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sanctions against villain

「みんなっ! あいつらが船を乗っ取ろうとしている犯人よ!」


 上甲板に上ったあなたたちを待ち受けていたのは、またしても水夫だった。

 ただし、人数が違う。ざっと数えて十人。いや、それ以上がいて、誰もが海の男らしい丈夫な肉体を備えている。

 殺気立つ水夫の中には、棍棒(こんぼう)や刃物を持つ者までいて、あなたたちはどうやら先に逃げ出した背広の女によってシージャック犯にされてしまったようである。

 弁明は無理だろう。現にあなたたちは船を乗っ取ろうとしている。


「アイツら、先生を捕まえた」


 ジュリアが言い、あなたとワラビも気付いた。

 水夫たちの後ろには、背広の女に並ぶ形で男が四人立っていた。

 四人の男は、各々胸に徽章を付けており、ケルベロスを回収し、シスターを逮捕した司直の者達だ。


「お前ら、大人しくしていれば危害は加えない。俺たちは後ろの五人と会長に用がある、道を開けてもらおう」


 腕を組むクライブが、一歩進んで立ち塞がる水夫たちに物申した。

 彼は平和に済まそうなど考えていないよう。その物言いは居丈高で、交渉の気など少しも感じられない。

 当然、反感を抱く水夫たち。只でさえ刺々しい雰囲気が更にささくれ立つ。しかしクライブが、

「お前らは知っているのか。お前たちの勤める商会が、石炭を売る裏で麻薬の密売に手を染めている事実を」

 商会の悪事を水夫たちに暴露する。


「ま、麻薬だって……?」

「俺、そんなこと知らねえぞ……」


 この事実に、水夫の数人がうろたえ、周りの者と目を見合わせた。

 だが、背広の女がそんな水夫を制し、よく通る声で、

「みんな! なに船を乗っ取ろうとしている奴らに耳を貸しているの! 全て戯言(ざれごと)よ、聴く必要などないわ!」

 クライブの言う事はでたらめだ、と扇動する。


「あいつらを潰しなさい! たとえ死んだとしても私たち司直が()み消してあげるわ! 女は好きにしていい、さあ、気張んなさい!」


 背広の女が水夫たちに、世界一の国家権力が後ろ(だて)であることを示した。

 色めき立った水夫たち。背広の女は商会の悪事を知っているだろう。それにも関わらず悪事に加担し、司直という立場を悪用までしている。

 クライブが女ギツネと言うのも頷けた。そのクライブが、

「犯罪の片棒を担ぐか。なら手加減は無用。雑魚ども、掛かって来るがいい」

 水夫たちの説得を諦め、痛い目に合ってもらうと宣言する。


「ざ、雑魚だとぉ!? この野郎!」


 雑魚と言われ、威勢の良さそうな水夫の一人が襲い掛かったが、

「どけっ、おまえら!」

 柔良く剛を制す。水夫を捕まえたクライブが、東で言う「柔術(じゅうじゅつ)」の技・背負(せお)()げで遠くへ(ほう)った。

 投げられた水夫は、甲板の()(すり)を軽々と越え、落下する悲鳴が川に沈んだと同時に消える。


「お、おいっ! ……殺せ! あいつらを殺せえっ!」


 怒りに少々の焦りを混ぜた声を上げ、水夫たちが飛び出した。

 ともあれ一人は倒した。だが水夫はまだまだおり、数で言えばあなたたちは圧倒的に不利である。

 正面から来たナイフを持つ水夫を、あなたが盾で吹っ飛ばす。また、側面から殴りかからんとする水夫の顔をあなたが木の剣で撃つ。そしてまた正面から襲い掛かる水夫をあなたが盾で叩く。

