変貌
「この女を捕まえておけば事件の全容が知れるだろう」
色っぽい雰囲気を醸し出していた背広の女だが、クライブの制裁によって顔がおびただしく腫れ、今はもう見る影もなかった。
しばらくして甲板に上った協力者の者達が、背広の女と男四人、水夫十二人を一人ひとり縛るが、
「刑事さん、さすがに女はやりすぎじゃないかい……?」
女にすら手を上げるクライブに恐れながらも抗言する。
「仕方なかろう。この女も刑事、身内だからこそ厳しく裁かねばならん。まして司直の立場を利用して悪事を働いたなどと万死に値する」
「…………」
「俺だって女に手を上げたくない。さあ行くぞ、お前ら」
クライブがあなたたちに向き、首を振って先へと促す。
「このおじさん怖いね」
「ホントだ。あたし二度と係わりたくねえ」
「なっ、なにを言っているお前ら! 誤解だ、俺は普段こんなことせん!」
「…………」
「…………」
「仕方ないんだ! ……おいおまえ! この二人に何か言ってくれ!」
必死に否定するクライブを、ワラビがメイプルクッキーを齧りながら冷めた目で見つめ、ジュリアも軽蔑の眼差しで非難するように見つめた。
そして、あなたたちがクライブを先頭に、残る会長を探すべく船首に向かう。
「後は会長だけだね。ま、相手はヒトだし、捕まえて一件落着かな?」
甲板の中央に立つ一つ目の煙突の下。そこを通り過ぎた所でワラビが言った。
しかし、険しい顔をするクライブがあなたたちに振り向き、
「いや、油断はするな。奴は“教団”に深くかかわっている者だ、何をしでかすか分からんぞ」
決して楽観視するな、と返した。
「おっさん、教団ってなんだよ」
「誰がおっさんだこの赤っ髪! いいか、教団とはな、……ああっ! これは言っちゃまずかった! すまんお前ら、聞かなかったことにしてくれ」
「教団って、前もクチ滑らせてたよね。おじさん、内緒にしてあげるから教えてよ」
「そうだおっさん。あたし内緒にされると気になって夜ねれなくなっちゃうんだ。あたしの安眠のためにも教えろよ」
「聞くな聞くな! あれはこの世の闇なんだ! お前らのような若い娘が知る必要はない!」
しつこいワラビとジュリアに、クライブが怒鳴って答えを拒否した。
教団と聞いて、あなたはふと思い出した。今も魔王を崇め奉る危ない宗教団体が、この世を暗躍しているという噂を。
まさか、とは思うが否定はできない。いずれにしろクライブが答えなければ知る術はない。
そうして、あなたたちが二つ目の煙突の下を過ぎた。
さらに船首の方へと歩く。すると、並列に並ぶ二艘の小さなボートがあった。
二艘のボートは上陸用に置いてあるのだろう。この間を通り抜けると、クライブがいよいよ見つけ、
「むっ、いた。お前ら、あの男がミゼル商会会長“アーレ・ミゼル”だ。決して気を抜くなよ」
背を向けて立つ、黒いコートを着た白髪交じりの男を指し、あなたたちに注意を促した。
「フフッ、来たか。名ばかりの正義を振りかざす独裁国家のイヌどもよ」
振り向いた商会会長、アーレ・ミゼルは、あなたたちを待ち構えていたようだった。
さすがはシスターの父親だけある。もう五十になろうかという年輩の男だが、かなり整った顔立ちをしていた。
くっきりとした目と高い鼻が自信を匂わせる。また、一目見るだけでブランド物と分かる上質なコートを着こなし、首には鼠色のマフラーを巻いて右手には葉巻を持っていた。
闇社会に生きる者、といった出で立ちだ。雰囲気なら負けていないクライブが一歩出て、会長を指して罪状を問い詰める。
「アーレ・ミゼル! 麻薬の製造販売、及び危険生物所持の容疑にて貴様を逮捕する」
「ほう、司直には貴君のような忠犬もいるのか。ククッ、感心感心。ま、捕まるわけにはいかんな。さあ、お引き取り願おうか」
「なんだと? 貴様の味方は粗方捕らえた。逃れられると思っているのか?」
「フフッ、そう急かすな。一服くらいさせてくれ」
会長が葉巻を咥えて火を点ける。開き直っていた。
クライブが抱き込めていない刑事であることは分かっているはずだ。それなのに悠然と葉巻を吸っている。
ただの諦めかもしれない。だが、あなたが会長の余裕ぶりを見て、クライブの追及から逃れる何らかの手があるように感じ取る。
「アーレ・ミゼル、確認と疑問がある。貴様のろくでもない息子が持ち出したケルベロス、あれは元々貴様が飼っていた物だろう?」
「フッ、答えは控えさせてもらうが、まあ、そう受け取ってもらっても構わないな」
「そうか。ではなぜ鉱山を突然閉鎖した? 貴様ほどの男なら、職を失った鉱夫達が暴動を起こすことくらい予測できるはずだが」
「フフッ、くだらぬ。石炭よりアヘンの方が金になると踏んだまでさ。さあ王国のイヌよ、その傲慢な力で早く暴動者を捕まえたまえ」
「貴様」
「そう怒るな。今言ったことは表向きの理由だ。本当の理由はシンシアにある」
「貴様の、娘に?」
「そうだ。何を親バカなことをなどと思うかもしれないが、私の娘、シンシアは綺麗だろう?」
「……うむ、確かに綺麗な女だな」
「だろう? 私は常々遠国の人間であることを気にしていた。いくら金を貢ごうが所詮は外縁、教団の来たる計画に漏れてしまう可能性もありえるわけだ」
