back attack
「あーもう。あいつらめ、思い出すだけでもムカつく……」
ジュリアが昨日の事を、未だに腹を立てていて呟いた。
拾った黒い子ネコに招かれた宿屋にて、あなたたちが猟師の兄弟と出会い、ワラビとジュリアが侮られた翌日。あなたたちは朝早く起き、夜が明ける前に出立した。
理由は猟師の兄弟よりも先にクマを仕留めるためである。それとワラビとジュリアが、猟師の兄弟、特に弟の方と二度と顔を合わせたくないからもあった。
あなたたちが発つとき、見送りに来た女将は、不快な思いをさせてしまった、としきりに謝っていた。
しかし、争いを招いた原因はワラビとジュリアにもある。あのような争いにどちらが悪いということはない。買った時点で売った側と同じ地点、東方の言葉を借りれば「土俵」に立つのだ。
もし次に訪れたときには後腐れの無いようにしたい。あなたたちも女将には謝った。
「やめてよジュリア、あの“おっぱいマン”思い出しちゃったじゃない。くそう、おっぱいマンめ、今に見てろ……」
ジュリアの苛立ちにワラビが反応する。変な単語を口にしているが、あなたは気にしないことにした。
陽気は少しだけ肌寒く、程よく乾いた風があなたの頬を撫でる。空を見上げれば、薄い雲の中に陽が輝いている。
今、あなたたちはイーズ湖の岸辺を反時計回りに歩いていた。あなたが左を向けば、広大な湖面が光を反射し、北東の緑豊かな山々をおぼろげに映し出していた。また右を向けば、そこに何十年と鎮座しているのであろう、苔むした巨大な岩石が立っていた。
あなたたちの進路だが、このまま岸辺を東に進むと、イーズ湖を源流とする川、「イーズ川」の起点に辿り着く。
そして下山道は、イーズ川を沿うように続き、やがて「ベリニ」という名の町に出る。このベリニとは、山とトリスタ半島を繋ぐブランジと同じく、山とステップの間に建つ宿場町である。
ベリニに着けばあなたたちの山越えは終了だ。だが、その前にクマを倒さなければならない。先にも述べたが件のクマは、イーズ湖より先の下山道に現れたとあなたたちは聞いていた。
クマ打倒に燃えるあなたたち。ちなみに、舟でイーズ川を下ってベリニに行くことも可能であり、実をいうとあなたたちは、当初の予定では川を下って一気に下山する気でいた。しかしクマの一件から、今はそのルートは使えなかった。
「おっぱいって言えばさ、あの女将さん、すげーでかかったな」
「うん。まさにウシ、って感じだったよね。あれで走ったらどれだけ揺れるんだろう」
「そりゃーもうおっぱいのスタンピードだろ。上へ下へと目まぐるしく大暴走さ」
「もうっ、下品だし。そういえばシスターもおっきくなかった?」
「ああ、先生もウシだ。ワラビ触ったことあるか? 手じゃ全然収まんないぜ」
「あれじゃあクロロのおじさん達も頑張るわけだよねー」
「男ってみーんなおっぱい好きだよな。いつだかにクロロのおっさんらが、“俺達はあの二つのメロンの為に働いているんだ”とか言ってたの思い出したわ」
腹を立てていたはずの二人だが、いつの間にやら大きな胸を持つ女性の話に花を咲かせていた。
話に付いていけそうもない、などとあなたはこれも聞かないことにした。
***
宿屋を発ってから三日経ち、遂にあなたたちは発見した。
「うわっ。これは、ひどいね」
「おい、襲われた日からけっこう経っているよな。まだ血の痕が残ってるぜ……」
開けた道のど真ん中に、朽ちた馬車が佇んでいた。
傾いた状態で放置された車体。片方の車輪が根元から折れている。
あなたたちが馬車に近付く。幾分かは雨で洗われたようだが、それでも雨のあたらない屋根下や馬車の中には、血糊がべっとりと付着していた。
腐臭漂う馬車から離れ、あなたたちが左手の林に首を向ける。この左を見た訳は、馬車から林へと続く引き摺った跡があるからだ。
ジュリアが、引き摺った跡から何かを見つける。
「……帽子だ。御者のヒトのだったんだろうな」
あなたたちは血の付いたハットを拾った。クマ退治の後、イゾルド交社のヒトに渡してあげたらいいだろう。
さて、ここに馬車があることから、件のクマがこの辺りに出没することは間違いがない。
「どうやって探そうか。まさか巣を探しに林の中に入るわけにはいかないもんね」
「やっぱ誘き出すしかないだろうな。アンタ、なんか妙案ないか?」
首を傾げてあなたたちが考える。だが、有効な手が思い浮かばなかった。
あなたたちはクマに対する知識が圧倒的に足りない。こんなときにあの猟師の兄弟がいれば、直ぐに良い手を思い付くのだろう、などとあなたが経験不足を悔いる。
「ま、待つしかないか。ねえ、ゴハンにしない?」
「そうか。匂いに釣られて来るかもしれないな。ワラビ、おまえにしちゃあ冴えてるな」
「え、おなか空いちゃったから言っただけなんだけど」
「……少しでも期待したあたしがバカだったわ」
がくっ、と肩を落とすジュリアを後目に、ワラビが背負う背嚢を降ろす。
あなたの仲間の二人は、普段から動物を解体している所為か血には慣れている。昼食にするには少し引く場所なのだが、二人にはためらいがなかった。
逞しい女の子二人である。だが、その者はその隙を狙った。
あなたたちの死角を突いたのは、今まさにあなたたちが狩らんとする者。左の林ばかりに気を取られ、反対は疎かにしていた。
その者は、意識の外にある右の林から、音もなく襲い掛かって来た。
「……っ! おいワラビ!」
「えっ?」
ジュリアが気付いたが、時は既に遅い。
その者は、猛烈な勢いで迫って来ていた。そして、湾曲した爪を持つ太き豪腕を、未だ気付いていないワラビに向かって大きく振り払った。
「ワラビ!」
次の瞬間、ワラビの小さな体が、放り投げられたように空中を舞った。
掬い上げられたワラビ。間もなくしてワラビが一本の大樹と激突し、その衝撃を受けた樹がわしゃわしゃとさざめいた。
枯れかけた無数の葉が落ちるように散る。そして、現れた獣が立ち上がり、両腕を大きく広げる。
「うっ。こんな大きい生き物、初めて見た……」
ジュリアが驚くのも頷けた。成人男性の約二倍はあるだろうか。その威嚇する獣の大きさに、見上げるあなたたちは圧倒された。
間もなくして、我こそが山の王者と吠え、低い雄叫びが山彦となりて反響する。
藍色の暴君が、その黒い眼であなたたちを見下していた。猟師の兄弟がしきりに警告を促していた、凶暴で凶悪な猛獣『ベルセルカー』があなたたちの前に現れた。




