revenger
棺。その大きな木箱に遺体が納められ、棺は「柩」に変わった。
それから、薪で組んだ台の上に柩を載せ、二度と目を覚まさない命の恩人の為に、あなたたちは花を捧げた。
猟師の兄弟が湖の畔に戻った日の夕、亡くなったカイホウの葬儀が執り行われた。
葬儀はこの国の風習に合わせ、火葬にて執り行われた。街の住民はクマの件で殆どが避難しているため、神父のいない簡素な葬儀ではあるが、この火葬に弟・カイチンから異論はなかった。
あなたたちが少ない街の住民と共に、木棺の蓋を閉める。そして、木棺の上に山ほどの藁を掛け、松明を持つカイチンが台の薪に火を掛けた。
藁の隙間から煙が上がった。やがて藁も燃え、舞い上がる火の粉と共に、カイホウの魂が天へ還る。
また、肉体は地に戻る。陽も沈んだ頃、あなたたちを助けたカイホウという存在は骨だけになり、この骨をカイチンが砕いて欠片を壷に集めた。
だが、左の親指にあたる骨だけは砕かずに握り締め、形見として肌身離さず持っておく、とカイチンは告げた。
そして葬儀が終わって夜が更け、時刻は終猪の時にあたる。
女将が営む宿のラウンジ。そこのソファーでカイチンが、槍と酒杯を傍らに置いて構えるように座っていた。
酔っている様子は見受けられない。テーブルの上に酒杯は二つあり、一つは兄の骨を納めた壷に捧げられている。
また、寄り添うように白黒のイヌがいて、そのカイチンの元にあなたたちが訪れる。
「あの、カイチンさん、……ごめんなさい」
「ごめんなさい!」
ジュリアが謝り、ワラビが目をつむって謝り、そしてあなたもカイチンに謝った。
あなたたちが元で兄が亡くなったのだ。言いたいことなど山ほどあるだろう。あなたたちはどんな罵倒でも受け入れる気でいた。
臍を固めるあなたたち。ところが、
「……気にすんな。それよりも、兄者の為に花を摘んできてくれてありがとうな」
責めるどころか、逆にカイチンはあなたたちに礼を告げた。
「えっ、……怒ってないの?」
「なに言ってやがる。俺たちだって見誤っていたんだ。あのクマは、俺たち兄弟が思っていた以上の化物だったんだ。だからおまえらが気にすることじゃねえ」
「でも」
「へっ、俺は誰も恨んじゃいねえよ。あのクマだってな。俺と兄者はいつだって覚悟をもって動物を狩ってきた。それが逆になっただけのことだ。ま、こりゃ猟師の宿命ってヤツだな」
流石は戦士会で名を馳せる男。並の戦士とは覚悟が違っていた。
猟師は獣の命を奪って生活している。言わば肉食の野生動物と同然の日々を過ごしており、しくじれば、命が逆に奪われることを彼は猟師ゆえに理解していた。
命の重さが分かっているからこその覚悟である。あなたたちが敬意と共に驚嘆する。もし自分が似たような事態に陥った場合、このような取り乱すことのない鷹揚な態度を取れるだろうか、などとあなたが思ってしまう。
そんなカイチンが、ワラビとジュリアに振り向き、
「悪いな。お前らを脅かした俺も浅はかだった。脅かせば諦めるだろう、なんて俺は踏んでいたんだが……」
と、詫びるように告げた。
「まあ、こうなっちまった以上オレは手を引くつもりだ。お前らも戻れ。そのうちもっと強え戦士か司直が、あのクマを退治しに来るだろう」
そして諦めるよう促すカイチン。彼はワラビとジュリアを侮辱した訳ではなかった。
若い娘の二人を心配したのだろう。結果的にそれが挑発となり、二人に火を点け、そして兄を亡くしたことを彼は悔いていた。
言葉遣いこそ乱暴だが、彼は、思ったより優しい。しかし本題はここからだ。
兄を亡くした目の前の男は、今から言うエゴに必ず怒るだろう。なんて身勝手だ、まだ懲りねえのか、と。
優しい分だけ怒る姿が想像できた。だが、このままではあなたたちの気が済まず、あなたが、そのエゴを告げる。
「ああっ!? ふざけんじゃねえぞ!」
やはりカイチンは激昂した。
「何の為に兄者が死んだと思ってる!? 俺ら熊殺しの兄弟をナメてんのか!?」
「でも、あたしたちの所為でお兄さんが」
「気にするんじゃねえって言ってんだろ! このっ、駆け出しのくせに生意気いいやがって! そんなに死にてえなら、今すぐ俺が殺してやる!」
興奮するカイチンが、傍らの槍を掴んで立ち上がるが、
「うわっ!? おいこら、“シシン”、どけっ!」
すかさずカイチンを、「シシン」と呼ばれた白黒のイヌが飛び掛かって止める。
そして、シシンがしきりに吠え、子ネコを抱えた女将が何事かと奥から現われる。
カイチンが、諦めて座る。
「……チッ! お前らペーペーがあのクマに敵うわけねえだろうが! なんだ俺は、お前らの骨まで拾ってやらなきゃならねえのか! 拾えるわけねえだろ、ふざけんじゃねえ!」
ふんぞり返ったカイチンがあなたたちに喚き散らした。
あなたたちは、カイホウの遺体を見て決心した。あのクマを、絶対に倒すと。だからあなたたちは「戻れ」と言った忠告を断り、カイチンが憤っているのである。
カイチンからしてみれば、まさに身勝手としか言いようがない。気にするなと言っているのにあなたたちは勝手に気にして、熊殺しとまで言われる自分たちが敵わなかったあのクマを、身の程も弁えずにまた倒そうなどとほざいているのだから。
何のために兄が死んだのか。だが、いくら気にするなと言われても、戦士であり助けられたあなたたちはそれを看過できず、
「カイチンさん。あのね、私たち助けられた恩を返したい。あのクマを倒して、お兄さんを供養したいの」
ワラビが思いの丈を訴える。
そして、そのためには猟師であるカイチンの力が必要。カイホウを弔うためにも、あなたたちはカイチンに力を貸してくれと頼んでいた。
「だからお願い。私たちに、力を貸してください」
「おいこら、力を貸すも何も、おまえ腕吊ってんじゃねえか」
「それは問題ない。骨は折れてないし、あたしが治癒魔法を唱えている。こいつの腕はあと七日もありゃ治る」
「なんだとぉ、……お前ら、本気で言ってるのか」
あなたたちが頷き、その頷いたあなたたちの真っ直ぐな瞳に、カイチンが押される。
「心配しないでくれ。あたしたち、次は絶対に勝ってお兄さんの仇を取って見せる」
「もう油断しない。カイチンさんの力があれば、私たち、必ず勝てるの」
「なんだその根拠。あのクマに勝てる自信があるってのか? ……いや、ダメだダメだ。盾のあんたはともかく、お前ら二人がクマに勝てるとは到底おもえねえ」
「ならカイチンさん、せめてあたしたちの腕が通用するか見てから決めてくれ。それでダメだったなら諦める」
二人の熱意に押され、カイチンが渋々折れる。
「……ふんっ、俺は厳しいぞ? ダメだと思ったら直ぐに帰すからな」




