actually,i am...
――船上での戦いを終え、それから十日ほどが経過した。
ミゼル商会による麻薬の製造と販売、鉱山の閉鎖にシスターの逮捕。これら事件の真相は一部を除いて世間の知るところとなった。
よって、シスターの無実は証明され、直ちにシスターは釈放された。クロロの子供達が総出でシスターを迎える姿は、それを見ていたあなたたちを微笑ましい気持ちにさせた。
なお、一部を除いてと言ったが、これはあなたたちが戦ったケルベロスを指す。クロロのヒト達は目撃しているが、何故かあの化物が追究されることはなかった。また、鉱山閉鎖の真の理由も取り上げられなかった。こちらはシスター個人に係わる話のため、たとえ明らかにしたところでゴシップ記事にしかならないと思われるが。
そしてミゼル商会会長アーレ・ミゼルだが、あの戦いのあと変身が解け、ヒトの姿に戻った。
息はまだあった。だが、体にはジュリアの矢がいくつも刺さっていれば、ワラビやあなたの斬撃が深く残っており、瀕死な彼の姿を前にしてジュリアは、――こんなヤツ生かしておくことはない、放っておくべきだ。そうシスターを泣かせた彼を許さなかった。
しかし、死なれては司直が困るだろう。それにワラビが「決めるのはシスターだよ」と諭し、この言葉を聞いてジュリアは折れ、あなたたちと共に彼の手当をした。
船の消火はクライブと船内の協力者達が行った。特にクライブは、大火傷の重症を負っているはずなのだが、それでもムダに声を張り上げて協力者達を指示していた。本当にバケモノである。
暫くすると、ソロンや人夫達がボートで蒸気船を追いかけて来た。この時になってクライブが倒れた。
船に乗り込んだソロンが彼の身柄を取り押さえ、あなたたちはソロンに伝えた。彼が「教団」の力と言って、ヒトと鳥を掛け合わせたような姿に変身した事を。
けれどソロンは言葉を濁した。教団とは何のことを指し、そしてこの変身は何なのか。それをクライブがあなたたちに教えなかったように、ソロンも答えなかった。
しかし数日後、驚くべき事実があなたたちにもたらされた。
ミゼル商会会長アーレ・ミゼルが、獄中で自殺した、とあなたたちはソロンから聞いた。
舌を噛み切って自殺したようで、奴から何も聞きだせぬまま死なれてしまった、とソロンは悔しがっていた。
自殺までして口を閉ざさなければならない事情とは、そしてあの変身は、一体何だったのだろうか――。
「ハッハッハ、戦士も侮れんと俺は知った。お前ら、またいつか会おう」
ハトゥーサ近辺、モルオー川沿岸。この日、あなたとワラビが改めて旅に戻る。
見送りにはシスターに子供達、それにクライブとソロン、鉱夫に人夫と大勢のヒト達が駆けつけてくれた。
そしてジュリアも。弟に続いて父親まで亡くし、やはりジュリアはシスターを放っておけない、とあなたたちに伝えていた。
包帯でぐるぐる巻きのクライブが、あなたの前に進み出る。その姿は、一般的なイメージで知られるミイラのようである。
もしも夜に遭ったら誰もが逃げ出すだろう。そんな生霊の如きクライブが、あなたの両肩を強く掴み、いつものがなり声であなたを誘う。
「特におまえ! 旅に飽きたら戦士などやめて司直に来い! 俺の下で徹底的に鍛えてやる!」
あなたはここまで、クライブに気に入られてしまったようであった。
苦笑するあなた。しかし、包帯の隙間から覗くクライブの眼は真剣であり、あなたがその熱心な視線に耐えられず目を逸らしてしまう。
「おまえがいれば百人力だ。この世から悪という悪を駆逐することができる、ぐふふ……」
「クライブ刑事、引いていますから。司直がまた誤解されるのでやめましょう」
ソロンがやれやれといった顔で上司を諌めた。
「ふふっ、では私も。本当にお世話になりました、言葉では感謝しきれないほどです。もう神に仕える身ではなくなってしまいましたが、それでも祈らせてください。貴方達の旅に、神のご加護があらんことを」
次にシスターが、あなたたちの為に祈った。
シスターは、いやシンシアは既にシスターをやめていた。経営者を失って業務を行えないミゼル商会で働く者の為に、商会の跡を継ぐとあなたたちに宣言していた。
彼女は会長の娘である。継ぐ資格は十分にあり、また、彼女は経営学を学んでいた。
経営学についての経緯は、元々父親が彼女に期待していたからのようだ。何より小さな頃から坑道を遊び場としていた彼女は、クロロとクロロ鉱山を心の底から愛していた。
麻薬の嫌疑も晴れた彼女の候補をクロロの人々は支持した。排他的な気質のハトゥーサはどうだろうか。しかし、彼女はハトゥーサの人々からも支持される。
彼女は長くクロロに住んでいた。言わばハトゥーサの人々にとってはある意味で裏切り者だ。だから意外に思った彼女が事情を訊ねると、ハトゥーサの心ある人々は、アーレ・ミゼルの経営に不審を抱いていたようだった。どうして違法なケシを栽培し、商会の売り上げを訳の分からない団体に横流ししているのか、と。
ケシの栽培は事業から切り離し、鉱山は再開された。こうしてシンシアは大多数の支持を受け、近々会長に就任する。また、実の父に罪を被らされていたことが同情を買い、掌を返したように新聞記者らは、シンシアの会長就任を祝って取り上げた。
父親のアーレ・ミゼルは、元々は善良で優しいヒトだったそうだ。