 多過ぎだ。この水夫らを全員戦闘不能に追い込めるのか、などとあなたが不安を抱くが、

「お、おいっ、誰かコイツを止めろ!」

「助けてくれぇ! ……あごぉっ!」

 クライブだけはこの人数差を物ともせず、押し寄せる水夫を次々と薙ぎ倒していた。


「ハハハッ! 雑魚がいくら束になろうと俺は倒せん!」


 その悪人面が、更に凶悪な笑みを浮かべている。

 水夫の顔面を殴りに殴り、そして力なく倒れた水夫の顔は、腐ったイモのように赤黒く腫れ上がっていた。

 捕まえんと横からしがみついた水夫を、彼は枝でも()けるように振り払い、そして彼が、正面に立つ水夫の髪を乱暴に捕まえる。

 鼻に拳を突き入れた。曲がった鼻から血が飛ぶが、彼はそれでも掴んだ髪を離さずに血の付いた拳を振るう。


「なあ、あのおっさん……」

「うん、強すぎ……」


 まさに驀進(ばくしん)だ。誰もが彼を止められず、意の(まま)に振るわれる暴力がそこに存在した。

 いかなる妨害を物ともせず、水夫を一人一人と着実に潰す彼。その暴れっぷりにジュリアとワラビが、彼が振り払った水夫を仕留めながら言った。

 あなたも彼の強さに目を見張る。水夫とて(たくま)しい体をしているが、彼に掛かるとまるで赤子の手を(ひね)るようだ。


「あああぁぁっ! 腕が、腕がぁっ!」

「腕が折れたくらいでガタガタ騒ぐな。さあ、次は誰だ? ……なんだ、もう貴様しかいないのか」


 残る一人の水夫を臨んだクライブがつまらなそうに言った。

 あっという間にひっくり返った戦況。ワラビとジュリアが二人ずつの四人、あなたが三人、クライブが四人の水夫を倒していた。もっとも、あなたとワラビとジュリアは、彼が振り払った者にとどめを刺しただけであるが。

 残る水夫にクライブが歩み寄る。だが水夫は、近付くクライブを大きく回って避け、ワラビに向かって走った。

 ワラビは背の小さな女の子だ。勝てる、あるいは人質にできると踏んだのだろうか。この水夫に対してワラビが、手を組み両の人差し指を立て――。


――“原罪を背負いし哀れな稚児よ、嘆きの河原に洗われよ”

  “石を積め。高き塔を築け。(さい)の回向が母を慰めよう”――

  “急げ急げよ、嫉妬に狂いし同穴の(むじな)が、鬼となり落慶を阻まん”

  “偽りの救いよ”――


「この女! 何ごちゃごちゃと言ってやがる!」


 迫る水夫が、呪文を唱えるワラビを捕まえんとする。

 この水夫の手を、ワラビが屈んで避け、すかさず水夫の開いた口を黙らせるように両手で覆い、

()の凍える辺獄(リンボ)永劫(えいごう)に餓鬼と争うがいい! ――“氷葬(キュート)”!」

 締めの口上と共に放射。冷気を放つ魔法・氷葬(キュート)を唱えた。


「おっ! ごっ……」


 水夫が胸を押さえて転がった。肺に凍るような冷気をぶちこまれればさぞかし苦しいだろう。

 必死の形相で水夫が(もだ)える。これにてあなたたちは水夫を全員倒した。だが、

「ハハハッ、なんだ(ひがし)(むすめ)()。おまえ氷葬(キュート)しか唱えられんのか?」

 仕留めたワラビをクライブが笑い、これにワラビがムッとする。


「なによおじさん。おじさん魔法唱えられるの?」

「愚問だな。俺に唱えられぬ魔法はない。学生の頃に殆ど覚えてやったわ」


 ワラビが唱える火神(アグニ)氷葬(キュート)は、敵が霊体や昆虫なら有効だが、人体には効果が薄い。

 火神(アグニ)の火は一瞬で消え、氷葬(キュート)の冷気も同様である。ヒトや獣など恒温動物を仕留めるためには、この二つでは些か力不足の感が否めなかった。

 だからこそワラビは水夫の体内に向かって魔法を唱えた。しかし、そんなワラビの努力を、涙ぐましいものと冷笑するように、

「東の娘っ子よ、今から手本を見せてやろう。これを見て精進するがいい」

 クライブが格の違いを見せ付ける。


「さあ、悪に心を売り渡した醜いブタどもよ。貴様ら五体満足でこの船から降りられると思うなよ」


 男四人に向かってクライブが振り向いた。

 彼の凶悪なる(まな)()しに男四人が腰を抜かす。この視線に睨まれた者の未来は、いま甲板に転がる水夫の姿だ。

 実質半殺しの宣告であり、悪党とはいえ気の毒だ、などとあなたが思った。男四人が必死に助けを乞うが、彼は聞いていない。

 そして、男四人に近付いた彼が、握り締めた拳を高らかに上げ――。


――“漏斗(じょうご)の底に眠る、楽園を追われし()ちた王”

  “(あるじ)が旅立った。廃頽(はいたい)の都と亡者の(むくろ)(ひょう)(たく)の苦患を自ら望んだ”――


 ゆっくりと、良く通る声で呪文を唱え始めた。

 何かしでかしそうな雰囲気をまとっている。だが、彼の余裕ある詠唱に、男四人が反撃を試みた。

 立ち上がった中年の男が、

「こっ、この若造がっ!」

 手にする棍棒をクライブの顔に叩き付ける。

 しかしクライブは動じない。殴った男を、ただ鋭い眼つきで睨み――。


――“背信、悪徳、()(ぼう)、自殺。殉ぜし愚生が負うべき罪の数は如何(いか)ほどか”

