕を振り上げた。

 ベルセルカーと言うクマ、意識の外から現れる奇襲も恐れられる一因となっている。だが、

「……ッ!」

 さすがにカイチンが認めるだけはある。すかさず槍を持った長男が前に低く飛び、寸でのところで豪腕をかわした。


「アニィ!」

「騒ぐな。獣には火だ」


 そして立ち上がった長男が槍を前に構えた。

 鋭き穂先を見て警戒したのだろうか、暴君が動きを止める。


――“輝く光よ、今こそ、()の貪欲を示せ”

  “改め無き悪の魂、因果を交え(にえ)とせん。閻王(ヤマ)の元へ送り回帰せよ”

  “吟味せし牛頭の乳脂を塗らん。七つの舌で()め取るがいい”

  “鹿()(らん)荒神(こうじん)。二面を(まつ)らん。不浄たる者、不肖たる者を灰と(かえ)せ”――


「――“火神(アグニ)”」


 動きを止めた隙に長男が呪文を呟き、穂先からワラビが唱えるものよりも強い炎が発現した。

 魔法が得意のようだ。長男が、ワラビとは呪文の異なる火神(アグニ)を唱えた。

 その後の(もく)()()では、(ひる)んだところを一突きするつもりだった。しかし、

「ぬっ、驚かんだと。……いかん!」

 効かなかった。目論見は外れて暴君が炎を突っ切り、豪腕を喰らった長男が倒された。


「兄貴! クソッ、来やがれ!」


 吠えた次男。呼応するように暴君が振り向く。

 暴君が、走り始めたチャリオットが如く、その巨体を次男に向かって躍らせた。

 これに次男が腰を落として盾を構える。そして、右手に(とげ)のついた(つち)を握り、突進する暴君を次男がかわす。

 振り向きざまに棘付きの槌を、暴君の背に強く打ち付けるが、

「……うごっ!」

 効かず、兄同様豪腕を喰らい、さらに暴君がその右前脚で転んだ次男の頭を蹴った。


「下のアニィまで! くそう!」


 兄の仇だ。そうとばかりに剣を抜いた末妹が、暴君の肩を鋭く斬り付けた。

 末妹は、この剣で幾度となく獲物を斬っており、今まで彼女に切り裂けぬものなどなかったのだが、

「……えっ!?」

 止まった。切り裂けなかった。剣身が暴君の厚い筋肉に阻まれ、彼女の力では肩に食い込んだ剣をそれ以上押し込めなかった。

 筋肉に食い込んだ剣は抜くにも抜けず、そこへ、振り払われる豪腕。これを末妹が寸でのところでかわすが、その勢いで倒れる。

 そして、暴君が立ち上がり、両腕を大きく広げる。その威嚇によって生まれた影が、尻もちを着く末妹を覆い尽くす。

 肩から剣が落ちた。末妹が見上げる高さは、まさに巨人としか例えようがなかった。


「やだ、そんな……」


 震える末妹。圧倒される末妹。

 もう戦意を失っていた。自慢の剣術が効かず、頼りの兄二人があっという間に倒されたのだ。

 考えても考えても、この状況を打開する術が思い浮かばなかった。そんな泣きそうな末妹に、地を揺るがすような()(たけ)びが容赦なく浴びせられる。

 そして暴君が、腕を振り上げ、

「や、……いやぁぁぁ!」

 迫る死の恐怖に、末妹が心の底から悲鳴を上げる。


 だがそこへ、あなたが割って入った。

 打ち下ろされる豪腕をあなたが盾で防ぐ。この以前は受け切れなかった一撃を、あなたが受け切った。

 七日間の鍛錬は無駄ではなかった。すかさずあなたがカイチンに、末妹の首を掴んででも引かせるよう指示し、

「撃つぞ!」

 ジュリアの声を受けてあなたが引く。そしてジュリアの放った矢が、

「……よしっ!」

 暴君の(みぎ)()を貫いた。


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