確かめぬ煩悶
時は少し遡り、あなたたちがブランジからハトゥーサに戻った頃の話になるが、ミゼル商会本社に何十人もの鉱夫達が詰め掛けている場面を、あなたたちと刑事二人は目撃した。
遅かったか、とあなたたちが汗を滲ませる。ジュリアがブランジの宿で「下手したら暴動だ」と言っていた。それに騒ぎを起こされては、会長がますます警戒して寄港を遅らせるかもしれない。
騒ぎは望ましくなく、あなたたちは行く末を心配した。しかし鉱夫の年長者が「会長から話を直接聞くまで辛抱しよう」と皆を止めており、この制止を聞いてあなたたちは胸を撫で下ろした。
年長者には過去に会長と付き合いある者が多く、訊けば昔の会長は鉱夫の事を第一に考える優しい人物だったとのこと。刑事二人はこの鉱夫達と密かに話をし、「会長を必ず引っ張り出すから待ってくれ」と伝えて下がらせた。
また、あなたたちはハトゥーサの街で記者から取材を受けていた。
ミゼル商会は名の知られた会社だ。会長の娘が麻薬を所持しているというネタは、新聞屋にとって格好の餌となっており、ハトゥーサの街には記者が押し寄せていた。
あなたたちが尋ねられた内容は、「神に身を捧げる修道士の女性が、実は麻薬中毒者だった。しかもその女性はとても美人だと聞く。これを聞いて君たちはどう思うか?」というものだった。噂というのはいつでも尾ひれが付くものであるが、それにしても酷い。歯を見せてにやける記者は根も葉もない脚色を付け、シスターを淫らで且つ狡猾な悪女にでっち上げていた。
終いには鉱山の閉鎖までシスターの所為にされ、悪人はこうして生まれるのか、などとあなたは思った。ジュリアが激怒したが、あなたは止めなかった。
話を戻し、貯蔵庫を出たあなたたちは階段を直ぐに見つけた。
階段を上る。すると前方は突き当たりで、振り返ると狭い通路が続いていた。
通路の壁には扉があり、中には食糧や酒樽などが積まれていた。この扉を閉めてあなたたちが通路を進む。
通路を進むとまたも階段があった。この階段を上り、振り返ると、
「だっ、誰だ貴様ら!」
あなたたちは三人の男と一人の女に遭遇した。
手を伸ばせば届きそうな天井には、ハンモックがいくつもぶら下がっている。
水夫が寝るこの広めの空間で遭った三人の男の内の一人は、マドロスハットと呼ばれるつばの付いた幅広の帽子を被り、着るコートの両肩には肩章が付けられていた。
船長だろう。船が突然止まったために様子を見に来たのだ。そして、
「お前はクライブ! なぜお前が船の中にいる!?」
「現れたか、腐った女ギツネめが」
女がクライブを見て驚く。
女の身でありながら着ている背広の襟には、遠くからなので詳しくは窺えないが徽章が付いている。司直だろう。
ただし、クライブと同じ立場の者とは思えない。背広の女は商会に抱き込まれている側の刑事だ。また女はとても整った顔立ちをしているが、ワラビやジュリア、シスターとは違い、どこか男を弄んで楽しむような艶かしさを備えていた。
「おいコラ。なんだてめえ、偉そうにしやがって。船長、コイツやっちまっていいっスか?」
一人の水夫が、ポキポキと手を鳴らしながらクライブの前に躍り出た。
躍り出た袖なしシャツを着る若い水夫は、クライブより背が一回り高く、隆々とした筋肉を誇っている。そんな男が拳を握り締めながらクライブに歩み寄る。
そして、僅か一歩の距離まで水夫が近付き、眉根を上げながらクライブを見下ろす。
「てめえ、モルオー川に放り込んでやるぜ。覚悟し」
「どけ」
水夫が言い終わる前に、クライブが水夫の腹に拳を鋭く打ちつけた。
途端、屈強な肉体の水夫が腹を抱え、その場に沈み込む。
「あっ、うっ、かはっ……」
うずくまる水夫。呼吸ができないようで、涎がとめどなく落ちている。
やがて転げ、のたうち始めた。顔は真っ赤に染まり、強く閉じた目には涙が溢れていた。
「どうした? 川に放り込むのではなかったのか」
「お、おいっ! このっ!」
仲間がやられ、もう一人の水夫がクライブに襲い掛かるが、
「おっさん動くなよ」
響く炸裂音に併せ、水夫の顔面から煙が上がり、これを受けて屈んだ水夫の後頭部を、
「やあっ!」
ワラビが木刀で薙ぐように叩き、水夫を失神させた。