犯罪に手を染めるようなヒトではなかった、とシンシアは言った。その父親が変わってしまった原因。それは、教団にあると、シンシアが一度あなたたちに洩らしたことがあった。
ある日、商談の為に遠国へ行ってから変わり、日に日に傾倒していったらしい。それに伴って鉱夫の賃金を下げたため、その贖罪として修道士となった、とシンシアは言っていた。
しかし、いくらシンシアが経営学を学んでいるとはいえ、所詮は机上だ。あなたたちは本当に勤まるのか、と彼女の襲業を憂慮していた。
一人で教会を営むのとは違う。だが、それはシンシアも分かっていて、だからこそ周りのヒトの意見をよく聞いて頑張る、とあなたたちに笑顔を浮かべた。
彼女の笑顔を久々に見てあなたたちはほっとした。それと同時に芯の強い女性だ、などとあなたが感心した。
「じゃあな、ワラビ、アンタ。助けてくれてありがと。今度こそ、本当にお別れだな」
「なに、言ってるの。ジュリア、さよならは、言わないからね……」
最後にジュリアがあなたたちに別れを告げる。今度会える日はいつになるだろうか。いや、もしかしたら一生会えないかもしれない。
ワラビは頑張って、目から涙がこぼれるのを耐えていた。そしてそれはジュリアも同様で、湿っぽくならないようにと振る舞っているのが誰の目から見ても分かる。
あなたたちは一度ジュリアと別れ、ジュリアもあなたたちと別れた。お互いにその存在を欲しておきながら、止むなき事情で。
シンシアが、ジュリアの背を押す。勇気がないジュリアを叱咤するように。
「あっ、……先生」
「ジュリア、あなたは行きなさい。ワラビさんが去ってから随分と寂しそうにしてたじゃないですか」
「でも」
「貴方は優しい子、私のために残ってくれようとしているのは分かります。でも、ここで行かなければ貴方は一生後悔しますよ?」
「…………」
「いいのですかジュリア、素直に申し出なさい。ワラビさんと一緒に行きたいんでしょ?」
ジュリアが黙る。もう一押しとシンシアが、嫌われる覚悟でジュリアを突き放す。
「ジュリア、実を言いますとね、いつまでも教会に住み着くあなたにはうんざりしていたのです。これから忙しくなるし、あなたに構っている暇もなくなるでしょう。だからそろそろ旅に戻りなさい。私は大丈夫です、あなたの助けなどなくてもやっていけますから」
ジュリアを分かっているシンシアは指摘した。今を変えることと、本心を打ち明けることが怖いのか、と。
シンシアという拠り所を失ったジュリアが縋るようにあなたたちを見つめる。そして、申し訳なさそうに呟く。
「な、なあワラビ、アンタ。見ての通り、先生に怒られちゃった……。あ、あんたたちの旅に、あたしも、あたしも……っ!」
目を強く瞑って、顔を耳まで真っ赤にし、ジュリアが言葉のその先を、言おうとしては詰まっていた。
普段は男前な口調で、出会った次の日にはグレイローズの討伐に誘われた。この事から、ヒトをぐいぐい引っ張っていく姉御肌な人物であるかと思ったが、それは大きな間違いであなたは彼女を誤解していた。
ここしばらくジュリアと付き合っていてあなたは、彼女が割と臆病で、そして主体性のない女の子であることが分かった。愛想はいいのだ。人見知りもしない。だが彼女はどこかで、壁を作ってヒトを遠ざける癖がある。
組し易そうに見えて、その実なかなか近付き難い。しかし彼女はその一方で、ヒトから頼られると妙に嬉しがって張り切ったりする。
彼女は、自分が傷付くことを極度に恐れる女の子だった。そして気が小さく、面倒くさい、というのがあなたの感じた印象である。
しかも打たれ弱い。割とつまらない事でくよくよ悩む。こんな彼女がよく一人で旅をしていたものである。
だからだろうか。共に旅をするとなると、自分の全てを受け入れてもらわなければならない。
自信がないのだ、受け入れてもらえるかどうか。よって、共に旅を申し出るということは、拒絶を恐れる彼女にとっては異性への告白に等しかった。だが、
「つっ、……頼む! あたしを連れてってくれ!」
シンシアに見放された以上、もう告白するしかない。
言うしかなかった。恐れるジュリアが勇気を振り絞り、あなたたちと一緒に行きたいと心の内を曝け出した。
これに関しては以前も述べた通り。あなたが、快く受け入れる。
そしてワラビは、すかさず抱きつく。
「もちろんだよ! ジュリア、これからもよろしくね!」
改めてジュリアが、あなたたちの仲間に加わった。
***
ジュリアを加えたあなたたちを見送って、子供達や鉱夫や人夫が解散する。
しかし、シンシアだけは立ち止まり、人知れず涙を落とした。その様子を見つけたクライブが、ソロンのポケットからハンカチを奪って差し出す。
「……やはり、辛いですか」
「はい。ジュリアは私にとって妹のような存在でした。父も弟も失って、正直に申せばジュリアにいて欲しかったです。でも」
涙を拭ってシンシアが、あなたたちが去った方角を見つめる。
「今では、これで良かったんだと思います。父が生きていればより多くのヒトが不幸になったでしょうし、弟も、そんな父を見ての更生など叶わなかったでしょう。……刑事さんは信じられないでしょうが、ジュリアがあのヒト達を連れてきたとき、私は“神の啓示”のようなものを感じました。ジュリアはあのヒト達と一緒にいるべきなのです。そう神が、教えてくださったのです」




