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戦果

 茹でられた繊維状の実を割ると、得も言われぬ香りが鼻孔を(とろ)かせた。

 ほくほくと湯気を立てる、ささくれた白い実。匂いに釣られるままかぶりつくと、ぷりっぷりな歯応えに併せ、おそろしく濃厚な(うま)()が口の中を満たした。

 しかし味が濃いため、何口か食べているうちに飽きてきた。そこで、柑橘(かんきつ)系の果汁を加えた酢を用意し、それに繊維状の実を()けると、酸っぱさがアクセントとなって味がさっぱりした。

 茹でられた繊維状の実。これの味をあなたは十分に堪能し、共に食べたワラビも満足していた。

 あなたたちが仕留めた、ビッグクラブの肉厚で大きなハサミ。茹でたハサミの実はワラビが言ったとおり、とても旨かった。


 ビッグクラブ二匹に勝利したあなたたちは、北の町へ行くのをやめてユーダリールに戻った。

 ビッグクラブは大きい。しかも生ものである。遠い北の町まで運ぶなど敵わず、あなたたちは手近なユーダリールで売ることにした。

 二匹丸ごとはとても運べなかった。そこであなたたちは、倒したビッグクラブを解体し、特に高く売れる甲羅とハサミを剥ぎ取り、余った部位は砂の中に埋めた。


 そうして甲羅を店に売ったところ、店主から「この甲羅を使って手甲を作ってやろうか?」と訊かれた。

 あなたには不要だった。円形の盾を持ち、レザーグローブをはめ、「プールポワン」と呼ばれる詰め物が施された服を着て、あなたは装備を固めている。しかしワラビは防具らしい防具を身に着けていない。木綿生地の着物のみを着る彼女に防具は欲しかった。

 彼女の長所は身を軽くすることで生きるため、重い物を装備させるわけにはいかないが、手甲なら問題ないだろう。あなたは、ワラビ用に店主の申し出を受けた。けれど店主から、製作に数日欲しいと言われ、それまで暇ができてしまったあなたたちは、手甲が出来るまでのあいだユーダリールで旅の資金稼ぎに勤しむことにした。


「ねえキミ、見て。こんなの拾った」


 たくさんの流木を背負ったワラビが、砂浜でヤシの実を抱えるあなたに、栓のされたガラスの小瓶を見せてきた。

 資金稼ぎの手段は、別に動物を狩るばかりではない。拾得物も価値のある物を売れば、それなりの金になった。

 流木ははした金だが売れ、薪などに使われたりする。ヤシの実は言わずもがな。それで、ワラビの手のひらに乗る小瓶には、縦に丸められた手紙が入っていた。


「これを売っちゃかわいそうだよね。海に戻すね」


 瓶も売れるのだが、この手紙の送り主は、どんな(おも)いで瓶を海に流したのか。

 友達が出来なくて手紙に託したのかもしれない。あるいは、異性との出会いを夢見たのかもしれない。それを考えると売ることなんてできず、あなたもワラビに同意した。

 ワラビがあなたから目を移し、青い海を望む。そして、

「えいっ」

 海に向かって小瓶を遠くへと投げた。


 また、あなたたちは漂着物の収集に精を出す傍ら、ヒトデ狩りも行っていた。

 沿岸には『デビルスター』と呼ばれる大きなヒトデがしばしば出没する。養殖している貝や海藻を食い荒らすヒトデで、これも駆除すると人々から喜ばれた。

 死骸も一応は売れ、肥料として使われたりする。また、規格外の大きなデビルスターともなると、奇麗なピンク色の核を体の中に備えている。それは「星核(せいかく)」と呼ばれ、非常に高値で取り引きされるため、あなたたちはこれを積極的に探した。

 だが、核を持つほどの大きな()(たい)とは残念ながら出会えなかった。


 こうした資金稼ぎを繰り返して数日後。ついに「巨蟹(きょかい)手甲(てっこう)」は完成した。

 ワラビがさっそく身に着ける。そして、鼻を近付け、

「まだカニ臭い……」

 残る臭いに顔をしかめると、

「ははっ、少しの我慢だお嬢ちゃん。しばらくすれば消えるよ」

 手甲を作った店主の男が、ワラビの顔に笑った。


 ***


 あなたたちは当初の予定に戻り、砂浜の街道を北上した。

 馬車を待つ選択肢もあったが、のんびりと海を眺めつつ歩くこと五日。港町・シュラクにあなたたちは着いた。

 前述しているがあなたたちは、ユーダリールに行く前にこの町を訪れている。よって、二度目の来訪となり、

「さあらっしゃいらっしゃい! “瓶詰”を買うならここだよここ! 最近はイワシが大漁でさぁ、一つおみやげにいかがですかー!」

 以前も見かけた若い男が、相も変わらず威勢の良い(たん)()を切っていて、このしばらくぶりの光景に、あなたたちが帰ってきた事を実感した。


 シュラクは、南東の山より流れるエルダン(がわ)の河口に位置する、海に面した港町である。

 交易と漁が盛んで、また、海産物の加工も行っていた。特にこの町で作られる「カモメ(じるし)瓶詰(びんづめ)」は、中々の美味で名物になっており、保存が利く事から船乗りたちに好まれている。

 あなたたちもユーダリールへ行く前、買って道中食べている。なお、カモメは町の象徴とされていた。ユーダリールのネコに対抗しているかは分からない。


「やっぱユーダリールと違って栄えてるねー。キミは栄えてる方が好き? それとものんびりしてる方がいい?」


 ワラビがヒトの多さを改めて感じ、あなたにどちらが良いか訊いてきた。

 目抜き通りは石畳で、正面に噴水を臨み、左右にはちょっと魚くさい乾物屋があれば、青果店に金物屋、しゃれた喫茶店など、様々な種別の店が軒を連ねている。

 婦人がテラスでカフェを飲んでいた。手をつないで歩く若い男女がいた。そして、目抜き通りを歩くあなたたちの横を、いま馬車がゆっくりと追い抜いてゆく。

 少し進み、あなたたちが酒場を歩きがてら(のぞ)くと、人夫らがジョッキ片手に「ガハハ」と盛り上がっていた。


「もう遅いね。とりあえず宿さがそ?」


 ワラビの呼びかけに、あなたが空を見上げる。

 空は薄暗かった。水平線を望めば日が沈みかけており、カモメの群れがオレンジ色の空を悠々と仰いでいた。

 そもそも酒場が盛り上がっているということは、もういい時間である。あなたたちが今日泊まれる宿を探す。明日の英気を養うために。

 明日からはこの町で、旅の資金稼ぎだ。


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