「これじゃ怯ませるのが精々だな。ワラビ、とどめは頼むぜ」
「任せてジュリア」
自身が撃った火薬玉の威力に嘆き、ジュリアがワラビにフォローを頼んだ。
ワラビは背の刀を抜かずに木刀を持ち、ジュリアはクロスボウの矢を火薬玉に変えている。あなたも木製の剣を備え、腰に差した剣は抜いていない。
これはクライブの指示に因った。敵はいかに悪党とは言えヒトである。したがってクライブはあなたたちに殺傷能力の強い武器を使わぬよう命じていた。
あなたたちも納得していた。ヒト殺しなど御免である。しかし、ワラビとジュリアが威力のない得物に不安を呟くと、
「お前たちはケルベロスを倒したんだろう。その実力があるなら出来るはずだ。俺は不可能なことを頼んでいるつもりはない」
とクライブに言われていた。
「くっ」
二人の水夫が倒れた状況に、背広の女が悔しそうな声を洩らして逃げた。
船長も恐れの声を上げて逃げ出そうとする。だが、これはあなたが腕を捕まえて阻み、
「いいぞおまえ。……おい、貴様が船長だな?」
「はっ、はいっ!」
「ちょうどいい。今から我々がこの船を占拠する、大人しくしてもらおう。歯向かうつもりなら、……潰すぞ?」
「は、はい、従います! だから、だからやめて」
こうして、股間を鷲掴みにされた船長が屈した。
そこへ、あなたたちが今しがた上った階段から、倒した二人よりは少しみすぼらしい格好をした水夫三人が現れる。
「刑事さん」
「御苦労、協力感謝する。こいつらを縛り上げてくれるか?」
「分かった、任せてくれ」
船長と倒れた二人を縄で縛る三人。この水夫三人は機関室の男たちと同じく協力者である。
他にできることはないか。三人はそう訊いたが、クライブは「矢面に立つのは戦い慣れた我々だけで十分だ」と答えた。
あなたたちはクライブに当てにされているようである。それからクライブが、船長を脅して商会の会長が船内のどこにいるか尋ねる。
怯える船長は「第一甲板」と答えた。
「甲板か。よし、お前ら表に出るぞ」
クライブがパシッ――と、右拳を左の掌に打ちつけた。
そしてクライブが先に進み、ワラビとジュリアも続くが、振り返るあなたは一つだけ気になる事があって足を止めていた。
気になる事とは、あなたたちが今しがた上った階段の方にある、まだ開けて中を確かめていない一つの扉である。
その扉は何の変哲もない木製の扉で、どう見ても倉庫か、それに準ずる物の部屋だ。この中に会長がいるなんてことはまずないだろう。
しかし、否定はできない。もしかしたら船長が嘘を吐き、会長が隠れているかもしれない。または目も眩むような財宝があるのかもしれない。
もしも財宝があったとしても盗む気はないが、あなたは扉の中を無性に調べたがっていた。
「キミ、ダメだよ。いま会長の居場所を聞いたでしょ」
ワラビに勘付かれた。
「キミってホント、根っからの冒険者だよね。クロロでもさ、坑道の中を見たいからって、石炭を運ぶ依頼を一人で受けたりしてさ」
腰に手を当て、まるでお姉さんのようにワラビが振る舞う。
「どうせ今も船の中を見て回りたいんでしょ? さっきもさ、狭い通路の扉を開けて中を確かめてたもんね」
ワラビに窘められたあなたは、探検するのが好きだった。
いくら何もないと聞いていても、自分の目で確かめなければ気が済まない。もしかしたら実は何かがあり、それがあなたにとって有力な物になるのかもしれないのだから。
それに、自らの手でマッピングし、完成したときの喜びは計り知れない。そこが人跡未踏の洞窟とか遺跡なら尚更である。
未知は隅々まで己の目で確かめたい。あなたはそういった欲を持っていた。
「ふふっ、意外。アンタも子供っぽいところがあるんだね」
「ハハハッ、ここは敵地だと言うのに己の欲に忠実なその度胸。いいなおまえ、ますます気に入ったぞ」
ジュリアに笑われ、クライブには何故か気に入られた。何にせよあなたは、ワラビに窘められる日がくるとは思ってもいなかった。
釈然としない面持ちであなたが先に進む。それにしても調べたい、などとあなたが思う。
「でも、ありがとな。アンタのおかげで張り詰めていた気持ちがすごく和らいだよ」
「ま、気持ちは分かるけどさ。でも今はダメだよ、我慢してね」