  “永久(とわ)に忌まれし名を刻まん。主よ、凍えし世を救う聖痕を示せ”――


「――“氷獄葬(コキュートス)”!」


 叫んだクライブが甲板に拳を叩き付けた瞬間、突如として白い風が吹き荒れた。

 枯葉を舞い上げるつむじ風があるだろう。その枯葉が雪に変わった嵐が、今、クライブの前に巻き起こっている。

 冷たく視界の効かない白き粉が、嵐に乗って上へ上へと舞い上がる。この地吹雪に似た雪嵐を、

「なにこれ……」

「すげえ……」

 あなたたちは戦いも忘れて見入ってしまった。

 やがて雪嵐は晴れ、嵐に巻き込まれた男四人が、霜漬けになった姿をあなたたちに晒す。

 四人の周りはキラキラと輝いていた。今の冷気により空気中の水分が凍ったのだろう。


「さ、さむい……」

「あ、あ……」


 こうして、男四人が寒さに震えながら倒れた。

 クライブが唱えた「氷獄葬(コキュートス)」とは、氷葬(キュート)の効果を強めた魔法である。急速冷凍の他、冷気を拡散させて広範囲に冷やす、または凍らせることが出来る。

 ちなみに、火神(アグニ)にも似たような魔法がある。「双火神(アグニオグン)」と呼ばれ、やはり強い炎を発したり拡散させたりすることが出来る。


「……へくちっ。ねえおじさん、それだけの魔法を唱えてクラクラしないの?」

「ハハハッ、俺をそこらの凡人と一緒にされては困るな。若き頃から魔法を唱えに唱え、無駄なく効率の良い最適な元素の組み合わせ方を俺は誰よりも会得している。火神(アグニ)氷葬(キュート)程度の魔法なら十回は唱えられるぞ。霊癒(レイシオ)は得意ではないが、それでも十回は堅いだろう」

「十回!? 私なんて四回くらいが限界なのに」

「それを十回って。……へ、へくしゅっ。このおっさんおかしいだろ」


 未だ氷獄葬(コキュートス)の冷気が残る中、腕を組み高らかに笑うクライブに、ワラビとジュリアがくしゃみをしながら驚愕した。

 あなたも驚くと共に、不安を抱いたことを馬鹿馬鹿しく感じる。このクライブという刑事、今まであなたが出会ったヒトの中でも桁外れに強い。

 唱えられぬ魔法はなく、水夫を軽く倒す腕っ節を持ち、また頑強な樽を内から壊すほどの怪力を誇る。二十八という若さにして王の覚えが良いのも頷け、最強ではなかろうか、などとあなたが思う。

 背広の女も彼の強さを知っているようだ。その悪人面、良く言えば野生的な風貌も(あい)()って、この男には「バケモノ」という言葉がぴったりと当てはまった。


「さて女ギツネ、残るは貴様だけだな」


 一人残され、自失していた女にクライブが振り向いた。

 逃げるべきだった。女はこの後、彼の真の恐ろしさを知る。

 背広の女が、落ちていたナイフを拾い、

「く、来るなぁっ!」

 やぶれかぶれにナイフを投げつけるが――。


――“我、臣ゆえにいざ参らん”

  “大君に(あだ)なす不届者よ、我、今こそ暴風とならん”

  “出で立つ我は()(らい)の化身ぞ。破りたくば天地を(かえ)すがいい”――


「――“天乃衛士(シコノミタテ)”!」


 ナイフが甲板の端へ転がった。

 クライブは魔法を唱えてナイフを跳ね返した。「天乃衛士(シコノミタテ)」とは、前方に風の障壁を作り、少しの間だけ飛来物などを弾く護身魔法である。

 近付いたクライブが、空手の女の手を捕まえる。逃げようとする女だが、クライブが懐から取り出した手錠にて自身の左手と女の右手を繋ぐ。


「これで逃げられんぞ。女ギツネ、貴様が会長と蜜月の仲なのは知っている。司直の立場を利用し、今まで犯した罪を洗いざらい吐いてもらうぞ?」

「ち、違うの! 私は、会長に弱みを握られて……」

「ほう、ならばその弱みとやらを今すぐここで言ってみるがいい」

「うっ、そ、それは……」


 どうにかして言い逃れようとする背広の女。その姿はあまりにも見苦しかった。

 先に女は「女は好きにしていい」と言った。つまり、ワラビとジュリアを水夫たちの慰みものにしようとしていた。

 ワラビとジュリアが、そしてあなたが、女に怒りを覚える。しかし、

「……ああっ!」

 女の顔を、クライブが殴る。

 更に殴る。相手は女だが遠慮なく殴る。


「いたっ、いたい、やめて! お願い、許して……」

「誰に謝っている。あいにく俺は悪党なら女でも容赦しない性格でな、二度と貴様が司直の顔に泥を塗らぬよう一度地獄を見てもらうぞ」

「……あうぅっ!」


 女が泣きべそを掻くが容赦なかった。

 相手は悪党と言えど、女を平然と殴る。この仕打ちにあなたたちが引く。


「……えげつな」

「どっちが悪人だか分からないな。このおっさんホントに司直かよ」


 二人が諦めた。そのくらいクライブが女に与える制裁はむごいものであった。

 この男が味方でよかった。そうあなたが思えるほど、クライブの強さは頼もしく、そして怖くもあった。


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