「…………」
「そこでだ、私は考えた。“あの方”にシンシアを気に入ってもらえばいいとな。少し歳をとってしまったが、なーに、シンシアの器量なら可愛がってもらえるだろう」
「……なんと愚かな」
「子を産んでくれれば占めたもの。だから私は鉱山を閉鎖した。いつまでもクロロにしがみつくシンシアを絶望させ、教団以外に縋るものを失くすためにな」
娘を道具としか見ていない親が、指で葉巻を弾き捨てた。
語る会長をあなたが不審に思う。その口調とは裏腹に、どこか落ち着いていないからだ。
体を震わせ、顔を綻ばせ。まるで逸る思いを心の内で静かに押さえ込んでいるよう。だからあなたが、会長の様子を注視する。
「ふざけんな! ふざけんじゃねえ! あんた、本当にそれでも親なのかよ!」
「赤っ髪」
「親さ。だから娘に本当の信じるべき神を示しているだろう」
「それで本当に先生は幸せになるのかよ! くそっ、あたしは絶対に認めねえ、あたしがお前みたいな親、ぶっ殺してやる!」
「ハッハッハ、威勢の良いお嬢さんだ。さて、戯言はここまでにするか」
ジュリアを嘲笑った会長が、突然、自身の体を抱くように身悶え始めた。
しかし苦しんでいるわけではない。ぞくぞくと体を震わせる会長は、不安と歓喜が入り混じったような顔をあなたたちに向けていた。
今の会長を例えると、東の言葉を借りて「武者震い」が当てはまる。会長があなたたちを不気味に見つめている。
「クックック、震えが止まらん。あの方から授かった力を、今から試すことを想像するとな。では諸君、我が聖戦の犠牲となってもらおう。往年の魔王を凌ぐ教団の力、その身で確と受けるがよい!」
言い放った途端だった。会長の両目が、左右に、広がり始める。
「……なっ!?」
そして口が、嘴のように鋭利に尖り、白髪交じりの髪が、赤く染まりながらも鶏冠のように逆立つ。
まるでニワトリの頭のように会長の顔が変貌した。さらに胸や肩が、異常と呼べるほどに盛り上がり、終いには着ていたコートが、体の膨張に耐えられず内から破け始めた。
はだけさせた胸は朱色の羽毛に包まれていた。そして両腕が、真紅の翼に変わりつつある。
「な、なんだよあれ、ヒトが、鳥になってくぞ……」
変わりゆく会長の姿を前にし、ジュリアが呆然と言った。
ただし、鳥と言うには語弊がある。その鳥とヒトを掛け合わせた禁断の姿は、例えるなら「ハルピュイア」だ。
ハルピュイアは、ハーピーとも呼ばれる架空の生物で、上半身が女性の姿、腕と下半身が鳥の姿をした、性根が意地汚い凶鳥として知られる。性別に違いがあるものの、今の会長はそんな存在に変貌しつつある。
しかし、ワラビは違うと言った。その真っ赤に染まる鳥の姿を目の当たりにし、
「やだ、あれって、まるで“スザク”みたい……」
と、火の化身として崇められている伝説の鳥の名を呟いた。
「……お前ら、剣を抜け、矢を番えろ。もはやあれはヒトではない。殺す気で掛からなければ、我々が死ぬぞ」
いずれにしろただ事ではない。その禍々しき姿を前に臨み、クライブがあなたたちに解禁を命じた。
ワラビが木刀を放り捨て、背の刀を抜く。ジュリアも矢を取り出し、クロスボウにセットする。
あなたも木剣を放り、腰から歩兵用の剣を抜く。
――ケエェェェェェ!
途端、耳をつんざく奇声が上がった。会長が変身を終えた。
朱色の羽毛に包まれた上半身。まるで鳥のように細く、だが先端に鋭利な鉤爪を備えた足。そしてクジャクの求愛のように大きく広がった、鱗が連なる形をした黄金の尾羽。
最早ヒトとしての原型を留めていなかった。これがつい先程までヒトだった、なんて誰が想像できよう。
今、あなたたちの目の前では、二足で立つヒトの大きさ程の赤き怪鳥が、凄まじき雄叫びを上げていた。
「ヒトを捨てた外道めがっ!」
先手必勝。クライブが拳を振り上げて迫るが、会長、もとい真朱の怪鳥が空高く跳んだ。
そして高度にて、怪鳥が悠々と紅き翼を広げる。まるで初めて見る空からの光景を楽しむかのように。
黄金の尾羽が棚引いている。と思ったのも束の間、急に降下した怪鳥が真紅の翼を広げ、見上げるクライブの体を両翼で包んだ。
「ぬうっ!? くそっ、放せ!」
振りほどこうとクライブが暴れるが、彼の怪力をもってしても剥がせない。
突如として翼が発光した。焼けるような眩い光がクライブを押し包む。
絶叫するクライブ。蛋白質が焦げる不快な臭いが、真朱の怪鳥とクライブを中心にして漂う。
「おおおおぉっ!」
「おじさん!」
あなたたちが助けに向かうが、真朱の怪鳥が左翼を払い、巻き起こった熱風にあなたたちは阻まれた。
やがて、怪鳥がクライブを放す。上半身を焦がされて火傷だらけのクライブが、その体を力なく甲板へと落とした。
「おいおっさん! しっかりしろ!」
ジュリアが呼びかけるが返事がない。流石のクライブも焼かれては動けなかった。
そして、真朱の怪鳥が猛禽類の眼を、改めてあなたたちに向けてから舌なめずりをした。
考える余裕はない。敵はあなたたちを消そうとしている。救うためにも生き延びるためにも、あなたが剣と盾を、二人が刀と弩を、真朱の怪鳥に向けて構える。




